−注:塩瀬の自慰シーンがあります− 自分が知らない何かがある事が怖かった。 それの誘惑が強いから、僕は余計に怖かった。 知らない自分に対しても、許せない気がしていた。 ****** 「塩瀬、今日さぁ、緑山女子校と合コンやるんだけどさ、こねぇ?」 矢島がそう言って僕に声を掛けてきた。 僕は斜(しゃ)に彼を見た。 「…合コン?だるい」 「おまえって、ホント付き合い悪いよなー」 矢島は笑いながらそう言う。 そんな事を言われても、知らない人間と喋る為に何時間も拘束される事は我慢 出来そうになかった。 矢島が僕の耳の傍に顔を近付けてきて囁いた。 「緑女(りょくじょ)の女ってさぁ、すぐにやらしてくれるって有名だぜ?」 僕が不機嫌そうに彼を見ると、彼は僕の肩を叩いてきた。 「どーせ、向こうだってそのつもりだ」 「遠慮する。知らない女と寝るなんてぞっとする」 そう僕が言うと、塩瀬は潔癖性だなと彼が笑った。 「おまえ、面が良いんだからさ、もっと使えよ」 「ヤリマンの女と寝る為に生まれ持った顔じゃない」 「固いねー君は」 …矢島は、一体何人の女と寝たのだろうか? 僕は息をついた。 「矢島が柔らかすぎるんじゃないのか?」 「いいじゃんいいじゃん。別の学校の女なら後腐れもねーしさ」 「後腐れ…ね」 目の前で揺れる前髪が邪魔になったので僕はそれを掻き上げた。 自分の知らない何かがある事が、僕は許せなかった。 己では解消しきれない誘惑から逃れる術を僕は知りたかった。 だけど、知らない僕を、知っている人間から馬鹿にされる事も酷く許し難い事 だった。 「何人もの男と寝た様な女はご免だ」 僕がそう言うと、それもそうだなと矢島は笑った。 「でも、イマドキ処女を見つけンのも大変じゃねぇ?」 「…別に処女が良いと言っているんじゃない」 「年上がいいかねぇやっぱ。場所も提供してくれるしよ、何かと楽だ」 「だったら、緑女との合コンなんて行かなければいいだろ」 「盛ってるんだからしょうがねぇじゃん」 矢島の悪気のなさそうな笑顔が罪作りだ。 「…おまえの素顔、女子が知ったらなんて思うだろうな」 ウチのクラスでは”優しい矢島君”で通っているだけに。 「その辺は、内密でひとつヨロシク」 ぽんっと矢島が僕の肩を叩いた。 「あー、合コン、人数揃えなきゃあなー」 そう言いながら彼は別の野郎に声を掛けに行った。 僕は組んだ脚を組み替える。 一度知れば、矢島の様に奔放になれるのだろうか。 僕は机についた右手に顎を乗せた。 ****** 学校の帰り、僕はいつも立ち寄る駅ビル内の本屋に居た。 なにかめぼしい本は無いかと文庫の新刊コーナーに目を落としていた。 「し・お・せくーん」 そんな風に名を呼ばれ、ぽんと後から肩を叩かれる。 振り返ると、同じクラスの高崎さくらが居た。 …別に同じクラスの女子のフルネームを、全て覚えているわけではない。 新学期の自己紹介の時に、こいつが四月の桜が満開の日に生まれたから”さく ら”と言う名が付いたと言っていたのが印象的で覚えているだけだ。 「塩瀬君っていっつもこの本屋に寄っているよね」 「”いつも”と言うのならいつも見かけていて放って置いたと言う事だよな? ならなんで今日は声を掛けてきた?」 「そ、そんなにおっかない顔しないでよ」 「怖くて悪かったな。地の顔だ」 「塩瀬君ってどんな本を読むのかなーと、思って」 「微妙に俺の質問に答えていない気がするんだけど?」 「いや、いつも気にはなっていたんだけど、塩瀬君って声を掛けづらい雰囲気 を持っているというかなんというか…」 「はぁ?」 「その…そんなに忙しくなかったら、えぇっと…ファーストフードにでも寄っ ていかない?」 突然の誘いに僕は目を丸くする。 「俺が高崎と寄り道をして帰るのか?」 「だ、駄目?」 10センチ以上は下にあるであろう高崎の顔を僕は見た。 「俺が高崎と寄り道をしなくてはいけない理由が思いつかないんだけど?」 