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秘め恋 〜その手が奪うもの〜   28

 

「今日は無理に誘ってしまって悪かったね」
 中華料理店から出て、歩きながら宮間は言った。
「いいえ、無理にってことはないです。食事も美味しかったですし、楽しかったです」
 桃花の言葉に彼はにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。俺も楽しかったよ」

 駅までの帰り道。
 彼は来たときのように手を繋ごうと言ってこなかった。
 手を握られるのがどう駄目なのか結局のところ判らずじまいであるのに、余計なことを中途半端に宮間に聞いてしまったが故に越えられない壁が出来てしまったように思える。おそらくは彼が触れられたくないと思っていた部分で、自分は不用意にそれに触れてしまった。
 駅のホームで他愛もない話をしているときも桃花はうっすらとその壁を感じてしまう。
 土曜日はデートをしようと約束していたのに、それに関して彼が何も言ってこないのはそのせいなのだろうか。

 ――――明日は、土曜日だというのに。

 気になるのであれば自分から明日はどうしますかと、ただそれだけを聞けばいいのに、それも出来ない。彼が忘れてしまっているのか、故意に言わないのかが判らなかったから。
 結局また同じ場所をぐるぐると行ったり来たりしている。好きでいてもいいと宮間に言われたばかりなのに不安が心にべったりとはりついている。不安のはりついている場所から少し離れられたと感じても、またすぐにそこに戻ってしまう。
 この感覚はずっと続いていくものなのだろうか? 宮間の行動に一喜一憂し不安になり、好きだと思っていてもそれ故に彼の言動を怖いと思ってしまうから“畏怖の念を抱くようになる”と宮間は言ったのだろうかと桃花は考えた。
 笑顔を作っていても、電車が到着する案内のアナウンスが入ると彼女の瞳に涙が滲んだ。
「桃花?」
 彼女の涙に気が付いた宮間が身体を屈めて彼女を覗きこむ。
「どうした?」
 桃花が首を振ると彼は苦笑いをした。
「泣いているよね?」
「な、なんでもないです」
「……なんでもないってことないだろう?」
 彼の視線から逃れるようにして桃花が顔を背けると、宮間は眉根を寄せる。
「桃」
 彼女に手を伸ばしかけたがやめて、小さく息を吐いてから彼は言葉を続けた。
「何か、哀しくさせた? 辛くさせた?」
 桃花が首を振ると宮間は瞳を細める。
 ホームには電車が到着し、ドアが開いたがふたりともその場を動かなかった。彼は顔を上げて再び息を吐く。
「……俺には心当たりが多すぎて、君の思うことを当ててあげられないから、桃花がちゃんと自分の口で言葉で俺に伝えて……そうでないと、俺は君に卑怯なことを何度もするはめになってしまう」
 彼の言葉に桃花が顔を上げると宮間は哀しげな表情をした。
「何か思うところがあるんだったら言って欲しい。お願いだから、黙らないで……君が聞いた質問に曖昧にしか答えなかったから気に入らない? 失望してる? もう、俺のことを嫌だと思ってしまった?」
「い、嫌だなんて思ってません、ただ」
「……ただ?」
 桃花の言葉に彼が揺らいだような表情をするのを見て、彼女は涙を拭って小さく笑った。
「……明日は、どうするのかなって……思います」
「明日?」
「土曜日なので……デート……してくれるんですよね?」
 恐る恐る彼女が聞くと、宮間は「あぁ」と言葉を漏らした。
「そう……だな、明日は土曜日だったね。ごめん、違うことに気をとられていてうっかりしていた」
「ああ、そうだったんですね……良かったです」
「え?」
「私とデートをしたくないから……忘れたふりをしているのかなとも考えられたので、だから……」
 拭った筈の涙がまたじわりと溢れてくる。彼女の涙を見た彼は彷徨わせていた手を桃花の肩に回し抱き寄せる。
「ごめん、桃花」
「……すみません、いちいち泣いたりして……」
 だけど、宮間の温かい体温を感じてしまうと溢れる涙を止められなくなってしまった。

  
  

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