■■双恋華 3■■


あったかい…。
滄先輩は暫くの間、ただ黙って私を抱きしめていてくれる。
「…抱きしめられるのも…すき…」
「いつだって俺の腕は律花の物だよ」
ふふっと滄先輩は笑った。
私は先輩の胸に顔を埋める。
「滄先輩…」
きゅっと私の内壁が滄先輩を締め付ける。
うねる内部に快感が生まれた。
「ああっ…」
「律花の中って不思議な動き方をするよね」
「…私…変なの?」
滄先輩を見上げると、先輩は、ふっと笑った。
「変ではないよ、珍しいなぁって思ってね」
ぴく…と、先輩は顔を上げた。
「先輩…?」
「…あぁ、帰ってきた」
「え?」
「浹」
そう言って滄先輩はクスクスと笑う。
耳を澄ませると、とんとんとんっと階段を上がってくる音がする。
「…あ、せ、先輩」
私が起きあがって、先輩を身体から抜き出そうとすると、滄先輩は逆に私を突
き上げてきた。
「ひゃっ…ぅ…」
「浹にも律花の可愛い声を聞いて貰おうか?」
そう言って先輩は私の腰を抱いて何度も突き上げてくる。
「…ぁ…」
私は唇を噛んで声が漏れないようにする。
廊下に人の気配がしていた。
「浹の部屋はこの隣…壁が薄いから…律花の声…聞こえちゃうだろうね」
「いやいや…先輩…止めて…」
隣の部屋の扉が開く音がして、ばたんと閉じられる。
本当に浹先輩が帰ってきたんだ。
浹先輩は、今ココに居るのが私だって事を知ってる。
玄関に靴があるから来訪者がいる事は一目瞭然だ。
「さぁ…先程まで啼いていた様に、甘く啼いてご覧…」
滄先輩はそう言うと激しく私を揺すった。
「はあっ…はっ…」
「どうしたの?声を出して…」
「だって…浹先輩が…」
くんっと滄先輩が腰を落とす。
最奧の最も敏感な場所を擦り上げてくる。
大きな快感が私を襲う。
「ああああっ!」
思わず声が出て、私は慌てて口を手で塞いだ。
滄先輩は私のその手を掴んで口元から離す。
両手がベッドに押さえつけられてしまった。
「先輩…いやっ…お願い…浹先輩に聞かれたくない…」
「聞かせてあげなよ、可愛い声なんだからさ」
そう言って滄先輩は執拗に私の弱いと思われる場所を擦ってくる。
「あんっ…ああっ…はぁ…はぁん…」
「そうそう…いいよ…律花…もっと声を上げてご覧」
「だ…めぇ…」
先輩は私の腰を抱き、最奧に自身をあてて、激しく腰を揺らし始めた。
滄先輩が何をしようとしているのか判る。
私を、イかせるつもりなのだ。
逃れようとしても逃れられない。
快感の波が激しく私を襲う。
気持ち良いのがどんどん強くなっていく。
「あっ…あっ…ああああっ」
先輩の先端が私の奧を激しく突く。
だめ…駄目、私も快感を追わずにはいられなってくる。
「先輩…先輩っ…」
「もっと、もっとだよ…声を上げて律花…」
「くふぅ…ああ、あああん!」
「好きだよ…律花…律花っ」
「あああああっ!!」
仰け反る私の身体を強く抱き、先輩は限界まで私の奧に自分を入れた。
「んっ、あ…」
滄先輩が甘い声を上げ、睫毛を伏せる。
ひくひくとお互いのそれが蠢きあっている。
先輩は、ふっと笑った。
「絶対、聞こえたな…俺が抱いているのが律花だと知ったら、あいつはどんな
顔をするだろな」
滄先輩がそんな事を言う。
私は荒い呼吸の中で彼を見上げた。
…どんな顔って…どういう意味??
「…浹先輩は…私だって知ってる…住所を教えてくれたの…浹先輩だから…」
滄先輩は私を見て笑った。
その笑い方が、私はなんだか少し怖く感じてしまった。

******

翌日。

私が渡り廊下を歩いていると、浹先輩が友人と思われる人と一緒に向こうから
歩いてくる。
お礼を言った方が良い?
…だけど…
声…聞かれてしまってる。

私は浹先輩に会釈だけした。

だけど…

まるでソコに私が居ないみたいに、私を無視して先輩は通り過ぎていった。
「あの子、おまえに挨拶したんじゃないのか?」
…と言う、先輩の友人の声がした。
浹先輩は「知らない」とだけ答えていた。