「あは…だよねぇ」 そう言って彼女は頭を傾けた。 ツインテールの髪がさらりと揺れる。 そう言いながらも彼女が立ち去る気配はない。 まさか僕が良しと言うまで居る気か? 彼女が、ちら、と僕を見る。 大きな黒目がちな瞳が僕を映していた。 「あの…変な事、聞いてもいい?」 「質問によっては答えないけど、それでもよければ」 「塩瀬君って、付き合っている人とか居るの?」 本当に、いきなり変な質問だ。 「居ないけど、それが何か?」 「今日、ウチのクラスの男子、合コンに行ったから…えと、それに塩瀬君も誘 われていたみたいなのに断ってたから、誰か特定の人でも居るのかなぁと思っ て」 「…話を聞いていたのか?」 僕が不機嫌な顔をすると、高崎は慌てて手を振った。 「ううん、矢島君と話しているのが見えただけで…」 「あ、っそ」 僕は文庫本に目を落とし、それから高崎を見る。 「質問はまだ続くのか」 「…う、うん…あの…塩瀬君は、私の事、どう思う?」 「どうとも思わない」 僕がそう言うと、彼女は小さな唇をきゅっと噛んだ。 「だよね…うん…それだけなんだ…じゃ、じゃあね」 泣き出しそうな表情をするのが引っかかり、僕は立ち去ろうとする彼女の腕を 掴んだ。 「判りにくい質問は止めてくれ。おまえが意図する言葉の意味が判らな…」 振り返った高崎の瞳からは涙が溢れていて、僕は掴んでいた腕を慌てて離した。 「…何?なに泣いて…」 「な、なんでもないの」 彼女が泣く理由が判らなくて、僕は口元に手を置いた。 「そんなに誘いを断った事が気に障ったのか?」 「…そうじゃなくて…」 「なんだよ」 「だけど、もう言いたくない」 先程と同じ様に高崎は唇を噛んだ。 「だったら、もう放って置けばいいんだな?」 僕がそう言うと、彼女は潤んだ瞳を僕に向けてきた。 濡れた大きな瞳に僕はどきりとする。 その彼女の瞳に惹きつけられる様に僕の指先が高崎の頬に触れた。 他人の皮膚は思うより柔らかくて温かかった。 触れると、彼女は花開いた様な笑顔を僕に向ける。 「塩瀬君の手って、ちょっと冷たいね」 そう言って彼女に触れている僕の指先に自分の手を重ねてきた。 「塩瀬君、さようなら」 触れ合う事は一瞬で終わり、彼女は僕に別れを告げた。 だけど僕は… ぎゅうっと彼女の柔らかな頬を引っ張った。 「いっ…痛ぁい」 「あ…悪い」 「うー…」 「ご免」 高崎は僕に引っ張られた頬を撫でながら、僕を不思議そうに見上げた。 「ご免、柔らかそうだと思ったから」 「どうせ、童顔のぷよぷよ頬ですよぉだ」 彼女はふくれた顔をしてみせた。 「童顔?ああ、そうだなとても俺と同級生だとは思えない」 「私がみんなの中で一番年上なのに」 「…」 僕は高崎を見て、そして目を細めた。 知らず、視線が下に降りる。 彼女の胸の辺りに。 「どっ…何処を見てるのよっ」 僕の視線に気が付いた彼女が両腕で身体を隠した。 「顔はともかく、発育はどうなっているのか、と思って」 「どうもこうも御座いませんっ」 「どうもこうもならない位発達していないという事か?」 「ばっ…馬鹿にして」 「…まぁ、そんな感じだよな」 僕は、ふっと息を吐いて書店を後にすべく歩みを始めた。 ちょこちょこっと彼女が後に付いてくる。 「見もしないで…」 と、彼女が言ったので僕は振り返った。 「だったら見せてみろ」 ****** 見たいという衝動が僕を襲ったのか、何なのか。 僕の口から見せろという言葉が発せられた。 そして彼女は、僕の家に居た。 落ち着かない顔をして僕の部屋に居る。 ―――――女が、僕の部屋に居るなんて不思議な感じだ。 「あの…おウチの人は?」 「共稼ぎで夜遅くならなければ帰ってこない」 つまりふたりきりという状況だ。 「早速だけど、見せてくれる?」 僕の言葉に彼女が戸惑った様な表情をする。 「あの…本当に?」 「ああ、本当に、だ」 「…見せる、だけだよ?」 「判ってる何もしない」 僕は、ふっと笑った。 