真っ直ぐ家に帰る気にはなれず、家の近くの公園に立ち寄る。 木陰のベンチを選んで腰を下ろした。 ぼんやりと、何も考えない様にしているつもりで透也の面影が心の 中に浮かんできてそれが私の心を波立たせた。 優しい微笑みが蔑みの視線に変わる事。 想像するのも怖かった。 ずきずきと痛んだ胸を押さえて誤魔化す事ぐらいでしか、この苦し さからは逃れられそうには無かった。 透也の傍に居る事も、透也が傍に居ない事もどちらも辛かった。 どうしたら、彼を忘れられる? どうしたら、何も触れ合わなかった時間まで戻れる? どうしたら、彼に支配されたこの心を解放出来るの?? どうしてリセット出来ないの、どうして何も無かった事に出来ない の? なんで真っ白に出来ないの!? 「早退したニンゲンが、なんでこんな所に居るわけ?」 頭の上で声がして、はっと見上げると透也が私を見下ろしていた。 「え、ど…どうして」 「君の家を訪ねる所だった」 「私の、家、知ってるの?」 「戸枝に聞いた」 「香穂に?」 「暑くねーの、こんな所に居てさ」 「……」 俯くと、顎を掴まれて無理やり上を向かされた。 「目を逸らすな」 「池上君…痛い、離して」 彼はすっと目を細めた。 「誰がそう呼んで良いと言った?言い直せ」 「で、でも」 「同じ事を何度も言わせるな」 「…透也…離して」 私が言うと彼は手を離した。 それから私が座るベンチの前に跪き、私を見上げてきた。 「体調が悪いんだろ?こんな暑い所にいたら余計に悪くなる」 「う、うん…じゃあ、私、家に帰るから」 私と一緒に立ち上がった彼は薄茶色の瞳を細めて笑った。 「君が帰るのは、僕の家だ」 びくっとして見上げると彼はまた笑う。 「来い」 掴まれた腕を振り解けないまま、私はタクシーに乗せられた。 ****** 「言っておくけど、加減なんてしてやらないからな」 彼の部屋に連れ込まれるなり、透也は制服のネクタイをしゅっと解 いた。 「と、透也…いやだよ」 「何故拒む?なんで?」 腕を強く引っ張られてベッドに押し倒された。 見上げると、何も映していないような無表情な瞳にぶつかりぞくっ とした。 こんな透也は初めて見る。 ―――――何時だって彼は優しく微笑んでいて…。 その無表情な瞳は蔑みの目ではないかと思えて震え上がった。 「いや、いやだよ」 「イヤじゃねーだろ、なんで拒むんだよ、おまえがっ」 「…っ、く…ああっ」 ずしっと身体の中心に重みと痛みが走る。 まだなんの準備も出来ていないそこに差し込まれたものとの接触に 激しい痛みを覚える。 「い…痛い…」 「おまえは僕を拒んでいい人間じゃないだろ!」 最奥まで差し込んだまま、透也は動かず身体をつけていた。 「なぁ、おまえにとって僕は何?」 「……」 「答えろよ」 ゆっくりと退いていき、またゆっくりと中に入ってくる。 緩やかな律動を繰り返しながら、彼は私の身体に自身のものを馴染 ませてくる。 「ぅう…ぁ、ん」 甘やかな感覚が痛みに混じる。 甘える声が出てしまって、それを彼が笑った。 「…みのり…ねぇ、僕は君の何なの」 誘うような声に変わり、彼が耳元で囁いてくる。 甘い、優しい声。 私の内部がひくっとしたのが自分でも判った。 「ねぇ、僕は一体何なの?他人に何か言われて傷つけられたらじゃ あもう要らないってぽいって捨ててしまえるぐらいの価値しかない 人間なの?君にとって」 彼の言葉に、私は目を開いて透也を見た。 ―――――知って、いるの? 「造作が良いとか勉強が出来るとかそんなくだらない事が君にとっ て重要な事なの?それが僕を切り捨てる理由になるぐらいにさ」 「だ、って…ン…私じゃ、透也に相応しくない…」 「誰がそれを決めた?」 「…そう、思うから…それに…それに、透也が嫌がってるって」 「嫌がる?」 「私が、一緒に居るのを嫌がってるって」 「それは僕の言葉なの?僕の口から出た言葉なのか」 「違うけど、でも…だって…三沢さんが」 「君は僕と、あの女とどっちを信じるの」 「でも、三沢さんは透也の彼女だもの」 「ン…君が正真正銘の馬鹿だって事は、今、僕も理解した」 ぐぐっと身体を奥まで押し付けて彼が言った。 「あっ、あ…」 「僕の、言葉、覚えておけないんだものね。僕は言ったよね?生ま れてから今までカノジョなんてもの居た事ないよってさ」 「でも、いつも一緒に居たもの」 「…いつも一緒に居るのが君の中でのカノジョの定義なら、君は僕 のカノジョじゃないのか?