Joyeux Noel= 

	
	
	静かに息を吐く。
	溜息はそっと呑み込む。
	
	吐く息が白くなる冬はあまり好きではない。
	
	呼吸に色がついているのを見ると、自分が生きているのだと思
	わされるから。
	
	生きていても死んでいるのと同じ様なら、生き続けている意味
	はあるのか?僕が生き続けているのは、僕自身が何かに期待を
	しているからなのか?
	
	期待って??
	
	一体この僕が何を期待すると言うのだ?
	
	期待させる、そんな小さな感情さえ、むしり取っておきながら
	生き長らえる事を強要している「神」という存在。
	
	そんな神が人の形になって誕生したと言われるクリスマスを、
	僕が楽しめる筈も無く…。
	
	部屋に飾られた小さなクリスマスツリーを見て苦笑いをした。
	
	
	それを飾った主が誰か判ってる。
	僕の家に勝手に入れるのはおっさんだけだ。
	
	
	「おかあさん…か」
	
	まだ小さかった僕が、彼に望んだクリスマスプレゼント。
	
	それが手に入れられるなんて思ってない。
	あの時も、今でも。
	
	
	「別に、欲しくないけどね」
	
	
	ツリーに飾られた木の車の飾りを指でつついて揺らした。
	
	―――――欲しいもの。
	
	漏れそうになった溜息を呑み込んだ。
	
	目を閉じれば浮かび上がってくる人物が居た。
	
	彼女の事はそれほど知っているわけではない。
	
	それなのに、浮かんだその姿にさえ心が震える。
	
	
	”欲しい”と望む気持ちが、これ程までに胸を痛くするだなん
	て。
	
	
	ただ眺める毎日を、切なく思ったり悔しく思ったりする。
	
	君の零れるような笑顔の向けられる先が僕ではない現実を、苦
	しく思う。
	
	手に入れたい。
	
	そう思う感情のやり場のなさに、ただ唇を噛み締めた。
	
	
	
	******
	
	
	「クリスマス、イタリア料理食べに行こうよー」
	「イタリア料理?」
	「美味しいって評判の店があるんだぁ」
	「どーせ高いんだろ?そういう所って。だめだめ」
	「えー」
	「家でケンタッキー。それでいいだろ」
	
	学食でランチを摂っているとそんな話が聞こえてきた。
	彼女はイタリア料理が好きなのだろうか。
	
	彼女が言う評判の店がどこだかは知らないが、美味しい店は知
	っている。
	
	…一緒に食べられたら、食事も一層美味いのだろうなと思えた。
	
	
	呑み込めなかった溜息が漏れた。
	
	
	諦めきれない想いが、胸の中でくすぶっている。
	
	いつから僕は、こんなに諦めの悪い人間になってしまったのだ
	ろうか。
	”諦める”事は得意だった筈なのに。
	
	幸せそうに微笑む彼女の笑顔を、自分に向けて欲しいと望み、
	願う。
	叶わないと、判っているのに。
	それなのに望む想いが心の中から溢れ出てくる、自分では止め
	られないぐらいに。
	
	そういった感情が苦しくて痛いものだと僕は良く知っている。
	
	だから、望まないし、欲しいと思う感情は押し殺してきた。
	
	―――――今までは。
	
	
	
	街はクリスマスのイルミネーションできらきら輝いている。
	毎年見てきたその光の海が、今年は一層僕の心を寂しくさせた。
	
	
	
	
	
	
	
	
	
	
	
	
	
	
	
	******
	
	
	季節が巡ってまた同じ時季がやってきた。
	
	
	ただ、黙って生きていても、季節は勝手に移り変わっていく。
	
	
	―――――だけど、今年は。
	
	
	
	
	
	
	
	「チキンと、シャンパンは用意したよ。えーっと、ドンペリじ
	ゃないけどね」
	
	窓から外を見ていた僕に彼女が話しかけてくる。
	振り返って思わず笑うと、彼女は少し不満そうな顔をした。
	
	「だ、だってドンペリはお店でも呑んでるだろうし…それに高
	いし、私、モエ好きだし」
	「うん、何でも良いんだよ」
	シャンメリーでも良いぐらいだ。
	極論を言えば、水だって構わない。
	「じゃあ、なんで笑ったの?」
	彼女がまだ不満そうな顔をしている。
	僕は笑った。
	「うん、幸せだなって、思ったから」
	「え??」
	「みのりが居てくれるから」
	「…透也…」
	
	みのりは照れた様な笑顔を浮かべた。
	
	
	僕の心の中の望む想いは相変わらず溢れたままだった。
	
	ヒトというのは貪欲なものなのだなと思わされる。
	
		
	みのりのちいさな身体を抱き締めた。
	彼女を望む気持ちは、永遠に続いていくのだろう。
	
	「みのり、愛しているよ」
	「うん…大好き、愛してる」
	
	彼女は幸せそうに笑った。
	
	
	クリスマスツリーに飾られた小さな電球がキラキラと光ってい
	る。今年のその光は暖かい様に見えた。
	
	
	来年の僕もきっと笑いながらその光を見る事だろう。
	
	
	―――――いや、この先ずっと。
	
	
	
-FIN-

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