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恋にならない 2-13

 俺と恋がしたかった。
  彼女はそう言った。
  こんな感情のない人形のような人間と、恋がしたかったと────。

「……みなみさん?」
「望めないと、判っていても」
「……すみません」
「だから、今は、もう……苦しいだけで、でも、それでも」
 俺を抱きしめる腕の力を彼女は強めてきた。
  ただそれだけでも、愛されているという実感がじわじわとこみ上げてきてい
た。
 俺も、あなたを……。
  それが彼女に伝わるかどうかは判らなかったけれども、俺も彼女の細い身体
を強く抱きしめた。
「すみません、俺が変な提案をしてしまったから苦しめてしまったんですよね」 
 ────ペットにして欲しいだなんて。
  俺がまともな男ではなかったから、みなみさんを傷つけ苦しめた。それなの
に苦しいだの辛いだのと俺は勝手に思っていた。
  だけど辛くても苦しくても、みなみさんの傍を離れたいとは思えず、執着は
深まった。
  この感情を、恋と言うの?
  みなみさんの頭を撫でてから、耳元で囁く。
「みなみさん、俺の恋人になって下さい」
「え?」
 彼女は驚いたように涙で濡れた瞳を俺に向けてくる。
「あなたとなら、恋を始められると思うんです。俺は出来損ないの人間ですけ
ど、あなたに対しては人間らしい人間でいたい」
「……絢樹」
「到底あなたとは対等なレベルにはなれない人間です。それでも俺はあなたか
ら離れたくないですし離せないんですよ」
  苦々しく俺が笑うと、みなみさんの指が頬に触れた。
  優しい温度。その仕草。
  俺自身が人形のようだという自覚は昔からあって、どの人も人間としては扱
ってくれることはなかったけれど、みなみさんだけは違っていた。
「みなみさん、もうどんな我が儘も言わないです、だからあなたが俺に恋を教
えて」
 俯くみなみさんの額にキスをして、それから額を彼女の額へ押しつけた。  
「あなたじゃないと、嫌だ」
 彼女の瞳から涙が落ちていった。
  泣かせてばかりでごめんなさい。
  初めから、ちゃんと言えばあなたを苦しめることはなかったのに、どんな場
面でも俺は間違えてみなみさんを辛くさせた。
  
 彼女の瞳から落ちていく涙を、指でそっと掬う。
  
  もしかしたら、俺の知らないところでもみなみさんは泣いていたのかもしれ
ない。そう思うと浅はかな自分の行動を悔やんでも悔やみきれない。
  
「あなたから見れば、いい加減な男に見えても仕方がありません、でもみなみ
さんに対していい加減な気持ちで接したことは一度もないんですよ。それは最
初からそうです」
「いい加減だと、思ったことはないよ」
 そう言ってくれるのは彼女の優しさだと俺は思った。
「……あなたを、失いたくないんです」
「う、ん」
「あなたが好きです、好きで好きで堪らなくて……」
「んっ……ぁ」
 彼女を抱きしめ、律動を再開する。
  湧き上がる快楽の波に飲み込まれそうになる。
  いつも俺が逃げ込むようにして求めた快楽。
  だけど溺れたのはみなみさんが初めてだった。
「セックス……するのも、もう……あなたが相手でなければ、嫌です。どれだ
け自分が欲に溺れても、止められないと感じても、それがあなたでないと嫌だ」
「う、うん……絢樹……ン」
「好きって言って……俺を好きだと、言って下さい」
「絢樹、好きだよ……ずっと、好きだった」
「……っ、ん……みなみさん……」

 みなみさんは何度も何度も俺を好きだと言って泣いた。
  彼女の瞳から溢れる涙を、拭う役目はいつでも俺でありたいと思えた。
  
  ────それ以前に。
  
  もう彼女を泣かせたくなかった。
  大好きなのはみなみさんの笑顔で、俺はずっとそれを自分だけに向けて欲し
いと願っていたのだから。
  
  強く抱きしめ、彼女の身体を貪った。
  
  どうか、ずっと俺を好きでいて。
  
  眠っているかもしれない狂気を目覚めさせないで。
  
  俺はみなみさんが達しても、何度も彼女を求め執拗に行為を繰り返した。
  
 


「……乱暴にして、すみませんでした」
「うん、大丈夫」
 体力を消耗しきったであろうみなみさんは、弱々しく微笑んだ。
  だけど哀しげな色はそこにはなくて、俺はほっとし微笑む。
「……みなみさん」
 愛おしい彼女の身体を抱きしめる。
「正直言って怖いです」
「何が?」
「ただ一人の人を、望むというこの感情が」
「……裏切られるかもしれないから? それとも、捨てられると……思うから?」
「両方です」
「大丈夫だよ、私は……あなただけだから」
 みなみさんの指先が俺の背中を撫でた。
「……絢樹が私を好きでいてくれるのなら、私の気持ちは変わらない」
「好きです」
「うん……凄く、嬉しい」
「何が?」
 身体を少しだけひいてみなみさんを見ると、彼女は小さく笑った。
「あなたが、私を好きだと言ってくれることが、嬉しいの」

 俺が向ける感情を、嬉しいと思ってくれる。
  
  嬉しいと。
  
  不思議な感覚がじわりと胸にこみ上げる。
  
  求められているのだと、感じることが出来て涙が瞳に滲んだ。
  
 こんな俺でも求め、愛してくれるの?
  
  ────嬉しいと思うなら、それは俺のほうだ。
  
  涙が溢れて止まらなくなる。こんなふうに泣くのは初めてだった。
  
「絢樹?」
「……俺、ずっとあなたを好きで居続けます」
「うん」
「だから俺を、嫌わないで」
「嫌いになれるなら、とっくになってる」
 みなみさんは笑いながら、涙が落ちる俺の頬を撫でた。
「大好きよ……絢樹。だから、ずっと傍にいて」
「はい」

 みなみさんは頭を少しだけ動かして耳を澄ませる顔をしてから笑った。
  
「雨音が聞こえる」
「ち、違います、俺は――――」
 慌てて言う俺に、彼女が笑った。
「これからは、雨の日でなくても、あなたを求めていいんだよね?」
「勿論です、寧ろ毎日だって」

 あなたを縛り付けたい。
  俺の全部を使ってそれが可能であるのなら、いつまでも。
  
  
  俺を寂しくさせた雨音が、今日は優しい音に聞こえていた……。
  
  
  
  
  −FIN−






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