「俺からは何もしないから、自分で前を開いて見せてよ」 彼女が、え?という様な顔をするので 「俺に脱がされたいの?」 と、僕は言った。 高崎は首を振る。 彼女は制服のリボンの留め金を外し、ブラウスのボタンに手を掛けた。 下まで外して、少しだけ前を開いて見せる。 無論、そんなものでは僕からは見えない。 「俺に覗き込めと言うの?」 僕の言葉に、高崎は頬を朱に染めてもう少しだけ開けて見せる。 なんだか焦らされている様な気分になって、ちりっと焦がれる物を感じた。 「もっと開いて」 息をついて彼女がブラウスの前を開いた。 淡いピンク色の下着と、思うよりもふっくらとした谷間が見える。 「…ふぅん…身体の割に」 と言いかけた僕の言葉に、彼女は急いで前を隠した。 「も、もう良いよね」 「下着も外してよ」 高崎は嫌だと首を振った。 「下着も外して、早く。焦らすと俺が外すよ?」 「…」 彼女は困った様な顔をしてそれから背中に手を回した。 ブラウスの上から下着のホックを外す。 浮いた下着の隙間から彼女の白い肌が見える。 「よく見えない。下着を上にあげて」 高崎は、そっと下着を捲って見せた。 彼女の身体の輪郭がはっきりと僕の目に映った。 考えていたよりも、女の身体は白くて柔らかそうだった。 僕は息をつく。 「もう、いい?」 「……」 僕は刹那主義の人間ではない。 だけど、目の前にある物を取り逃がす事は出来そうになかった。 彼女は矢島が言う様な後腐れのない人間ではなかったけれども。 僕は彼女を引き寄せて、その白い肌に触れた。 柔らかで弾力のある肌に僕はすぐに酔いしれる。 胸の突起を指で摘むと高崎は息を飲んだ。 「い、いや…塩瀬君」 嫌と言う割には、彼女はさした抵抗を見せない。 本気で嫌がれば僕は止める気にもなっただろうに。 彼女の唇に付くか付かないか位まで僕の唇を近付けて小さく言った。 「良いか?」 ふんわりと、髪の良い香りがする。 彼女の小さな薄い肩が震えていた。 高崎は、良いとも悪いとも言わない。 僕は彼女の胸をゆったりと揉んで、ちゅっと小さなキスをした。 困った様な、泣き出しそうな、どちらともとれる表情を彼女はしていた。 いっその事、罵倒してくれれば僕の熱もおさまるのに。 無言でいるのはイエスと言う事なのだろうか? 柔らかな彼女の肌の感触を自分の手で感じながら、僕は高崎の様子を窺った。 ―――――僕は知らない事を知りたかった。 そして伸ばす手の先に高崎が居る。 僕の、ただのクラスメートの女子だ。 ただ欲望のはけ口の相手にするにはリスクが高いと思える。 矢島の言う様に緑女の女を相手にした方が余程気楽だと思えた。 それなのに僕は清潔そうな石鹸の香りがする彼女の肌に唇を寄せる。 唇で感じる人肌の温もりはひどく心地の良い物だった。 その行為はすぐに僕を夢中にさせる。 僕は高崎を持ち上げて、ベッドの上に移動させた。 指先で、唇で、舌で、僕は初めて他人の肌を感じる。 彼女の温もりや声が僕を高めていく。 ネクタイを外し、シャツやズボンを脱ぎ捨て、彼女の制服もその身体から剥ぎ 取った。 小さく華奢な高崎の身体を抱き締めて、ショーツ越しに彼女の女性器に触れる。 しっとりと、濡れた感触が僕の指に伝わってきて僕の興奮を煽った。 これが”濡れている”と、いう事なのか。 柔らかな窪みの少し上に突起を感じる。 そこを弄ると、彼女が声を上げた。 ああ、ココが女の良い所なのか。 僕はその芽を指先で転がした。 「んんぅっ…ぁん」 高崎が甘える様な声を上げる。 それを発しさせているのが自分だと思うと、また興奮する。 ショーツの中に手を差し入れて直接彼女に触れると、彼女の体液で指が濡らさ れた。 身体の中に指を差し込むと、柔らかな肉壁が僕の指を包み、何処までも僕を奧 に迎え入れる様だった。 ココは辿り着く先があるのだろうか? 探れない事にもどかしささえ感じる。 内部をゆっくりゆっくりと探る。 