■■蒼の扉 10■■


花火大会が終わって、僕とさくらは僕の部屋に居た。
「綺麗だったね」
さくらが微笑んだ。
僕は彼女の頬をそっと撫でる。
「…塩瀬君?」
「俺はさくらが好きだ」
「…う…うん…ありがとう…私も、塩瀬君が…」
「誰がなんと言おうが俺はさくらが好きだ」
「…塩瀬君?」
「さくらが好きだ」
僕は彼女を引き寄せて強く抱きしめた。
「好きだよ…決して離しはしない」
「…塩瀬君…」
僕はさくらを見つめた。
「唯人…と、呼んでくれないか」
僕がそう言うと、さくらは戸惑うような表情をして頬を赤く染めた。
「嫌か?」
「…恥ずかしいよ」
「…俺を好きでいてくれるのであれば、名前で呼んで」
「そ、そんな言い方…ずるいよ」
僕は彼女に小さく口付ける。
「抱いて…良いか」
さくらがこくんと頷く。
「…すまなかったな…怖かったのだろう?初めての時」
彼女が僕の手をぎゅっと握った。
「痛いのも怖いのも…塩瀬君の為だったら我慢出来ると思った」
「…塩瀬ではない、唯人だ」
「……ゆ、ゆい…と、君」
「俺も、さくらの為ならなんでもする…どんな事でも」
僕の言葉に、さくらが顔を上げて僕を見る。
少し不安そうな表情で。
「何も…してくれなくていいの…私を傍に置いてくれるなら、もうそれだけで
十分なの」
「ああ」
僕はそう言って微笑んで見せた。
「…唯人君…好き…」
さくらを抱きしめ、僕は思った。
この気持ちも、さくら自身も、僕が護る。
どんな事をしたって。
「さくら…おまえは俺が最も大事にしたいと思う人間だ」
「……」
彼女の瞳に涙が滲む。
「ずっと傍に居てくれないか…ふたりで…」
…ふたりで、生きていけるのなら、僕はそれ以上に望むものなんて無い。
多くは望まない。
望むものはたったひとつだ。

さくら

僕達は、何て小さな存在なんだろう…
でも、だからこそふたりで居る意味があると思いたい。
僕達がひとつではなく、別れて生まれてきたのは、手を握り合う為なんだ。
手を繋ぎ、見つめて、存在する意味を教え合う為に別のものとして生まれてきた。
ひとつでなくて良い。
ふたつだから、僕達は存在していけるのだと…

「おまえは本当に俺で良いのか」
「うん…」

さくらの腕が僕を包んだ。

「唯人君が良いの」

幼い感情の暴走だとあの人は笑うだろう…僕を激しく怒り、僕を突き放すかも
しれない。
だけど、
今、護りたいと思う気持ちは真実以外の何者でもなくて。
だからと言って悪いと思う気持ちがないわけでは無い。
あの人が、どれだけ僕を愛してくれていたか理解していないわけではない。
だけど例えあの人を失う事になっても、僕は―――――。