昼休み一緒に過ごし、放課後も一緒に過 ごしているのだから」 「でも、三沢さんが私の事を浮気だって」 「好きとか、そんなの考えた事もないって君に言ったと思うけど? 僕が三沢を好きだと思った事が無いのに、何故君が浮気になる?」 「だって、だって…私じゃ駄目なんだもの」 「何が、駄目?」 「カサブランカの隣にある花は綺麗な花じゃなきゃ駄目なの」 「……」 彼はふっと息を漏らした。 「君はカサブランカ以外の花は美しいと感じないのか?」 「…そんな事は…ないけど、でも」 「セントポーリアはカサブランカに劣る花か」 「セントポーリアは可愛くて綺麗な花だと思うけど…」 彼は笑った。 「例えば君が小さく可憐に咲くセントポーリアだとして、君は大輪 の花のカサブランカを羨んでる。だけど、セントポーリアもカサブ ランカもどちらも”花”で美しい」 「……」 「でもね、真実はこうだ。君が僕をカサブランカと言う様に僕の目 には君がカサブランカに見えている」 「そんなの嘘だ」 「君は僕じゃないのに何故そう言える?」 「だって、私はそんなに綺麗じゃ…」 言いかけた私の言葉に重ねる様にして彼が言う。 「みのりは綺麗だ」 「……とう、や」 「僕がようやく見つけた…この世で一番美しく輝く花だ」 「そんなの…違う」 「違わない。だから僕は君に惹かれた」 見上げると彼は薄茶色の瞳を細めて微笑んだ。 「月嶋みのり、君が初めて図書室に来た時から僕はずっと君を見て いたよ」 「え?」 「君を…見ていたいと思う感情が、何なのか判らないままにね。だ けど、今なら判る、この想い、感情が何なのかって」 キスをしてそれから止めていた動きを再開させた。 内部に沸き立つ甘いものが快感だと気付いてしまう。 透也のしなやかで、逞しい身体を抱き締めた。 「ん、ン…ぁ、透也…」 「君が、本気で…僕から離れたいと、それが真実の望みだと言うの なら…君が僕を壊して」 「…ぁ、そんな…の、できな…」 「こんな、こんな中身からっぽの泥人形みたいなものに、ヒトらし い感情を吹き込んだのは君だ」 「とう、や」 「もう知らなかった頃には戻れない、君が僕を拒絶するなら、君が 責任をもって粉々に壊してしまってよ」 「んんっ!!」 彼が私の腰を掴んで激しく揺する。 でもただ闇雲に揺すっているのではないと判る。 彼が触れている場所がどんどん熱くなってくる。 痛みじゃない。 でもそれに似ていて、切ないと感情が震えるぐらいの快感。 「みのり…好きだ…君が好きだ…」 「え、あっ、あ」 びくっと身体が跳ねる。 「中が…凄い…変わった…言われて嬉しい?ねぇ、みのり」 「ぅ、透也…透也」 「好きだよ…君しか、想えない」 「透也、や…言わない、で」 「どうして?本当の気持ちなんだよ」 透也のと擦れ合う内壁がもたらす快感に気が変になりそうになる。 強すぎる快感。 今までに感じた事のないものが奥底からせり上がってきていた。 「あ、あっ…や、あぁ」 「好きだ…みのり、っ…好きだよ…」 「あぁ、透也、透也っ」 「僕のものになってよ…みのり、ずっと一緒に居てよ」 「透也、ぁ…私…」 もうとっくに貴方のものだ。 「透也、好き、好きよ」 「ん…もっと言って…僕が欲しい?」 「欲しいよっ」 ぎゅっと彼を抱き締める。 涙が瞳から零れ落ちていく。 「じゃあ、あげる」 意識がはじけた。 ぱちんっと一瞬で広がった真っ白な世界。 快感が与えられているのは一部だった筈なのに、身体全部が快感に 支配された。 ****** 「乱暴にして、ごめん」 私の着衣を整えてくれながら彼が言った。 「…透也…」 小さなキスを唇に落としてくる。 「戸枝にね」 「ん…うん?」 「凄い怒られた」 「…そう、なの?」 「僕はみのりの何?て言われたから」 「う、うん」 「みのりの為だけに咲いてるカサブランカだって答えといた」 くくっと彼は笑う。 「”ふざけてんのー”ってまた怒られたけどね」 「…ごめん、ね?」 「いや」 透也は笑った。 「君を好きだともっと早く言えば良かった。言っておけば君をこん なには傷つけはしなかっただろうから」 「……」 「ねぇ、みのり、僕は…君の…”カレシ”かな?」 「え?あ、う…うん、なってくれるの?」 「勿論だよ」 彼は私を見て鮮やかに微笑んだ。 「戸枝に僕を彼にしたって言っておいて」 「う、うん判った」 「…君の了承なしに、僕が君の彼だとか、言えなかったから」 ふっと笑ってから、透也は白い天井を見上げた。 「みのり、花火しよう」 そう言って笑う彼の表情は、まるで小さな少年の様だった――――。 -END-