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● 熱情の薔薇を抱いて --- ACT.2 ●

  
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「あぁ…ごめん、沙英ってシャンパン飲めた?」
着替え終わって階段を下りていると開口一番に彼がそう言った。
「え?あ、少しなら」
彼はワインクーラーに移したシャンパンのボトルを眺めている。
「温かいシャンパンってどうなんだろうね」
私が温かい物しか飲まないと言ったのを多分気にしてくれているの
だろうなと思った。
「冷たくても大丈夫ですよ、温かい方が好きってだけなので」
「そう?だったら良かった」
瀬能さんは小さなナイフを取り出して、準備を整えシャンパンを抜
栓した。
グラスに注ぐ琥珀色の液体の中から小さな泡がいくつも生まれては
消える。
「シャンパンを飲むのって姉の結婚式以来です」
「そうなんだ」
「ウエディングドレス姿が綺麗だったの覚えています」
真白なドレスに沢山の刺繍が施されていて、ドレス自体もとても綺
麗だった。
白いベールにティアラ。
ティアラに光が反射してキラキラ綺麗だった。

「…また違う世界にトリップしているよね?」
「あ、す、すみません」
「着たいんだったら着させてあげるよ?」
「何をですか?」
「ウエディングドレス」
「え?」
見詰め合うこと数秒、私はふっと思い出した。
「あぁ、あの写真館ですね?スタッフの方がドレスの撮影もするっ
て仰ってました」
「…種類多いって聞くから沙英の好みに合う物もあるんじゃないか
な」
「ドレスかぁ」
「じゃ、乾杯。沙英の成人にお祝いして」
「あ、ありがとうございます」
グラスを傾けてシャンパンを飲んだ。
「…美味しいです」
「そう?口に合うなら良かった」
「たまには冷たい飲み物も良いですね」
私はグラスを少しだけ傾けて琥珀色の液体から踊る様に小さく弾け
る泡を見詰めた。

「綺麗なもの、可愛いものが好きなのは姉の影響が強いと思うんで
す」
「何?急に」
「シャンパン見たら、凄く姉の事を思い出して」
「ふぅん」
瀬能さんは興味があるのか無いのか良く判らない返事をしてくる。
「私の姉は凄い美人なんですよ」
「そう」
「…興味、なさそうですね」
「そんな事はないよ、沙英が話したい事なら興味を持って聞いてあ
げたいと思うけど」
瀬能さんは私を見て少し笑った。
「話す割りに、楽しそうな顔してないから」
「え?」
「沙英があまり楽しそうな顔をしないから、話を長引かせたらいけ
ないのかなって感じてる」
「そ、そんな事ないですよ」
「ケーキに乗ってる苺は”あまおう”だって松川さんが言ってた」
「あまおう、ですか。私あまおう好きです」
「ケーキ切ろうか?なんだか食べたくなってきた」
「でも…料理をまだ食べてない…」
「順番なんてどうでもいいじゃない?好きな物から食べれば良い」
彼はウィンクをしてみせる。

…本当、この人はどんな表情も魅惑的だから困る。

前に言っていたフェロモン対策の香水の話もあながち嘘ではないん
じゃないかと思えた。

綺麗に咲き誇る花がそこにあったら、眺めるだけでは足りなくなる。
そっと顔を近づけて香りたつ匂いを嗅ぎたくなってしまう。

―――――なんて、私だけかな。

ちょっと変、かな。

変よね。


だって、花は…。

ホールのケーキを切り分けてくれている瀬能さんを見詰めた。

花は瀬能さんだから。
もともと良い香りをさせているから余計に興味がわく。
もっと傍で、彼の肌に唇を寄せながらその香りを感じたい。

「ロクシタンのソリッドパフュームを選んだのは、私が好む香りだ
と知っていたからですか?」
「そうだよ」
彼はにこりと笑った。
「香りも記憶への刷り込みに有効だろう?」
「計算し尽しているんですね」
「計算って言われるとなんだかねぇ」
「あ、いえ、なんて言うか…色々考えているんだなって、そういう
意味です」
「考えようって意識して考える事は少ないけどね」
「そうなんですか、やっぱり瀬能さんの頭の中ってどうなってるの
かなって思います」
「どうも何も」
彼は笑った。
「俺の頭の中はいつだって沙英の事でいっぱいですよ?」
そんな彼の言葉に私は赤くなった。
「わ、私だって…」
「はい、ケーキ食べよう」
私の言葉を遮る様に真っ白いお皿に乗せたケーキを私の前に置いた。
ちら、と彼を見上げる。
「わざと、ですよね」
「何が?」
「私の言葉を言わせない様にしましたよね」
ちょっと拗ねた顔をすると彼は笑う。
「だって、そんな俺の台詞をオウム返ししただけの言葉なんて要ら
ないし」
「…いじわる」
「意地悪じゃないです、そういうのに慣れさせちゃうと、
沙英は自分の言葉で表現しなくなりそうだからそうしてるんだよ」
「そうやって、ハードル高くしたら、私は何も言えなくなります」
「別に高くなんてしてないよ。ただ、沙英の気持ちは沙英の言葉で
言いなさいってだけ」
「意地悪、瀬能さんがそういう人だなんて知らなかったです」
「へぇー」
彼は笑った。
私は首を振る。
「違いますね、思えば初めから瀬能さんは”そういう人”でした」
「ふぅん」
「いじめっこ、なんです。瀬能さんは」
「そうかな」
「そうです」
「こーんなに愛情深い男は他に居ないと思いますけどね」
くくっと彼は笑った。
「…愛情深い、ですか」
「それともまだ足りないって思われてるとか?」
私は慌てて首を振った。
「いえ、ただ…その、愛されるってあまりよく判らないので」
「愛されてる認識がないの?」
「好かれているのは判ります」
「んー、そう」
私は、またちょっと言葉足らずだったと思い慌てて言葉を繋げた。
「瀬能さんがどうこうって言うのではなく、
その辺りの感情がどういったものなのかよく判らないんです」
「ふぅん?」
彼は頬杖をついた。
「ひどく感覚的なのかと思えば、相反して、
何かをひっくり返した様に論理的になる時があるよね、沙英って」
「論理って事はないと思いますけど」
「愛だのって部分ほど、感覚で感じる所なんじゃないの?」
「…感じるもの…なんですか?」
「感じた事が無いの?」
「どうでしょうか…判らないです、ただ…」
私は少しだけ俯いてから顔を上げた。
「他人が”愛されている”というのは感じる事が出来ます」
「どういう事?」
「姉が、愛されているのはよく判るので」
私は微笑んで見せた。
「例えばどんな事がそう感じる要因になったの」
彼の問い掛けに私は少し考えてから口を開いた。
「…着物、とか…」
「着物?」
「成人式の着物です。姉の時は両親が振袖を買ったので、姉は…愛
されているなぁって」
「成る程ね」
瀬能さんは笑った。
「着物を着たくないって言ったり、お姉さんの話をする時に沙英が
あまり良い表情をしないのはそういう事か」
「そういう…とは何でしょうか?」
「寂しいとか、悲しいとか思う事を君は人より強く感じるみたいだ
ね」
「え?」
「うん…でも、沙英には俺が居るし」
そう言って彼は綺麗に微笑んだ。
どきっとするぐらいに。
「感じた事がないと言うなら、これから存分に感じれば良いと思う
よ」
「あ、は…はい」
瀬能さんはグラスを傾けた。

愛情。

その形がはっきりと目に見える物だったら良かったのに。




瀬能さん、どれぐらい私の事、好きですか?







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