******

「驚いたよ、君から連絡があるとは思っていなかった」

僕は喫茶店に居た。
目の前には紫色の瞳を輝かす金髪の男性が居る。

「暁さんから言われてないの?ホストには関わるなって、言われたでしょう?」
「…言われました」
「僕は関わる事を禁止されているホストなんだけどね」
ふふっと彼は笑って、白いコーヒーカップを持ち上げた。
「すみません、お忙しいのに…お呼びだてして…」
「…まぁ、いいけど…君の用事って何かな」
コーヒーを優雅に飲みながらヒカルさんが言った。
僕は小さく息を吐き、それから言う。
「僕を…”使って”欲しいんです」
かちゃり。
彼が持ち上げていた白いコーヒーカップがソーサーの上に戻る。
紫の瞳が僕を見た。
「それはホストになりたいという意味?まぁ、素質はあるとは思うけどフェイ
クは君を雇えない。君は成人していないのだろう?他のお店はともかくうちの
お店は成人していない人間は雇わない主義でね」
「…判っています。俺は…18にもなっていませんだから余所の店でも雇って
は貰えないです」
「じゃあ”使って”欲しいってどういう意味なのかな」
僕は顔を上げて彼の瞳を真っ直ぐに見た。
「…店に出なくても、使う方法はいくらでもあるのではないかと」
「…悪い…煙草を吸っても良いかな」
「どうぞ」
彼は煙草を一本取り出すと、それを銜えて火を付ける。
ふぅっと彼が息を吐き出すと白い煙が立ち上った。
「随分と際どい話をしてくるね」
「意味が通じている様で良かったです」
「…僕には、非合法で客をとりたい…そう聞こえるのだけれど」
「ええ、そういう意味です」
ヒカルさんは灰皿にとんっと煙草を叩きつけて灰を少し落とす。
「金が欲しいの?」
「…」
「だったら相談する相手を間違えてはいないか?お小遣いが欲しいので有れば
暁さんに頼めばいくらでもくれるだろう?10万20万欲しいって言ったって
あの人ならぽんと出すよ」
「小遣いが欲しいわけでもなければ、俺が欲しい金額が10万20万程度の額
でもありません」
「桁が違うと言うわけか…君…自分にそれだけの価値があるとでも思っている
の?」
ヒカルさんが薄く笑う。
僕は彼を見つめた。
「暁雪乃に稼げて、俺が稼げないとは思いません」
「この業界、舐めてるの?顔が同じなら同じぐらい稼げると思ったら大きな間
違いだよ」
「…」
「暁雪乃は暁雪乃であるから客は惹かれるし金も使う、だったら君はなんだっ
ていうの?暁雪乃のコピーでしかないだろう?」
「俺がコピーでもなんでも…お願いします、俺を使って下さい、貴方なら上手
に使う事も出来るでしょう?」
「…君の申し出、僕一人では答えは出せないな…暁さんを交えてでなければ」
「兄には関係有りません」
「君に仕事をさせたら恨まれるのは僕だよ?僕はあの人を敵にまわすのはご免
だな」
そう言ってヒカルさんは携帯を取り出して電話を掛ける。
僕の額にじわりと汗が浮いた。
「…兄が許す筈などない」
「そうだろうね」
ヒカルさんは、はっきりとそう言って笑った。
「…ああ、お忙しいところすみません、フェイクタウンのヒカルです、こんに
ちは…今お時間取れませんでしょうか…ええ、お逢いしたいのですが」
ヒカルさんがふっと笑った。
「今、貴方の弟君(おとうとぎみ)とご一緒させて頂いているのですが」

******

からん
喫茶店の扉についている鐘が音を立てた。
そうは時間が掛かる事なく、兄はやってきて僕の真横に立った。
「…どういう事だ?唯人」
「…」
「ヒカル君に逢うことは勿論、連絡を取る事も禁じた筈だったよな」
ヒカルさんは兄を見上げて微笑んだ。
「取り敢えず、お座りになったら如何ですか?目立ちますし」
兄はヒカルさんをちらりと見ると僕の隣に座った。
はぁ、と兄は大きく息を吐く。
「…君に聞いた方が早そうだね、ヒカル君、こいつは一体なんの用事で貴方に
逢っていたんですかね?」
ヒカルさんは、ふっと笑ってから言葉を出した。
「働きたいそうですよ…非合法にね。僕に客を斡旋して欲しいと」
「ふざけるな」
「僕に言わないで頂けますか?」
「ヒカル君に言ったんじゃない」
「それなら良いですが」
ヒカルさんが手を挙げて店員を呼ぶ。
「何を飲まれます?」
「…なんでも良いよ」
「じゃあ、クリームソーダにしますか?」
「君はふざけているのか?」
瞳を上げる兄に、ヒカルさんは目を細めて笑う。
「貴方が狼狽えている姿が面白くて…」
「面白いだって?」
兄がヒカルさんを睨み付けた所で店員がやってくる。
「お待たせいたしました」
「ブルーマウンテンを3つ」
「かしこまりました、カップをお下げ致します」
店員がコーヒーカップをふたつトレイに乗せて、注文をしたヒカルさんにぺこ
りと頭を下げて立ち去っていく。
はぁ、と兄が息を吐いた。
「そういう話なら、これ以上する必要は無い。唯人が客をとるだって?冗談
じゃない」
「でも貴方の弟さんはお金が必要みたいですよ」
ヒカルさんがそう言うと、兄は僕を見た。
「一体いくら必要なんだ?」
「兄貴には関係がない」
「唯人!」
ヒカルさんがとんとんっと人差し指でテーブルを叩く。
「10万20万の金じゃない様ですよ」
「そんな大金がどうして今のおまえに必要なんだ?不自由のある生活はさせて
いないだろう?」
「…」
僕が黙っていると、ヒカルさんが金髪を揺らし、テーブルの上に肘をついた。
「僕も聞きたいね、なんで君がそこまでして金を欲しがるのかが」
それでも僕が黙っていると、ヒカルさんは魅惑的な笑みを浮かべる。
「事情によっては君の望みを叶えてあげないでもないよ」
「そんな事は俺が許さない」
「…僕は、弟君に訊いている」
「君が訊くまでも無く、唯人が働く話は無しだ。金が必要なら俺が出す」
「兄貴の金では駄目なんだ」
「なんだって?」
「俺が…自分で働いて得た金でなければ意味がない」
ヒカルさんは首を傾げた。
「わざわざ働いて苦労しなくても、お金をくれると言っているのだから貰えば
良いんじゃないのかな。別に僕は君がどうでも構わないのだけれど、だからと
言ってなにもホストを…しかも非合法でやらなければいけない必要も無いと思
うよ」
「俺は…俺の力で護りたいんだ」
「何を?」
ヒカルさんがその紫の瞳で僕をじっと見つめてくる。
「…大事な人を護りたい、だからその為ならなんだってするし…そんな俺を兄
貴が許せないと言うのならば…」
最後の言葉が震える。
兄が僕を見つめているのは気配で判っていた。
「…許さないと言ったら…何だと言うんだ?」
僕は一度唇を噛み、それから顔を上げて兄を見た。
「許さないと言うのなら、縁を切ってくれて構わない」
「…それ、本気で言っているのか」
「もう貴方の庇護は受けない」
僕の言葉に、兄は目を細めた。
「俺の手から離れると言うのか、そんな事は許さない」
「俺は俺の力で生きていく」
「唯人!」
ヒカルさんは腕を組んで僕を見つめた。
「大事な人って…女か」
ヒカルさんの静かな声が僕の耳に響く。
兄が僕の肩を掴んだ。
「女ってまさかさくらちゃんか?」
「…そうだ」
「付き合いだして間もないだろう…何を…熱に浮かされているんだ」
「…熱に浮かされてなどいない」
「それ以外になんだと言うんだ?」
「俺にはさくらだけだ、他には…何も、望みはしない」
「ずっとおまえを見守り続けてきた俺を切り捨てても女を選ぶと言うのか、赤
の他人を」
「…すまないと…思う、だが、ふたつを選べなくてひとつしか選べないと言う
のなら俺はさくらを選ぶ」
「女はあの子だけじゃないだろう!たまたまあの子と寝たそれだけで必要以上
に情を移す必要など無い!あの子に何か事情があると言うなら捨てればいいだ
けだ、この先いくらでもおまえに女は出来る」
「この先なんか無い!俺にはこの先何年かかってもさくら以上に愛せる女なん
て出来はしない、俺が欲しいのはさくらだけだ他は要らない!他の全てを失っ
ても俺の手にさくらが残っていれば俺は何も悔いたりはしない」