抜いては差し込み、差し込んでは抜くという動作を繰り返す。 チュクっと淫靡な水音が立った。 そっと指を引き抜いて、濡らされた自分の指を見る。 溶かされそうな彼女の温度と、焼き切れそうな自分の熱情。 平静が保てなくなっていく。 煽られて高まって、もうどうしようもない位になっていく。 吐き出したい情熱が自分の体内に溜まっていっていた。 「…いい、か?」 NOと言われても僕は引き返せそうには無かったけれども。 「だ…っこ、して」 彼女はそう言って腕を広げた。 「イエス、と言う事か?」 「…ウン」 か細い声で答える彼女を僕は抱き締めた。 細く、強く抱けば壊れてしまいそうな彼女の身体を抱いて、僕は自身の熱を彼 女と溶け合わせた。 知らなかった熱を僕は知った。 白い雲が濃淡のある青い空に溶け込んでしまいそうによく晴れた夏の日の出来 事だった。 ****** 昨日と変わらない今日がやってくる。 時計の針は、昨日と同じ様に時間を繰り返し指していく。 「塩瀬」 矢島が手をひらひらさせながら寄ってきた。 この男は一体何故僕に関わろうとするのか。 「なんだ?また合コンか?だったら俺は…」 「いやいや、今日はもっと刺激的」 そう言って奴は僕の耳元に唇を寄せてきた。 「大学生のおねーさま方と乱交パーティ」 僕は息をついて矢島を見る。 「不特定多数とヤる趣味は無い」 「固いねー君は本当に」 「おまえも本当に飽きない奴だな」 「本能のままに生きてるだけー」 そう言って愛嬌のある微笑みを奴は浮かべた。 「おまえって楽しんで生きてる?いっつもつまんなそーな顔してっけどよ」 矢島は僕にそう言った。 「楽しいとも思わないがつまらないと思った事もない」 「あ、っそ。ならいいけど」 「おまえこそ、大概にしておかないと変な病気感染(うつ)されるぜ」 「ゴム無しで女を抱かないからダイジョウブ」 「…あっそ」 「塩ちゃんも気を付けろよ。俺の仲間のダチが感染したって話だからさ」 「感染って?」 「HIV」 さらりと矢島はそう言った。 「…エイ…ズ?」 「快楽の引き替えの代償にしてはでかいよなぁ」 ははっと奴は笑う。 「おまえ…そんな話を聞いていて、よく…」 「ひとりと付き合うのって、疲れるじゃん」 「疲れる…か?」 「好きだのどうのって振り回されるのはご免だね」 「…」 「そう思わね?」 「…どうだろうか」 「愛なんてどこにもねぇのに」 矢島はそう言って窓の外を見る。 「良い天気だねぇ…」 「…」 「こんな日に外に出たら干からびちまうな」 「不健康な奴だな」 「ははっ、じゃーな」 矢島はそう言って自分のグループに戻っていく。 愛なんて何処にもない。 僕もまた、見つけられてはいない。 僕は腕時計に目を落とす。 僕が知りたいのは、あの行為の事だったのだろうか。 知らない時よりも自分を空虚に感じるのは何故なのだろう。 「塩瀬くーん」 学校の帰り道、僕は呼び止められる。 振り返ると同じクラスの相沢が居た。 「駅まで一緒していい?」 「…別に、構わないが」 相沢は一方的に話しまくっている。 興味が無いから右から左に抜けていくので会話の内容が覚えられない。 別にそれが困ると思えなかったので僕は適当に相槌を打っていた。 「ねぇ、塩瀬君って付き合っている人いるの?」 高崎と同じ質問をされる。 「…いや」 「そう、だったらあたしと付き合わない?」 「はァ?」 「塩瀬君って前からイイなって思っていたんだよねぇ」 「俺は相沢の事はなんとも思ってない」 「付き合っていくうちにイイと思うようになってくるわよ」 そう言って相沢は僕の腕に自分の腕を絡みつかせてきた。 胸に自信があるのか、僕に見ろと言わんばかりに押しつけてくる。 正直、相沢はグラビアアイドル並の顔と身体の持ち主だとは思うが、不快とい うレベルまでは、いっていなかったものの香水の香りが鼻についた。 