私の愛しい先生(ひと)

そんなに困った顔をしないで。
私の想いを迷惑がらないで。

判ってる。
判ってるけど、私は貴方が好きだから仕方がない。

「私は先生が好き」

そう告げた。

******


河嶋倖成(かわしま ゆきなり)。27歳。国語科の講師。
性格はおっとりしていそう。

花壇にいつもジョウロで水をやっているのは彼だ。

黒ブチの眼鏡をかけていて、ずれてくるそれを指で押し上げる仕種
とかは、格好がいいと言うよりは可愛い。

勿論、格好良くもあるんだけど。


男女共学の学園生活の中に置いても、私の心を奪ったのは彼だけだ
った。


初めて好きになった人。
たまたまそれが先生だったってだけ。


好きだって気持ちが確かな自分の思いだとはっきり判っているから、
だから私は倖成に自分の気持ちを伝えただけだ。


倖成はジョウロを持ったまま、困った顔をしている。

「あの…、宮内さん、その…」
ちょっと息をついてから、思い切った様に彼は告げる。
「ありがとう、気持ちは凄く嬉しい、でも僕は教師で君は…」
「先生の気持ちはどうなの?そんなお決まり文句を聞きたくて、私
は告白したんじゃないの」
さわさわと風で彼の前髪が揺れた。
「ごめんね、僕は、君を好きではないよ」
倖成の返事に私は頷いた。
「でも私が先生を好きだって事、忘れないで」
「…宮内さん…」
彼はまた困った様な表情をする。

告白する前から倖成の気持ちは判っていた。
好かれているなんて微塵も思ってはいなかった。

ただ、想いを伝えておきたかっただけ。

貴方を好きな人間がここにいるんだよって教えたかっただけ。

「パンジー、綺麗ですね」
「え?あ、うん」
「ねぇ、この変わった色のも、パンジーなの?」
「どれ?」
私が花を指差すと彼は屈んでそれを見ようとする。

距離が近くなったのを見計らって…。


倖成の唇に自分の唇を重ねた。
柔らかい彼の唇の感触を深く感じる前に、倖成が弾かれたように私
から退いた。

「み、宮内さんっっ」
「ちなみに、私のファーストキスです」

見上げた彼はものすごく困った顔をした。
少し頬を赤くして。

「本当に、本当に、駄目だからっこんなの」
「はぁい」

私は笑った。

多分、この出来事は一生のうちの一瞬なんだろうけれど、ずっとず
っと忘れない。

初めての告白。
初めてのキス。


未来の私の宝物になる、そんな一瞬の出来事が、私には愛おしかっ
た。

-END-
Copyright (c) 2010 yuu sakuradate All rights reserved.



>>>>>>cm: オンラインの古本屋さん(古本市場)私も利用しています。読みたかった本と出逢えるかも?

-Powered by HTML DWARF-