がたん

ヒカルさんが立ち上がった。
コーヒーを運んできた店員が戸惑った様に彼を見る。
「…話は判った…もう僕が訊きたい事は何も無い、僕の分のコーヒーは飲むな
りそのままにするなりお好きにどうぞ」
「ヒカルさん!」
僕も思わず立ち上がる。
ヒカルさんは静かに僕を見てきた。
「…お願いします…貴方だけが頼りなんです」
「話は判ったと、言っただろう?」
ヒカルさんは微笑んだ。
「僕が一千万で君を買おう。それでいいかな」
「…え?」
「一千万では足りない?」
「い、いえ…でも、それは…どういう意味…」
「別に客をとらせるつもりもないし女と寝ろなんて言わない」
「…ヒカル君、そんな事は認められない」
そう言う兄をヒカルさんは見下ろした。
「じゃあどうするの?僕が手を下さなければ、この子何をするか判らないと思
うよ。可愛い弟君を売り専にでもしたいわけですか?」
「冗談を言うな!」
「…彼を買ったからと言って僕が彼を可愛がるつもりもないから…唯人君を僕
に預けてくれませんか、決して悪いようにはしませんお約束します」
「一千万程度の金なら俺だって出せる!」
「だけど、貴方のお金では駄目なのだと…言っているじゃないですか」
「唯人!!」
兄は今まで見た事も無い様な瞳で僕を見つめてきた。
胸が痛む。
堪らなく苦しい。
「すまない…兄貴のお金では、俺がさくらを護る事にはならないんだ」
「ヒカル君の金なら良いと言うのか?どこが違うと言うんだよ」
「…俺は、ヒカルさんの為に出来る事はなんでもする…」
「契約成立という事で良いのかな」
「…はい…お願いします。俺を…買って下さい」
ヒカルさんは兄をちらりと見た。
「そういう事なので、僕を恨むのは止めてくださいね」
「…もう…勝手にするが良い」
胸が痛んだ。
兄はもう顔を上げる事無く、黙って運ばれてきたコーヒーカップを見つめていた。
「では、唯人君、行こうか」
ヒカルさんは伝票をするりと取り、レジに向かった。
僕は兄を見下ろした。
「…兄貴…すまない」
「……俺には、弟など居なかったと思う事にする。今生の別れだ」
「兄貴…」
「それ程の覚悟が、おまえにはあったのだろう」
「…」
「もう俺は一切の介入はしない。今後逢う事もないだろう」
覚悟をしていても、兄の言葉は僕の胸に痛かった。
もしかしたら、それでも…兄は僕を許してくれるのではないかという甘えがど
こかにあったのは事実だ。
「…さよう…なら…」
「…二度と俺の前に顔を見せるな」
「…」
「唯人君、行くよ」
レジからヒカルさんの声が聞こえて、行かなければ…と思うのに、足が動かない。
これでもう…本当に最後なのか。
「兄貴…」
「…俺は、もうおまえの兄ではない」
「…そう…だな」
「そうだ、それをおまえが望み、選んだ事だ」
もうそれ以上の言葉はなく、僕は足早にその場所を後にする。
「…口座に振り込むと厄介だから、毎月少しづつ君にお金を渡す事にするよ」
ヒカルさんがそう言った。
「…大事に使わせて貰います…学校は、やめて…昼は働きます」
「そう」
ヒカルさんは金髪の髪を掻き上げる。
「護りたい物は護れる時に護るのでなければ意味がない。高校なんて卒業しな
くったって…いずれ必要な時が来たら大検を受けると良い」
「…俺が、貴方の為に出来る事があるのならなんでもやります…」
ふふっとヒカルさんが笑った。
「そう…じゃあ今度の休みの時に僕の愛車の洗車を頼もうかな」
「…え?」
「大事な車だから丁寧に頼むよ」
「…ヒカルさん…」
「君は、ただ一人の大事な人の事だけを考えれば良い…今は」
「…はい…」

