「謝らないで、俺のほうが悪い」 彼の背に腕を回し、強く抱き締めることで桃花はより多くの温もりを感じようとした。 宮間を好きだと思う気持ちに拍車がかかり、胸の中が切なさでいっぱいになり嗚咽が漏れる。愛しいと思えば思うほど、どうして泣きたくなってしまうのだろうか。 「……桃花」 「ごめ…ん…なさい」 「ううん」 自分の身体に回される腕も、頭上から降り注ぐように落とされる声も優しいものであるのに涙が止められない。 「ごめんね、桃花」 宮間は再びそう言って、桃花の額に口付けた。 じゃあねと別れの言葉を告げて離れることが辛いと桃花は思った。 明日また逢えると判っていても離れたくないと思い、自分を抱き締める腕を解かれたくないと考えてしまう。いつまでもこうして抱き合えるわけでもないのに一分でも一秒でも長く抱き締められていたいと願ってしまう。 「離れたくないです」 それがただの我が儘だと判っていても、祈るような気持ちを言葉に変えて桃花は彼に告げると頭上で宮間が笑った。 「せっかく今夜は、君を早く帰らせようと考えていたのに」 「……ごめんなさい」 「いや、俺だって桃花と離れたくないって思っているよ」 彼女の頭を撫でながら「どうしようかな」と宮間は独り言のように呟いてから聞いた。 「……俺の家に来る? って、誘ってもいいのかな」 「行きたいです」 「泊まりで?」 「宮間さんが嫌でなければ」 「嫌だなんて思わないよ、じゃあ、桃花がうちで過ごしやすいように色々買って帰ろうか。疲れてない? 買い物をして帰る余裕はありそう?」 「大丈夫です」 「……うん」 彼はぎゅっと桃花を抱き締めた。 「まだ一緒にいられるのかと考えたら、凄く嬉しい」 「それは私もです」 「君は本当に可愛いね」 そう言って宮間は微笑み、彼女の頭に一度キスをしてから名残惜しそうに桃花の身体から腕を解いた。 「……手を」 「え?」 「繋いだら、駄目ですか?」 宮間をじっと見つめながら言う彼女に、彼は一瞬戸惑うような表情を浮かべたが、すぐに笑った。 「いいや」 伸ばされてきた右手を桃花は握りしめる。 指を絡めて繋ぎ合わせると、よりいっそう彼を近くに感じられて安堵するような気持ちが生まれる。 安堵する思いと繋がっているような錯覚。 それを強く感じた瞬間の出来事を桃花はふっと思い出していた。 居酒屋で、彼に手を握られたあのとき――――。 握り合った手はどちらだった? 記憶を探り答えに辿り着く。 (左手……) 握ったのは、自分の手も彼の手も左手だった。そしてもうひとつ思い出した出来事があって桃花は鍵となる単語を記憶の中でかき集め、それらをジグソーパズルのようにして組み立てても何も判らなかった。おそらくは、自分がどんなに考えても答えは出てこない。“正解”を知っているのは宮間と、そして安藤だけなのだろうと彼女は思った。 左手を握り合うことが駄目だと情報をリークするのであれば、それが駄目なのかという完全な理由を安藤は何故言わなかったのか。 宮間だけに不利な情報であるのなら、全てを話してもよかった筈。言えない理由があったから彼は不完全な情報を自分に言ってきたのかもしれないと桃花は推測した。 言えない理由。 それは安藤もまた、宮間と同じであるということ。 宮間の親戚である彼なら、同じ条件を持っていると考えてもおかしくはない。 ふたりに共通しているであろう事柄だと考えることは出来ても、やはり桃花にはそれが何であるかまでは判らなかった。 宮間が触れられたくないと思っているのであれば、聞かずにいたほうがいいのだろうか。 知られたくないと思うことが彼にあるなら、見ないようにするのがいいのだろうか。 そうしておけば、宮間と少しでも長く一緒にいられるのだろうか? 『今がどうでも、最後は泣かされることになると思うから』 最後に泣くことは判りきっている。終わりが無いだなんて思ってはいない。 だけど今繋ぎ合っている手が温かいから、最後の瞬間を先延ばしにしたいと桃花は考えていた。 聞かないことが正しいのか、聞くことが正しいのか判断出来ないままに――――。
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