屋上にも今日は浹先輩は居なくて、暑い中私はひとりで御飯を食べる。
御飯を食べ終わって、お弁当の蓋を閉じウーロン茶を飲んでいると鉄扉が、
ぎぃっと開いた。
そちらに目をやると、滄先輩が立っている。
「…滄…先輩?」
「今日帰りに遊んで帰らない?」
「え?あ、はい…でも、遊びって…」
「カラオケとかどう?」
「…はい、行きます」
滄先輩はにこりと笑った。
「じゃあ、蓮道(はすみち)駅の東口で待ってて。西じゃなくて東だよ、でな
いと電車組のやつらの目に留まるから…判った?」
「は、はい」
「また後でね」
それだけ言うと滄先輩は扉を閉めて行ってしまった。
…もうちょっと…傍に居て欲しかったな…
そう思いながら、私はストローに口を付けてウーロン茶を飲む。

どうして私がここに居る事が判ったんだろう。

温子ちゃんには何も言わずにココに来ているし…浹先輩から聞いたのかな。
滄先輩と浹先輩、仲が悪いって本当なのかな…
浹先輩は…あまり良く思っていなさそうだったけど、滄先輩は?

私はそんな事を考えながら飲み干したウーロン茶のパックを小さく折り畳んだ。

******

放課後
蓮道駅の東口に向かうと、滄先輩の方が先に着いていた。
私を見つけた滄先輩が軽く手を振ってくれる。
「すみません、お待たせしてしまって」
「構わないよ、じゃあ行こうか」
伸ばされた滄先輩の手を私は握り締める。
東口の方でも、うちの学校の生徒がまるっきり居ないわけではなくて、うちの
生徒を見掛ける度にどきどきした。
駅に一番近いビルの中にあるカラオケボックスには立ち寄らず、先輩はどんど
ん歩いていく。
「…あの…どこのカラオケボックスに行くんですか?」
私が聞くと、滄先輩は微笑んで見下ろしてくる。
「もうちょっと離れている所」
近くだとうちの生徒が居るかもしれないからかな…と私は解釈する。
やがて人影がまばらになっていって…
「…ここ」
そう言って滄先輩が視線を送った先にはラブホテルがあった。
「え…あ、あの…ここ…」
「ラブホテルの方が、カラオケも出来るしえっちも出来るし良いんじゃない?」
「せ…せんぱ…」
「おいで」
私は先輩に腕を引っ張られホテルの中へと連れ込まれてしまった。

「…遊びに行こうなんて言って…ホテルに連れ込むなんて酷いです」
ホテルの部屋に入ってから私が滄先輩に言うと、彼は笑った。
「ホテルに行こうって初めから言った方が良かった?そんなに怒るなよ、初め
て寝る仲でもあるまいし」
そう言って先輩は私を抱きしめた。
くぃっと顎を持ち上げられ、短いキスを何度も繰り返す。
「…滄先輩は…」
「うん?」
「浹先輩の事、どう思っていますか?」
「なんで浹の話?」
「…私…おふたりは仲が良いんだと思ってました」
「どうして?双子だから?」
滄先輩の言葉に私は頷いた。
「…その話、どうしても聞きたいの?」
私は滄先輩を見上げてから、それから頷いた。
「判った…じゃ、セックスの後に教えてあげる」
滄先輩はそう言って私を抱え上げると、ベッドの上に私の身体を置いた。
ネクタイを緩めながら、滄先輩は私を見下ろしてくる。
「…気持ち良くなろう、…ね?」
私はそんな滄先輩の言葉に小さく頷いた。
頬が熱くなってくる。