青い空がやけに高く感じた―――――。
失った物の痛みに胸が痛くて堪らなかった。

「これからどうするの?」
「…はい…淫行罪で、彼女の兄を訴えようかと思っています」
「…近親相姦?」
「義理の兄から性的虐待を受けている様なのです」
「…そうか…それは…何と言ってあげればいいのか判らないな…」
「……」
「必要なら、弁護士を紹介してあげても構わないよ。腕の良い弁護士を知って
いるから」
「…有り難う御座います」
「もしかして、その為の金?」
「弁護士の…費用と…これからふたりで暮らしていく為の金がどうしても欲し
かったんです」
「そうか」
ふふっとヒカルさんは笑った。
「頑張ると良い」
「…はい…その為に…俺は…兄と決別したのだから」
ヒカルさんは瞬きをして、静かに笑った。
「君の判断は正しかった。僕は君にとって実に役立つ人間だと思うよ」
ヒカルさんは空を見上げる。
「…羨ましいな、運命の人間とこんなに早く出逢う事が出来た君が」
彼がそんな風に言う意味が、僕はあまり理解することが出来なかった。
だけど…
「出逢えて良かったと、思います」
僕はそう応えた。

******

それから、僕はさくらと話をする事にした。

「さくら、聞いて欲しいのだが」
「うん…なぁに?」
「単刀直入に言うが、おまえは義理の兄に性的虐待を受けているね?」
僕がそう言うと、彼女はびくりと震えて僕を見た。
「ちが…私…は…」
「隠さないで欲しい。僕は例えさくらがどんな事をされていても、おまえを蔑
んだりはしない、ましてや離す事もしない…だから正直に言って欲しい」
「違う…違う、私は…虐待なんて受けていない」
そう言いながらもさくらは大きな瞳から涙を零した。
自身でその事実を、認めてしまうという事も辛いのだろう。
「…児童相談所に話をして、弁護士も立てて、君の家族と話をしようと思って
いるんだ」
「児童相談所?」
「おまえは未成年なのだし、家族がそういう状態であるのなら国に保護して貰
うべきだと思う、だから施設に…」
「い、嫌ッ」
「…さくら」
「施設って何処にあるの?遠くかもしれないんでしょう?わ…私、は…唯人君
と離れるのは嫌」
僕はさくらを抱きしめた。
「だったら…俺と暮らそう?おまえは家を出て…俺と」
「…唯人君…と?」
見上げてくるさくらに僕は微笑んだ。
「おまえの事は一生俺が護る。約束をする」
「唯人君…」
「だから全てを打ち明けて欲しい。本当に、悪い様にはしないから」
さくらは俯いて、それからぽつりぽつりと、今まで彼女が受けてきた虐待の話
をし始めた。

