ときめき 2

	
もっと傍で見ていたい。
だけどそれは遠くからで良い。

そう思っていた、今もそれは変わらない。

矛盾した思いだったけれど、それは自分の中では「正解」だった。


(池上君…)

教室の窓から外を眺めて見たら、中庭を女の子と歩いている彼が居た。

以前はそんな光景を見ても胸を痛める事などなかったのに、今はど
うしてこんなにも胸が焦げる様な感じがするの?

口から零れたものは溜息だけだった。


******


「今日は、髪を編み込みにしてるんだね」
下駄箱で靴を出そうとしている時、背後から声がしたので振り返る
と、其処には池上君が立っていた。

彼はただ立っているだけでも華になる。

「…今日は、体育の授業があったからまとめたの」
「似合ってて可愛いね」
「え、あ…あり…が、とう」
突然の言葉に上手く対応出来ず、舌が麻痺した様に動かなかった。
そんな褒め言葉だって、彼は言いなれているのだろうに。
「ねぇ?」
「う、うん?何」
「帰るんだろ」
「うん」
「駅前のカフェに寄って帰らないか」
「え、ど…どうして?」
「フラペチーノが飲みたいから」
「あの、そうじゃなくて何で―――――」

かたん。

私の背後にある靴箱に彼が手を付いた。
そして、もう片方の手も同じ様に。
私の身体を両腕で閉じ込めるようにして…。

「これ以上の理由を言えって云うの?それとも”君でなければ駄目
なんだ”とでも僕に言わせたいのか?」
そんな風に言われてしまうと次の言葉が出てこない。
そうでなくても、綺麗に輝く茶色の双眸が至近距離にあって心臓が
破裂しそうに音を立てて苦しいのに。

彼は小さく笑った。

「良いでしょう?奢ってあげるから」
私が頷くと、ようやく彼は身体を起こした。

「あそこのフラペチーノって時々無性に飲みたくなるんだよね」
「……」
「…みのり」
彼に名前で呼ばれて身体がびくりと震えた。
「って、良い名前だよね」
「あ、そう…かな」
「うん、僕は好きだな」
「…ありがとう」
「じゃ、行こうか」

歩き出す彼に慌てて靴を履き替えて追いかけた。



******


カフェに着いて、私はダークモカチップフラペチーノ、彼はモカフ
ラペチーノを注文した。
ちょうどゆったり座れる椅子の席が空いて居てそこに座った。
「クリーム増量しなくても良かった?」
「うん」
「甘いものは好きか」
「うん、好き」
「そう」
彼はストローに口をつけてから言う。
「僕が、君の言葉を覚えていて嬉しいって君は言ったけど…僕は
他人が言った事は大抵覚えていて忘れる事はない。覚えていたの
は”君だから”っていうわけじゃない」
「う、うん判ってるよ、自分がトクベツだなんて思ってない」
彼は少しだけ首を傾けた。
「だったら、泣く程の事でもないんじゃないのか」
「…そう、かも知れないけど…」
でも、あの時は心が震えるほど嬉しかったんだ。

自分でも、あの感情は初めて感じたものだったから説明のしようが
ない。

池上君は笑った。

「君自身の話、色々聞かせてよ。全部覚えてあげるから」

綺麗な双眸が眩く輝いた。






「ね、折角だからプリクラ撮ろう」
カフェを出てすぐ彼はそう言って私を見下ろした。
すらりと伸びたその身体は横に並ぶといっそうその高さを感じる。
私よりも頭ひとつ以上はある。
「でも、私プリクラって苦手…」
「いいだろ、おいで」
彼は私の意見をまったく聞かない様子で私の手を掴み、ゲームセン
ターへと向った。
「い、池上君」
握られた彼の温度が私よりも低く、その事で自分の体温が上がって
いると気付かされる。
熱が出て倒れるんじゃないかと思うくらい心臓も熱かった。

「どの機種が良いかな」
彼は私の手を握ったままで居る。
振り払う事も出来なかったし、そうする理由も思い浮かばなかった。
「ま、適当で良いか」
そう言いながらプリクラブースの中に引っ張り込まれた。
「おもしろ系も良いかもしれないけど最初だし、フツーのでいくか」
彼は手慣れた感じで操作をする。
「慣れているんだね」
「そうかな、フツーだろ」
「彼女とかともいっぱい撮っているの?」
「さ、一枚目撮るよ」
彼は背後から私を抱き締めるようにした。
「…生まれてから今までカノジョなんてもの居た事ないよ」
私の心を震わす声で彼はそんな事を言った。
「え、で、でも」
振り返ろうとした時、私の耳の傍にあった彼の唇がそこ触れてしま
った。
「あ、ご、ごめん、なさい」
「なんで謝るの」
「触っちゃったから」
「……どうして触ったらいけないの」
くすっと彼は私の耳元で笑った。
「だ、って…迷惑でしょう、私が触れるの」
「迷惑、か。なんかソレ前にも聞いた気がするな」
フラッシュが光って思わず身体が跳ねてしまった。
「そうそう、僕が君にお目当てがあるんじゃないのって聞いた時だ
ったな。ねぇ、みのり」
抱き締める腕を彼は強めた。
「君が見ていたのは僕か?だから僕に謝ったのか」

違う。

そう言わなきゃって思ったのに唇は震えたまま動かない。

「そうなんだ?だったらどうして図書室に来るの止めたの?君は必
要が無くなったからだって言ったよね、その言葉を僕は君が失恋を
したからだと思って聞いていたんだけど、どういう事なのか説明し
てくれないか」
私が答えられないでいると彼は小さく笑った。
「…もう、僕には興味が無くなった、そういう事?」
首を振って応える。
「じゃあ何」
抱き締められていた腕が解かれたと思った瞬間身体の向きを変えさ
せられた。
彼と向き合う格好になり、茶の瞳が私を見詰めた。

お願い、私を見ないで。

綺麗な瞳に私を映さないで。

「私を、見ないで。そんなの私には相応しくない」
「相応しくないって、何で?」
「だって、私は特別美しくも綺麗でも無いから」
「そんな風には僕は―――――」
「私、池上君がいつも連れてる子達みたいに綺麗じゃない」
「…みのり」
彼は笑った。
「僕はあいつらの事を一度でも、可愛いとか綺麗だとか思った事は
無いし言った事も無いよ」
流れ落ちる涙を、彼は指で掬った。
「涙に触れたいと思ったのは君が初めてだ」
ふっと彼は笑った。
「君は何時でも、そんな風に愛らしく泣いて男を惑わしているの」
首を振る。
「泣くのは、池上君が私の心を揺らすから、苦しくさせるからだよ」
「そう」
彼の手の甲が私の頬に当たる。
彼の温度が伝わってくればくるほど、心に何かが込み上げてくる。
指先を彼の手に伸ばしかけて躊躇う。
見上げると池上君は微笑んだ。
「良いよ」
「…う、ん」
手のひらに、そっと自分の指先を触れさせた。
池上君の皮膚の温度、その感触。
触れる喜びを知って涙が溢れた。

胸の痛みや苦しさは切ないという感情で、切ない感情を湧き起こし
ている源が愛情なのだと知らされた。

私は彼の事が好きで好きで堪らないのだ。

「みのり」

ただ名前を呼ばれるだけで涙が止まらなくなる。
呼んでいるのが彼だというだけの理由で。

特別な何かなんて其処にはないのに。

「折角プリクラを撮ろうと思ったのに、全然だな」

彼は笑った。




-NEXT-

Copyright 2010 yuu-sakuradate All rights reserved.


>>>>>>cm:



-Powered by HTML DWARF-