隷属の寵愛 36
――群青のフロックコートを着た美しい騎士。
見目麗しかった彼は、キースだとリディアは思っていた。
遠い昔に彼に恋した彼女は、生まれ変わったこの世界でも、必然的に再び彼に恋をする。
だけど、それは悲恋の幕開けだった。
彼をどんなに思っても、奪われる未来が約束されている恋なのに。
騎士には永遠を誓った女王がいるのだから。
彼女が息を詰まらせていると、キースは柔らかく微笑んだ。
「……リディア、おまえがいるのに銀貨など、必要ないだろう」
「どういうことですか?」
キースが告げてきた言葉の意味が判らなかった。
自分と銀貨が、いったいどう関係があると言っているのだろう?
彼は戸惑っている彼女を尻目に、恭しく手の甲に口付けてきた。
「おまえは私の女王陛下だ」
「……え?」
驚きのあまり、彼を凝視してしまう。
キースは勘違いをしている。
何故勘違いをしてしまっているのかは判らなかったが、彼が永遠を誓った女王は自分ではない。
リディアは、彼らを"見つめていた側"の人物で、当事者ではない。けれど、そんな勘違いをしているのであれば、何故キースが出会ったばかりのリディアに結婚を申し込み、愛していると告げてくるのか納得できた。
どうしてなのかとずっと疑問に思っていたことが判明したものの、すっきりするどころか心に針を刺されたような痛みに苦しくなる。
「キース様、私は、ちが……」
言いかけた言葉を飲み込む。
それが勘違いにしても、ふたりはすでに神が認めた夫婦だった。
もしも彼がこのまま勘違いをしていてくれるのなら、自分はずっと愛されるのかと、そんな狡いことを考えてしまっていた。
彼には自分の傍にいて欲しかった。
けれども、その願いが叶っても、結局は誰かの身代わりだということが辛くて涙が溢れる。
キースはそんな彼女の涙を指先で拭った。
「……突然気持ち悪いことを言うと思っているか? おまえが何も持たずに生まれ変わってきたことくらい私も知っている」
何も持たずに。というのは、前世の記憶をさしているのだろうか。
覚えていると言って女王の振りをすることも出来なければ、違うと否定することもリディアには出来なかった。
「私は、ただ、あなたが愛しいだけです……キース様」
「私がこの世で愛されたいのは、リディア、おまえだけだよ」
彼の愛の言葉に、身体が震えた。
本当にそうであるならばどんなにいいか。
自分が求めたいのも求められたいのもキースだけだった。
それこそ、彼が何も持たずに生まれ変わってきてくれていればよかった。
そのうえで自分を好きだと言ってくれたのなら、と叶わぬ願いに胸を痛める。
「どんなふうに世界が変わっても、私は永遠におまえを探し求め、愛するよ」
「……キース様」
甘い言葉が鋭い棘のようにリディアの心を傷つけていく。
だったらこの世でも、彼は本物の女王を探すのかと思えた。
律動を再開させた彼の身体に自由自在に揺さぶられ、そして互いを貪るように欲しあう。
おとずれた快感の頂点に嬌声をあげると、体内に熱い飛沫を吐き出され、終わりを迎えた。
あなたは、いつまで私を抱いてくれるの……。
離れたくないと言葉では言えず、リディアはキースの逞しい身体を強く抱きしめていた――。
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