******

僕はヒカルさんが紹介してくれた本庄瞳美(ほんじょうひとみ)と言う女性の
弁護士と共に彼女の家族と話をした。
さくらの義理兄がしてきた事は憲法第176条強制わいせつ罪である事を話し
場合によっては告訴をする構えである事を本庄さんは言った。
さくらは終始震え、さくらの兄は慌てるように反論してきた。
「確かに俺は…妹に…触れたりはしたが、スキンシップのつもりだったし、ま
してや強姦などはしていない!本当だ」
「過度のスキンシップが彼女に不快な思いをさせていたという反省の念は貴方
には無いのですか?」
本庄さんは静かにそう言ってさくらの兄を見た。
「そ…それは…」
「証言によると貴方は度重なる暴力或いは言葉の暴力を彼女に与え、それから
行為に及ぶという事をしていた様ですが、ご両親はその事には全くお気づきに
なっておられなかったのでしょうか?あまりにも無関心と言えると思いますが」
彼女の両親は黙っていた。
本当に、初めて事の真実を聞かされたという様な顔をしている。
特にさくらの母親は青ざめた顔をしていた。
「当方の見解と致しましては、さくらさんに対して義兄のしてきた事は憲法第
176条強制わいせつ罪にあたり、それを黙認、或いは知ろうとしなかったご
両親にあたっては、児童虐待防止法第2条にあるネグレクトであると判断しま
した。児童相談所所長の判断により児童福祉法33条に基づきさくらさんの身
柄は一時保護として池上透也(いけがみとうや)に委託する事を要求致します」
そう言って本庄さんは息をつく。
池上透也というのはヒカルさんの本名だ。
「簡単に言わせて頂ければ、性的虐待を行う人間の傍にさくらさんを置いては
おけないので、こちらで預からせて頂きます、と、言う事です。一時的にとは
言いましたが、性犯罪を行う人間の再犯率は高くさくらさんの義兄はさくらさ
んが傍に居ればまた同じ事を繰り返すと思われますので、さくらさんが成人し
自立出来る様になるか、結婚するまでは池上透也が預かる事となります」
「…池上…透也という人物は一体どの様な…」
彼女の母親が不安そうな表情をして言う。
「池上透也なる人物は西園寺物産の社長に認知を受けているご子息です」
「西園寺物産!?」
突然日本屈指の一流企業の会社の名前が出てきて、彼女の両親は驚いていた。
「さくらさんの保護を委託するには申し分の無い方だと思われます。勿論成人
されております」
「…ですが、池上さんも男性の方の様ですので…もしも…さくらがまた…」
「その様な方ではありません」
「…そう…ですか」
彼女の母も、再婚した夫の子供が自分の娘に性的虐待をしていた事を知らされ
てショックだったと思う。だけど気付いてやれなかった事は許される事ではな
かった。
「こちらの要求を受けられないと仰られるのであれば裁判と言う事になります
が、そうなると社会的立場が危うくなりますね」
そう言って本庄さんは静かに笑う。
さくらの義父も義兄もただ、黙っていた。
さくらの母は泣いていた…

******

「本庄さん、有り難う御座いました」
さくらの家を後にし、僕は本庄さんにそう礼を言った。
「…池上様のご命令ですので」
本庄さんは笑う事無く答えを返してくる。

名目上、一時保護を委託されたのはヒカルさんでも、共に生活をするのは僕だ。
全てが思う様に事が済み、僕はほっとした。
さくらが僕を見上げてくる。

「…あり…がとう…唯人君…でも、私…」
「辛かっただろう?だけどもう…忘れるんだ」
「だけど、私…お兄ちゃんに色々されて…いたんだよ…それを唯人君は許せる
の?」
「さくらが望んでしていた事ではないだろう…」
「…」
「だから、もう良いんだよ…苦しむ必要はない」
「…」
さくらが僕の胸に顔を埋めた。
「俺がさくらを一生護っていくから」
「…せ…セックスはされてないの…それだけは…本当だから…信じて」
「判ったよ」
僕は彼女の髪をそっと撫でた。
「私と繋がって良いのは唯人君だけだから…」

******

運命の扉がそっと開かれていく。
僕達がくぐるべき扉。
それを開けたのは僕。

手を繋いで、僕達はあの向こうの世界へ行こう。
ふたりでずっとずっと歩いて行こう。

僕の大好きな蒼い色が、扉の向こうに見える気がした。

さくら、あの蒼を僕と一緒に見に行こう。
綺麗な蒼の世界で僕達は生きて行こう。

僕達は、ずっと一緒だ。

そう、永遠に―――――。

僕は強くさくらを抱きしめた。

−END−

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