(-あなたの居る場所10〜11の間位のお話-) 欲しいと思った。 思い始めたらもうお仕舞い。 自分がこんなにも、他人を求めてやまない人間だったなんてと、思 い知らされた。 呆れるぐらいに自分を馬鹿で愚かな人間だと思った。 ―――――彼女は他人のものなのに。 だけど、その反面。 まだ誰かを愛せる自分を誇らしくも思えた。 そんな考えさえも、愚かな事だったのかも知れなかったが。 僕は自分の心の中で育っている感情が「本物」である事は判ってい る。 嘘も偽りもありはしない。 真実の想いだ。 だがその真実をどうやって他人に証明すれば良い? 心の中を開いて見せ付ける事が出来たのなら、どんなにか良いだろ うと思った。 彼女は僕の言葉を半信半疑で聞いている。 僕は本当の事しか言っていないのに。 「透也が案内してくれるお店は上品な所ばかりなのね」 みのりがテーブルに敷かれている真っ白いテーブルクロスをぼんや りと眺めながら言った。 「こういう感じの所は嫌だった?」 ゴブレットに注がれた水を飲みながら僕は答える。 「…嫌って言うより、少し落ち着かないかな」 「そう?」 「透也は、こういう場所も慣れているからいいかも知れないけど」 「じゃあ一体どんな所なら、君は落ち着いて食事が出来るわけ」 「うーん、デニーズとか…サイゼリヤとか…」 「ファミレスねぇ」 「安いし、良いじゃない?」 「値段はどうでも、君に財布を開けさせてるわけじゃないんだから」 「う、うーん」 僕はちょっとだけ笑った。 「愛しのけーちゃんには奢って貰ってないの?」 みのりはぴくっと肩を震わせてこちらを見た。 「あぁ、嫌味とかそういうんじゃないから」 「…景ちゃんには奢って貰うけど…」 「だったら僕に奢られるのだって構わないだろ」 彼女は僕の言葉に少し渋い顔をする。 こういうのも、何だか不思議な子だと思わされる。 みのりは僕が食事を奢ったり、何かプレゼントをしたりする事をあ まり良しとしていない様に見える。 別に自分の懐が痛くなるわけでも無いのだから甘んじて受ければ良 いのにと思うのだけど。 一般的に人とはそういうのを喜ぶものでは無かったか? 「あまり高いものばかりだと、お返しが出来なくなるの」 ぽつっと彼女が言う。 「僕は商品での見返りは求めてないよ」 みのりがこちらを向くのを見計らってから次の言葉を繋げる。 「見返りを求めているとすれば、それは君自身だから」 「…透也…」 「君が、今ここに居るという事だけでも、僕にとっては大きな事な のだし」 テーブルの向こう側にみのりが居ると言うだけで、この時間や空間 は大きな価値のあるものになっている。 僕は少し笑う。 「君が心の底から、僕と居て楽しいとか幸せとか思って笑ってくれ る日は来るのかな」 「楽しくないとか、思っていないよ?」 「…うん」 初めてみのりを見た日を思い出す。 目を細めて彼女を見た。 今の彼女はあの日の彼女とは違う。 一目見て、楽しそうだとか嬉しそうだとか、そんな風には見えない。 どうひいき目に見ても、だ。 それはみのりが僕に心底惚れていないからなんだろうか。 急いてはいけないと判っている。 だけど、真実を真っ直ぐ見詰めるにはあまりにも辛い。 僕とあの男はそんなに違うか? そんなにあの男の方が良いのか? それが君の中の真実なら、”本当”なんてひとつも要らない。 この世界の全てを嘘で塗り潰してしまえばいい。 嘘で塗り固められていても、僕の世界に君が居ればそれでいい。 君がどんなに辛くて、苦しくても。 僕はきゅっと唇を噛み締めた。 ―――――自分さえ良ければいい。 割り切れないそんな感情が痛かった。 僕だけ幸せならそれで構わない。 そんな風に思えてしまえる人間だったのならどんなに楽だったろう。 辛くさせたいわけではない。 苦しくさせたいわけでもない。 あの日ファミレスで見かけた君の様に、僕にも微笑んで貰いたいと 願うのは過ぎた事なのか? 僕は君を縛り付けている。 まるで暴君の様だと、そんな事は判ってる。 判っているけど、だったらどんな風なら彼女が傍に居てくれるのか、 想像も出来ない今の僕は、ただ愚かなだけの人間だ。 みのりの小指にはめられたピンクダイヤの指輪を見詰めた。 『この指輪は、いつ、どんな時でも外さないで』 そんな言葉を云う権利が今の僕にあるとは思えない。 それなのに従わせて、それで満足なのか? ―――――違う。 僕の望みはそんなものでは無かった筈だ。 欲しいのは身体やうわべだけの笑顔ではない。 羨んだのは「愛」だった筈だ。 僕は君を乞う。 真実の想いを胸に抱きながら…。 -FIN-