■■コイノトチュウ  1.手を繋ごう■■


「手を繋ごっか」
本当に唐突に、なんの前触れもなく彼が言った。
パーの字に開いた手を私の前に持ってくる。
ヒロ先輩は少し照れたような顔をして笑っていて、私もつられて笑ってしまう。
「やです」
ちょっと意地悪をしてみたくなって私がそう言うと、
彼はひどくがっかりした顔をしてみせた。
日が西に傾いて、空は朱に染まっている。
ヒロ先輩の顔も、私の顔も赤かった。
彼はサッカー部の人が持っているスポーツバッグを肩にかけ直して歩き始める。
私もその後を追うように歩く。
彼の右手は、彼のポケットの中にしまわれてしまっていた。
あれ?もう諦めてしまうの?
ちょっとの拒絶であっさり退いてしまうなんて少し面白くない。
私は彼と繋ぐであろう筈だった左手をぷらぷらとさせる。
そもそも、今時手を繋ぐぐらいで相手の了承を得るっていうのもどうなのかな?
だめだなぁ、ヒロ先輩は
…なんて思いながらも、私は彼の横顔を見上げて満足そうに笑う。
身長178センチのすらりとした長身に、
部活で鍛え上げられた引き締まった体付き。
毛先に少し癖のある髪の毛は、やや茶色。
瞳はくりっとしていてなんだか子犬を思わすような感じ。
その瞳から生えそろう睫毛は長めで、伏し目がちにすると影が落ちそうだった。
私が彼の身体の中で一番好きなのは引き締まった細い腰だ!なんて言ったら
友達に笑われた。
でも、本当に腰は細めだし、お尻は小さいし、とても私の好みだった。
そんな人物が私の彼氏だということが、私はとても誇らしかった。
しかもサッカー部で、レギュラー、クラスはA組というおまけ付きだ。
ちなみに我が暁大学付属高校は有名私立高校なのだが、
クラス分けは成績のいい順に、A、B、Cと振り分けられていくのだった。
私は7クラス中F組だったりする…
いや…実に私には勿体ないぐらいの人だったりするわけで
なんというか、でかした私っていう感じ。
しかも、ヒロ先輩から告白されて付き合うようになったんだから凄いわけで、
なんで私がいいのかって聞いたら、
私の容姿が彼のストライクゾーンにはいっちゃったみたいで
「なんだか可愛い」
…とヒロ先輩は言った。
この顔に産んでくれてありがとうと親に感謝。
思えば出会いは、購買部の前だった。
お弁当を忘れた私が、パンを買いに購買部に行ったのだけれど、
その尋常じゃない混み具合に後込みしているところに
声をかけてきてくれたのが、ヒロ先輩だった。
「パン買うの?」
「…買おうかと思ったんですけど…ちょっと入れそうにもないかなぁって」
「あっそ、じゃあ買ってきてやるよ。何欲しい?」
「え、いいんですか?じゃあ、えっと、甘くないパンを適当に…」
「おっけー」
それがきっかけで顔見知りになって、
校舎内ですれ違うと挨拶をするようになった。
友達に聞いてみれば、サッカー部の、二年でしかもレギュラーで活躍中の
蒼井浩樹(あおい ひろき)先輩なんだと言うことを知って驚いた。
なんだってそんな人が私に声をかけてきたんだろうと思った。
本人に聞いたら、
「二年生に進級したばかりで、なにか先輩らしいことをしてみたかった」
…っていう事だったんだけど、先輩らしいことがパンを買うこと?
ちょっとずれているかも知れない
そんなずれ具合や、サッカー部レギュラーでA組ということを
鼻にかける様子のないヒロ先輩の人柄も私は好感が持てていた。
そんなある日、彼が私に告白してきたのだった。
私も、彼の容姿も人柄も好感を持っていたし、
高校生になったからには彼氏のひとりぐらいは欲しいと思っていたので
二つ返事で交際をOKした。
そうして私達は付き合い始めたのだった。

「ヒロせーんぱい」
「うん?」
先輩がくるっと振り返って私を見る。
大きめの瞳が本当に愛らしくって、私の頬が緩んだ。
「はいっ」
私は手を伸ばした。
ヒロ先輩はぱちぱちと瞬きをして、それからにこっと笑った。
「いいの?」
「うん」
彼の手が私の手に触れる。
思ったよりも少しひんやりとしていて、
それでもヒロ先輩の手の感触は心地が良かった。
「ふふっ」
先輩は目を細めて嬉しそうに笑う。
手を繋いでいるとお互いの体温で温められて、
少しひんやりしていると感じたヒロ先輩の手が温もっていった。
「ヒロ先輩の手、意外と冷たいんですね」
「え?そうかな?」
「うん。そう」
「真雪ちゃんの手は温かいね。柔らかくてさ…」
きゅっと小さく力を込める。
ヒロ先輩の大きな手の中に包まれている私は、
思うより以上の心地よさを体感して気分が良かった。

ふたりの足から伸びた影の一部が繋がりあう。

私はヒロ先輩の存在を感じるように、もう一度きゅっと力を込めた。


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