今までしたえっちと何も変わる事無く、私達は身体を重ね合わせた。
深く、深く、滄先輩は私の中に入り込み、私は何度も達してやがて滄先輩も私
の中で熱を吐き出した。

服を着たまましたので、私は少しの服の乱れを整えた。
滄先輩は自身の身体に着けていた薄いゴムを取り外し、きゅっとそれを結ぶと
ゴミ箱にぽんと捨てた。

「ねぇ?」
先輩も着衣を整えながら私を見る。
「は…はい」
「あんたって、俺が本当に滄だと思ってるわけ?」
彼はそんな事を言った。
「…え?ど…どういう…」
「あんたにとって、眼鏡を掛けてなければその人間は滄なんだ?」
滄先輩はそう言って立ち上がると、鞄の中から煙草を取りだして、ライターで
火を付けた。
「う…嘘、まさか…浹…先輩…なの?」
「双子だから仲が良いと思ったって、あんた先刻言ったよな?」
先輩は口から白い煙を吐き出した。
「双子だから嫌いなんだよ、同じ顔、同じ歳、いちいち比べられて胸くそ悪い
世界で一番あの男が嫌いだ」
黒い瞳で先輩は私を見つめてくる。
「俺とあいつの区別もつかないあんたの事はもっと嫌いだ」
「…わ…私が、滄先輩と付き合ったから…私を試して…こんな事、したの?」
身体が震えてくる。
冷たい瞳で先輩は私を見下ろした。
「滄とは別れろ、そうしないと今日の事を滄に言うからな」
「と…浹せんぱ…」
ククッと先輩は笑った。
「滄が知ったらどう思うだろうな?俺に抱かれてあんたが何度もイったって事
教えてやったらどういう顔をするだろうな」
浹先輩は昨日の滄先輩の様な事を言う。
震えて言葉も出ない私の肩を浹先輩は抱いてくる。
「滄に関わったばかりに、ハブられるわ、やられるわで散々だな、あんた」
その声はとても楽しそうで、私は涙する事しか出来なかった。

******

なんだかもう…ぼろぼろになった気分だった。

昼休み、お弁当を持ってふらふらと教室を出ようとする私に温子ちゃんが何か
を言いかけてきたけれどそれよりも先に私に声を掛けてきた人が居た。
廊下の方に目をやると滄先輩がにっこり笑って手を振った。
「悪い、これから御飯だった?ちょっと話があるんだけど…」
微笑む滄先輩に私は言った。
あの人の言いつけ通りに。
「私っ…滄先輩とは付き合えません!」
「律花?」

私はざわつく教室を飛び出して廊下を走り、階段を駆け上がった。
絶対、絶対居る。
確信を持って私は屋上の扉を押し開けた。

日陰になっている所で浹先輩が立っていた。
浹先輩は真っ直ぐに私を見る。
漆黒の瞳で。

「言った!滄先輩に付き合えないって言った!これで満足ですか!?」
私が泣きながら叫ぶと浹先輩は微笑んだ。
「ああ、満足だよ。律花」
浹先輩は初めて私の名を呼ぶ。
その呼び方や、声のトーンが何故か心に響いてくる。
響いて…
何かを私に知らせようとしていた。
私を見つめている浹先輩を私は見つめ返した。
震える唇で、言葉を紡ぎ出す。
「…浹先輩…もう一度私の名前を呼んで…?」
「何度でも、律花…」
真っ直ぐに私を見つめて甘く私の名を呼んだ。
「…貴方は本当に浹先輩なの?」
浹先輩はノーフレームの眼鏡を外し、それをシャツの胸ポケットに入れる。
「どっちだと思う?」
「…」
「ねぇ?律花…君にとって俺は浹なの?滄なの?どちらなんだ?」

私は…もしかしたら…初めから…

鉄の扉が開かれて、滄先輩が姿を現した。
「…付き合えないって、律花一体…と…浹!?なんでおまえ…」
驚きの声を上げる滄先輩に、浹先輩は少しだけ目を細めてからズボンのポケッ
トの中に双方の手を入れた。
「…選べば良い…律花。俺か、滄か、好きな方を選ぶが良いよ、それともどち
らも選ばない?」
私は滄先輩を振り返り、それから浹先輩を見た。
涙が止まらなくて、私は顔を手で覆った。

確かにふたりはそっくりではあったけれども、まったく同じではない。

「だけど嫌いって言った…私の事…許せないんでしょう?」
浹先輩に向けて私は言う。
そして彼はその言葉に応じた。
「嫌いだよ…俺の事を滄と呼ぶ子はね…」
「浹先輩…」
涙がアスファルトの床に落ちて黒いシミを作る。
だけど熱しられた床に落ちた雫は、すぐに蒸気となって空に消えていく。
「でも、もう間違えないと誓えるのなら許してあげる」
顔を上げると、浹先輩は右手を差し出してくる。
「おいで、律花…君が言った、俺の物になると…それとも君が名を呼んだ様に
本当に滄の方が良いの?」
私は距離を詰め、浹先輩に抱き付いた。
「…ごめんなさい…ごめんなさい…浹先輩…もう…絶対に間違わない」
背後で滄先輩の声がする。
「…り、律花」
浹先輩は愛おしそうに私の頭を撫で、頬を寄せてそれから言った。
「ごめんね滄…俺もずっと律花が好きだったんだよ」
「浹!」
「…昔から…好きな物は同じだったね…だけど、律花だけは譲らない」
そう言って浹先輩は私を強く抱きしめた。
「もう律花からは離れられないよ…」
少し笑う様にして浹先輩は言った。
「さ…教室に戻ろう」
浹先輩はそう言うと私の手を握り、歩き始めた。
すれ違い様に滄先輩は浹先輩を睨んでいた。
階段を下りながら浹先輩は胸ポケットにしまっていた眼鏡を掛ける。
「浹先輩…滄先輩は…」
「あんまり仲が良くないのは本当だから、今更女取られたぐらいでどうこうな
る関係でもないよ」
がらりと私の教室の扉を開けて、私の手を握ったまま浹先輩は教壇の上に立っ
た。
「誤解がある様なので言っておく、舘捺律花が付き合っているのは滄ではなく
俺の方だから。俺と律花が付き合う事で文句があるなら律花にではなく俺に言
ってくる様に。惚れているのは俺の方だから」
教室にいる生徒達をぐるっと見渡してから浹先輩は微笑んだ。
「判ったね?律花に手を出したら本当に許さないから」
鮮やかに微笑む浹先輩には妙に迫力があって、手を繋いでいる私の方もなんだ
か怖い気がしてしまった。
そんな中、温子ちゃんが私の傍に来て言った。
「さっきも言おうと思ってたの、もうひとりになんてならなくて良いから、今
まで通り一緒に居よう?」
「温子ちゃん…」
私は温子ちゃんに抱き付いて泣いてしまう。
温子ちゃんは「ごめんね」と言った。
「なんだ…ちゃんと友達いるじゃない」
浹先輩は私の頭をくしゃっと撫でた。