「昨日さぁ、高崎さんと一緒に本屋に居たよねぇ」 「…」 「あの子って、可愛コぶって男子の気を惹こうとしてるから塩瀬君も気を付け た方がいいわよ」 「…」 「イマドキ、ツインテールなんてロリータ気取っちゃって、ちょっとキモイと 思わない?あの子絶対私服はブリブリのフリルとかが付いてる服だよ」 「…校則だろ?ふたつに結ぶのは」 「あはっ校則なんてあってない様なもんじゃない、みんな髪が長くても結ばな いし、茶パツだし、パーマだってかけてるじゃん。ダサイよ」 「高崎のグループの女子はみんな校則守ってる。自分と違うからって悪く言う のはどうだろうか?」 「ま、別にカンケーないから良いんだけどさ。塩瀬君に馴れ馴れしくしてたか らちょっと癇(かん)に障ったのよね」 「…俺が誰と馴れ合おうが、それこそ君には関係の無い事だと思うが?」 「そんなにつれない言い方しないでよ。あ、コッチコッチ」 そう言って相沢は僕を駅から離れた場所に連れて行こうとする。 「そっちは駅じゃない」 「いいからついて来てよ」 民家が立ち並んでいる場所の外れにラブホテルがぽつんと一軒立っていた。 よく男子の間で話が出てくる「ラブドール」と言うホテルだ。 話には聞いていたが見るのは初めてだった。 「入ろうよ」 彼女はそう言って誘ってきた。 「冗談」 「本気。大丈夫、お金はあたしが出すからさ」 そう言って相沢はグロスで濡れた唇を曲げて微笑んだ。 「あたし、上手いよ。フェラとか気持ち良いって誉められた事あるしさ」 自分の淫乱さをさも誇り高い事の様に言う彼女に僕は目を見張った。 絡んでいる彼女の腕を僕は振り解く。 「俺は君とは寝ない」 「あたしじゃ不服とでも言うの?」 相沢は腰に手を置いて斜めに僕を見上げて来た。 キツイ瞳で。 「男に飢えているなら他を当たってくれ」 相沢は、ハッと笑った。 「つまんない男、すっごい白ける。セックスなんて誰だってしてる事じゃん」 そう言って彼女は踵を返して行ってしまった。 誰でもしている事。 そう、だから僕は知らない自分が許せなかった。 だけど、僕が本当に知らなければならないのはもっと別の事の様な気がしてい た。 僕は息をついて、駅に向かって歩き出す。 そしていつもの様に駅ビル内の書店に足を踏み入れた。 そこに、見かけた後姿を見つける。 女性雑誌のコーナーで立ち読みをしている高崎。 ふたつに結ばれた少し茶のかかった髪が艶やかで、のぞくうなじが白く艶めか しい。 可愛コぶっている? そうだろうか。 男に媚びているという意味であるのなら、相沢の方が余程それに該当すると思 えた。 彼女はどうして僕に身体を許したのだろうか? 処女(はじめて)でありながら。 歯を食いしばらなければならない痛みを、堪えて何故僕に抱かれた? そして、その代償を何故僕に求めない? 彼女もまた、知りたかっただけなのだろうか? 僕は声を掛ける事も出来ずに彼女の後ろ姿をただ眺めた。 代償を求めて欲しいのかもしれない。 付き合えと彼女が言うなら僕は否とは言わない。 ―――――そうすれば、僕はまた彼女を抱ける。 気持ちが高ぶった。 僕は早々に本屋を後にする。 抱き締めた小さな身体。 驚くほどに細い腰。 僕を受け止めた内部の狭さとその感触。 彼女の…女の匂い。 僕はベッドに鞄を放りだし、床に腰を下ろしてズボンのファスナーを下げた。 引き出すと、あっという間に熱を持ち立ち上がる。 知らない時よりも知った後の方が、その誘惑は強かった。 右手で僕は自分のそれを擦り上げる。 「高崎…高崎……あっ…は…さくら…」 さくら あのちいさな身体に色んな事をしたい。 アダルトビデオで見た様な、色んな体位で彼女を組み敷きたい。 彼女の声が聞きたい。 僕の熱をあの子の身体に埋め込みたい。 『だ…っこして』 甘える様に言った彼女の声。 泣いて呼んだ僕の名前。 抱きたい、もう一度抱きたい。 「さくら…さくら…ああっ…」 僕は左手でティッシュを持ち、自分を包んだ。 