キスの後。 彼はゆっくりと身体を起こし、私を見つめた。 「……俺は、こう見えてロマンチストなんだ」 「え? あ、そうなんですね?」 零司さんは、小さく溜息をついた。 「一応、色々考えたりとかしてたんだ」 「何をですか?」 「相応しい、シチュエーションとかだよ」 「……相応しい?」 一体彼は何の話をしているのだろう。 零司さんは私の両腕を掴んだまま、見下ろしてくる。 「だけど、俺はシチュエーションよりもタイミングの方が大事だと思えるんだ よ」 「あ、あの……」 「花澄」 「は、はい?」 「……俺は、おまえと結婚したい」 「え?」 「え? じゃねぇよ。聞こえたのか?」 「は、はい」 「だったら、まず返事だろ」 「はい……あの……わ、私も、したい……です」 「うん」 彼は、ほっとしたような表情を浮かべ、それから私を強く抱き締めた。 抱き締められながら、零司さんに言われた事を心の中で繰り返したら涙が溢れ てきてしまった。 「……なんで泣くの?」 「う、れ……しくて……」 「嬉しい? そう、良かった」 零司さんは少しだけ私から身体を離し、笑った。 「ずっと言いたかった。言いかけては止める事が何度もあった」 「そうなんですか?」 彼は私の涙を指で拭った。 「始まりがあんな始まり方だったから、プロポーズぐらいはそれっぽいシチュ エーションを用意してとか考えてはいたんだけどね」 彼の言葉に思わず笑ってしまった。 それで、“ロマンチストなんだ”に繋がるのだなと思えたから。 「花澄……」 再び、その胸に私を抱き、彼は言う。 「俺はおまえの居ない世界では、もう生きられない」 「……零司さん」 「だから、俺と一緒に生きて。どんな場面でも、おまえが傍に居ないのは堪え られないんだよ」 「はい。それは、私も同じです。零司さんが居ない生活は考えられません」 彼の背に腕を回し、しっかりと抱き締め合った。 彼が居なければ、どんなに楽しい事でも楽しいとは思えず、逆に彼が居れば、 辛い事や困難にも立ち向かえそうな気がした。 「ずっと、ずっと傍に居て下さい」 「ああ」 「私をずっと、愛して下さい」 「愛し続けるよ」 唇が触れ合った。 短いキスを繰り返し、見つめ合っては何度も口付けた。 「おまえが居ない未来を、想像するだけでも今の俺にはダメージになる」 だから、どうかずっとと望む彼。 願うのは寧ろ私の方なのに。 続かないかもしれないと、怯えていたのも私だったから。 「少しでも、零司さんが居ないのは辛いです、苦しいです」 「……今日、辛かった?」 「辛かったです、たった1日にも満たない時間だったのに、会えないと感じて しまう時間が辛くて辛くて堪らなかった」 「そう」 「私は、留守番もままならないような人間です、それでも……零司さんの奥さ んにしてもらえますか?」 「おまえが何も出来ないような人間であっても、俺はおまえと一緒になりたい と思うけど? 花澄が何も出来ないと言うのであれば俺が補い続ければいいだ けの話であって。だけど、そうじゃないっていうのも判ってるし」 零司さんは笑った。 「夕飯、作っておいてくれたんだろ?」 「……はい」 「花澄はもう食べたの?」 「まだです」 「じゃあ、一緒に食べようか」 「はい」 テーブルの向かい側には零司さんがいる。 想像した通りに、彼はそこで微笑んでくれていた。 それは確かにいつもと同じ風景であったけれど、彼が居る事が日常である幸せ は計り知れない。 繰り返しのように訪れる毎日が、同じ日である事は一度だってないけれど、ど んなに違う毎日であったとしても、変わって欲しくないと思うもの。 私が居る場面には彼にも居て欲しい。 それが約束されるなら、怖いものなど何もない。 「おつかれさまでした」 ふたりで乾杯をし晩酌する。 そんな小さな幸せも、これからはずっと繰り返されていくのだろうと考えたら とても大きなものに感じられた。 冷えたビールと葡萄のお酒。 向かい側には零司さんがいる、そんな日常を明日も――――。 replica 〜FIN〜
>>>>>>cm:
rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語 |
執着する愛のひとつのカタチ。 |