******

浹先輩の部屋で、浹先輩の傷を見せて貰った。
それは縫うほどの傷だった。
「ちょっと力の加減が判らなかったんだよね、こんな事するの初めてだったし」
そう言って先輩は笑った。
「先生は…あんまり驚いていなかったみたいだったけど…それはどうしてです
か?」
「俺…割とよく頭痛がするんだよ、それで結構保健室のお世話になっていたし
優等生でいかにも神経質そうに見えるから自傷する可能性のある人間に見えて
いたんじゃないのかな」
「ジショウって?」
「自分で自分を傷つける事」
浹先輩はズボンの裾を下ろして傷を隠した。
「責任取ってね、傷物にしたんだから」
そう言って浹先輩はクスクス笑った。
「浹先輩っていつも屋上で煙草吸っているんですか?」
「いつもではないよ、たまにね。律花が来た時は驚いた…で、律花は俺の事気
が付いてくれるかなって期待してたけど見事に裏切ってくれた。俺に抱かれた
っていうのに」
「あ…あんな喋り方だったし…あんたあんたって言うし…初めて見る物の様な
目で見てくるし…」
「自分から白状する気は全く無かったからね」
「そもそも初めに私が間違えた時に訂正してくれれば良かったのに」
「律花…君はあの時、さも愛おしそうに俺の事を見下ろしていたんだよ?」
「…そ、そんな事は…」
「君が俺を滄と呼んだ時、凄くショックだった」
浹先輩はそう言うと私の頬を指の背でそっと撫でた。
「だけど…滄になりすましてでも…律花を抱きしめたかったんだ」

開け放たれた窓、持っていた書類を思わず落とし、入り込んだ風によってそれ
らはまき散らかされた。
廊下に散乱した書類を見つめて、もういい加減うんざりだと思った。
面倒な委員会の雑務。
なんで俺がやらなければいけないんだ。
学級委員の代表になんて俺を推薦した奴を心底恨んだ。
そもそも真面目そうな人間なら学級委員が務まるだろうという教師の考え方に
も呆れる。
実は俺が煙草を吸っているという事を知ったら奴らはどんな顔をするだろうか。
自分で投書箱の中に高泉浹は煙草を吸っていると書いて入れてやろうか?
なんだか無性に苛ついた。
じっと散乱している書類を見ていると、一年のカラーの上履きを履いた女子生
徒が散らばっている書類を掻き集め始めた。
黙ってその様子を眺めているだけの俺を不審がる事無く全部書類を集めると、
俺にそれを差し出した。
俺がそれを受け取ると、自分のスカートのポケットに手を突っ込み書類の束の
上に苺の飴をひとつ乗せた。
「あ…あの…いつも大変そうだなぁって思って見てます…頑張って下さい」
「…ああ」
新手の告白かと思ったが、彼女は自分の名前すら名乗る事無く頭を下げて走っ
て行ってしまった。
いつも…見てる?
ふっと俺は笑った。
見知らぬ人間から貰った食べ物なんていつもだったら気持ち悪くて食べないの
だけれど、俺は包みを解いて飴を口の中に放り込んだ。
(甘いな…)
俺は書類を抱いて溜息をついた。
舘捺…とネームプレートに書いてあったな…
…なんて読むんだろうか、あの名は…
後で調べてみるか。

それが全ての始まりだった。

−END−

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