そしてクラスメートの女子の裸を想像しながら白濁色の液体を放出させた。 マスターベーションをする憂鬱。 相沢を抱いてしまえば良かっただろうか? それとも矢島のパーティに参加すれば良かっただろうか? 自分の手で出す虚しさに、僕はふとそう思ってしまった。 矢島を色狂いだと笑えない。 僕もまた同じ様な人種なのだから。 その夜も、セックスした事を思い出して僕は自慰をしてしまう。 高崎を犯す事を想像しながら―――――。 ****** 誘惑の熱は日を追うごとに帯びていく。 頭の中が、その事でいっぱいで、気が狂いそうだった。 我慢も限界だと思い始めた頃、矢島がまた声を掛けてきた。 「塩くーん。今日は生島女子校との合コンなんだけどさぁ」 ウキウキとしながら声を掛けてくる奴に、僕は努めて平静を装い答えた。 「…行くよ」 「お、やっと乗ってきましたか?」 矢島が僕の肩をぽんぽんと叩いてくる。 「聞いたところによると、今日のメンバーは結構イケテルみたいだぜ」 そう言いながら矢島が小さく囁いた。 「塩瀬なら、どんな女もやり放題だ」 彼の声がやけに甘く聞こえた。 まるで僕の心の中の誘惑の主であるかの様に。 もう、うんざりだ。 クラスメートの女子を犯す事を考えながら自慰をするなんて。 だけど、高崎はどのAV女優よりも僕を興奮させた。 実際に抱いた女だからだろうか? だったら別の女で僕の記憶を染め変えてやる。 帰りの昇降口で矢島が僕に言った。 「塩君、ちゃんと持ってる?」 「あ?何を?」 「ゴムだよ、コンドーム」 「…」 「駄目よー、生抱きは。怖いからね」 そう言いながら彼は鞄をあさってから、僕に何かを握らせる。 コンドームだ。 「3つもあれば足りる?塩君は何回ぐらいしちゃうタイプ?」 「3つあれば…足りる」 「知ってると思うけど足りなくなってもラブホに備え付けのゴムは使うなよ。 悪戯されてっかもしれねぇから。足りなくなったらフロントに電話して新しい のを貰えよ」 「ご忠告どうも」 「じゃあ、行きますかね」 「…」 視界の中に何かが入って僕は何気なく振り返る。 そこには、高崎が居て…僕を見上げて来た。 彼女が居る事に気が付いた矢島が、高崎に向かって手を振った。 「あ、高崎ちゃんばいばいー」 「…し、塩瀬君を連れて行かないで」 「は?」 「連れて行かないで」 「俺ら遊びに行くだけだよ、カラオケとかなー」 そう言って矢島や他の男子が笑った。 「行っちゃ嫌だ」 高崎が僕に言う。 「…行くよ、塩瀬」 矢島がとんっと僕の背を叩いた。 「あ、ああ」 僕が歩き始めようとすると、高崎が走ってきて僕の腕を掴んだ。 「お願い、行かないで」 「…」 矢島が大きく息をついて、僕の腕を掴んでいる彼女の手を振り払った。 「塩瀬は俺らと遊びに行くの。邪魔しないでくれる?」 「やっくんの遊びって”そういう事”でしょう?やだよ」 そう言って涙声になる高崎を、矢島はチ…と舌打ちをした。 ”やっくん”? 僕は矢島を見る。 「塩瀬は判ってて誘いに乗ったんだよ。お子ちゃまは引っ込んでいてくれる?」 そうして手を伸ばそうとする高崎を矢島は追い払おうとした。 「やだ…やだよ…塩瀬君」 「行こ行こ、塩瀬」 無理に僕を高崎から引き離そうとする矢島が引っかかり、僕は足を止めた。 「…悪い、行くの止める」 僕がそう言うと、矢島は俯いて難しい顔をした。 「…あ、っそ」 矢島は溜息をついた。 それから高崎を見る。 何も言わずに黙って見続けて、高崎も何も言わずに俯く。 「矢島、時間遅れるぜ」 他の男子がそう言って、矢島は「おお」と言い、昇降口を後にした。 僕と、高崎が残される。 「矢島君の遊びについていかないで」 そう言う彼女に僕は言葉を返した。 「何の権限があって俺にそんな事を言う?」 「何も、無いけど…」 「矢島の遊びがなんなのか知っていて俺を止めたって事はおまえが代わりをし てくれるのか」 僕の言葉に、高崎のツインテールが小さく揺れた。 |