由眞は双子の女の子を出産し、舞子を喜ばせた。 「可愛い洋服、いっぱい着せちゃうんだから」 舞子は由眞と柊吾よりも育児に張り切ってくれて、由眞が乳児たちの子育てに困ることはなかった。里帰りする家がない分、舞子が松島の家に泊まり込んで世話を焼いてくれた。 美樹も来てくれたり、皆子や継彦や祖母も子育てを手伝ってくれた。 佐野や小出も出産祝いに駆けつけてくれた。 由眞の実家とは相変わらず疎遠だったけれど、これはこれでいい、と由眞は思っていた。実家の母がいなくても、他の沢山の人が娘たちを愛してくれる。 そのことが由眞を幸せな気分にさせた。 由眞の実家への送金に関する財布の紐は、だいぶ固くしていると、柊吾が笑っていた。 「いい加減、自立してもらわないとね」 今度は、皆子親子の援助を柊吾はすることにした。 由眞が働けなくなってしまった分、皆子にはレストランで集中的に働いてもらうことをお願いし、快諾してもらった。 そんな由眞の出産から一ヶ月後、柊吾のラストフライトのイベントが行われた。 二人の子供を新生児用のベビーカーに乗せて、由眞も舞子と共に、イベントに参加した。 「あぁ、こうやって柊吾のブルーインパルスのフライトを見るのも、これが最後なのねぇ」 舞子は寂しそうに呟いた。由眞も今となっては彼女と同じ思いだった。 「由希《ゆき》ちゃん、眞希《まき》ちゃん、パパのフライト、よーく見ておくんでちゅよー」 舞子が双子の姉妹に声をかけた。 戦闘機の爆音に泣き出すかと舞子は思っていたが、二人の孫は平気な様子だった。 「この子たち、将来大物になるかもねぇ」 「お母様ったら」 由眞が笑うと、舞子も微笑んだ。 真っ青な空にブルーインパルスが飛んでいる。大好きな人と大好きな機体。 由眞は眩しさに目を細める。 飛行が終わると、隊員全員から水をかけられていた。 この水かけも毎回、ラストフライトの隊員にやるものらしかった。 水に濡れたTシャツ姿の柊吾も色気があって、由眞の胸をドキドキさせた。 「由眞、おいで」 柊吾はみんなで写真撮影するまえに、ふたりだけの写真を撮らせた。 (……これは、三人目が生まれるのも早いかもね) 舞子は、ふふっと笑い、愛らしい二人の孫娘を見つめた。 そんな二人のスタイには、シロツメクサの花が刺繍されていた。 ラストフライト後、柊吾は航空幕僚監部広報室広報班に配属された。 柊吾は、広報室への配属希望を出していた。 航空幕僚監部広報室の場所が防衛省の中にあり、場所が東京だった。 松島から離れるのは、由眞は寂しそうだったが、舞子の近くにいけると笑っていた。 「磯崎師匠、お久しぶりです」 柊吾がブルーインパルスの訓練生時代に、五番機のパイロットだった磯崎も広報班に配属されていた。 「久しぶりだな、結婚して子供もいるんだって? おまえは一生結婚しないかと思っていたよ」 「結婚は、するつもりでしたよ」 「ふーん。好きな子がいたのか」 「ええ、ずっと、長い間」 「へぇ、おまえがねぇ。昼、どうする?」 「妻がお弁当を作ってくれたんです」 「俺のとこもだよ、取り敢えず食堂で食うか」 今日、初めて由眞がお弁当を作って柊吾に渡した。 日々、子育てで忙しいだろうに……と、思いながらも昼休みを心待ちにしていた。 包みを開くと、曲げわっぱの弁当箱が入っている。 「曲げわっぱの弁当箱とは渋い奥さんだな」 「そうですね」 蓋をあけると、飛行機の形にくり抜かれ5の海苔が乗ったおにぎりや、タコさんウインナー、ハートにくり抜かれたスライスチーズが乗っているハンバーグ。 いわゆる、キャラ弁というものが柊吾の目の前にあった。 「……手が込んでるなぁ」 くくっと磯崎が笑う。柊吾も少し顔を赤らめた。 『第四航空団所属、第十一飛行隊一等空尉、赤坂柊吾《あかさかしゅうご》です。基地内では穂村さんによくお世話になっています』 病院で再会し、柊吾が名乗った時、露骨に由眞が嫌な顔をしたのを思い出すと、今では可笑しく思えた。 忍者のようにそっと病室から消えていったのだって、気付いていた。 あれから色んなことがあって、ここまで辿り着いたんだな、と柊吾はキャラ弁を見つめながら、この世で一番愛しい人の顔を思い浮かべていた。 壊れたブルーインパルスのキーホルダーも、金具を取り替えて、今はリビングに由眞のキーホルダーと一緒に飾ってある。 (長かったな……でも) 長い長い片思いが成就して、柊吾は今とても幸せだった――――。
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