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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.1 ●

  
紅蓮の炎が燃え上がる。
飲み込まれそうなあの炎を、一生忘れられない。


******


「成人式、どうだった?」
成人式の会場となった会館の外で待っていてくれた瀬能さんがそん
な風に言って来た。
「式典自体は、よく判らないですけど…でも」
私は紫の振袖の袖を少し振って見せた。
「女の子が、皆振袖着てる中…私も着られた事が、とても嬉しいで
す」
私が言うと、彼は微笑んでくれた。
「瀬能さんのお陰です、ありがとうございます」
「沙英が喜んでくれたのなら、俺も嬉しいよ」
小さく額にキス。
「沙英が一番可愛い」
「あ、いえ…そんな事は、ちょっと、凄く言いすぎです」
「本当だから仕方ない」
彼は笑った。
「こんなに可愛い子を独占出来る俺は幸せだな」
「い、いえ…それは、本当に言いすぎです」
「君は俺がどれだけ沙英に想い焦がれていたかを知らないから、そ
んな風に言えるんだよ」
魅惑的と思える笑顔を私に向けた。
胸がきゅっとした。

「瀬能さんは、どうして、私を好きになってくれたんですか?」

恐る恐る、最大の謎を聞いてみる。
瀬能さんはいつもの様に首を傾げて見せた。

「それって、答えて欲しい質問なの?本当に?」
”どうして”には答えないよ、という風に彼は言わなかった。
「気には、なります」
「ふぅん、じゃあ沙英はなんで俺を好きになったの?」
ちょっと笑って彼は言う。
「それは…」
口元に手を置いて、少し考える。
何でって言うか…、気が付いたらもう瀬能さんの事しか見えなくな
っていた。
彼の事しか考えられなくなっていた。
「何で、でしょう…色々、あると思うんですけど、でも」
瀬能さんを見上げると彼は笑った。

そう、この笑顔に私の心は持っていかれたんだ。

「瀬能さんの笑顔、です」
「ふーん、笑顔ねぇ?」
「いつも目が合うと笑ってくれるから、だから…だと思います」
「それって、まるで俺じゃなくても笑ってる奴なら誰でも良いみた
いだね」
「…またそういう意地悪…、瀬能さんじゃなきゃ駄目なの判ってる
くせに」
「知らない。俺じゃなきゃ駄目って沙英が言わないのに判るわけな
いでしょう?」
彼は面白そうに笑った。
この人絶対、私に言わせて喜んでいる。
ふっと彼は真面目な顔になった。
「笑顔は…俺が笑うと沙英もつられる様に笑うから、だから笑って
た」
「え?」
「初めはね。だけど今はもうなんだか癖になった」
瀬能さんはそう言って微笑んだ。
「私が、笑うから?」
「そう、沙英の笑顔が見たいからだよ、君が笑うから俺も」
「…瀬能さんはよく笑う人なんだなぁって、ただそんな風に思って
いました」
「まぁ…最初の頃は意識して笑顔を作っていたからね」
「そうだったんですか?」
「そうだよ」
彼は小さく笑った。
「俺は君を中心にして生きてる様なものだから」
照れくさい様な、恥ずかしい様な、くすぐったい様な感情が湧き上
がる。
でも、凄く凄く嬉しくて。
本当にそうじゃなくても、言葉だけでも、私は嬉しかった。
彼の世界の中心に居る。
その事がとても嬉しい。


その後写真館で写真撮影してから帰宅した。


******


家に帰ると、テーブルの上にはご馳走が並べられていて私は少し驚
いた。
「着替えたらシャンパンでも開けてお祝いしようね」
「松川さんにお願いしてあったんですか?」
「沙英の成人のお祝いだからね」
彼は笑いながら私の帯を解き始める。
「苺が沢山乗ったケーキもあるよ」
「…あ、嬉しい…です、お祝いとか一人でするんだろうなって思っ
ていたから」
「沙英が成人式の後に実家に帰るって言い出さなくて良かったよ」
「うちは姉の事で忙しいですから」
「そのお陰で俺は沙英を独占できる」
帯を床に落としてから、瀬能さんは私を抱き締めた。
「でも、寂しいか?」
ぽつっと耳元で彼が言うので私は首を振った。
「慣れてる事ですし…なにより瀬能さんが居てくれるから、
寂しいなんて気持ちは全然無いです」
「…沙英」
彼が強めに抱き締めてくる。
「瀬能…さん?」
「俺はずっと、君の傍に居る」
「…はい」
私もぎゅっと彼を抱き締めた。
瀬能さんの逞しい身体に包まれて、私は幸せだった。
「こんな風に、幸せだって思えるの初めてです」
「…そうか」
「いっぱい、嬉しい」

あなたに出逢えた事。
そんな偶然、そんな奇跡が、今の私に繋がっている。

瀬能さんと出逢えていなければ、私はどうなっていたんだろう?

”出逢ってない私”なんて考えたくない。

「パラレルワールドがあったら、違う世界の方の私にはなりたくな
いなぁって思います」
「そういう話、好きだよね妄想的な」
彼はくすっと笑った。
「妄想とか、好きですけど、ちょっと小バカにした様に笑わないで
下さい」
「バカにはしていないけど」
ふふっとまた彼は笑った。
「瀬能さんって現実的、ですよね…カミサマとか信じないし」
「だって、居ないから」
彼は断言する様に言って笑う。
「なんでそんな風に思うんですか?」
「逆になんで信じられるのって思うけどな」
「それは…なんとなく、ですけど」
「あ、信じるのが悪いって言ってるんじゃないよ?俺はちょっとねぇ
って思うだけ」
瀬能さんは身体を離して、自分の左肩を少し撫でる様な仕種をした。
ちょっとだけ苦い表情を浮かべている様に見えた。
「肩、どうかしましたか?」
私がそう言うと彼は不思議そうな顔をする。
「え?何が」
「左肩を擦っているから、痛いのかなって」
「いや、何も」
「そうですか?それなら良いんですけど」
彼は微笑んだ。
「さて、着替えておいで。乾杯しよう」
「あ、はい」

僅かな引っ掛かりを感じながらも、私は言われたとおりに3階に向
かい着物を脱いだ。

…気のせい、かな?


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