ときめき 4

	
愛を知らないと言う彼に、正しく教える術を持たない私。
そんな私が、彼の傍に居られる時間は…あとどれだけ残されている
の?


******


「ご、ごめん…ね」

池上君のクラスは特進クラス3組あるなかでも特に優秀な成績の生
徒だけで構成されるAクラスであるという事を忘れていたわけでは
ない。

だけど実際来てみると空気さえも違う気がした。

「ううん、いいんだけど、どうした?」
「あ、あのね、お弁当を…作ってきたの」
「へぇ、僕に?」
「うん」
チェック柄の包みにくるまれたお弁当を差し出すけれど彼は受け取
る気配が無く、そっと見上げると池上君が笑った。
「だったら昼飯、一緒に食べようよ」
「…そんなの…良いの?」
「構わないよ」
「ありがとう」
私が言うと彼は微笑んだ。
「何処で食べるかな…まぁ昼までには考えておく、今携帯持ってる
?」
「ううん、教室に置いてある」
「じゃ、番号だけ教えて、昼になったら掛けるから」
「うん、じゃあ…何か書くものを」
「覚えるから大丈夫」
彼は屈んで私の顔の高さと同じ位置に自分の顔が来るようにした。
私は彼の耳元で自分の番号を囁くと、同じ様に彼は私の耳元でその
番号を繰り返した。
「で、あってる?」
「う、うん」
「じゃあお昼にね。お弁当はみのりが持っていて」
「判った、じゃあ、後で…ね」
彼に手を振られて特進クラスの教室が並ぶ廊下を急いで後にした。


自分の教室に戻る階段を下りながら、もしも昼休みに彼から電話が
掛かってこなかったら?という考えが頭をよぎる。

それはそれで彼を責められるものではない。

だけどちょっとだけ、辛いな。と思った。


「あー、みのり何処行ってたの?ケータイ鳴ってたよ」
教室に入るなり香穂が声を掛けてきた。
「え?あ、そうなの?」
「もうすぐ授業始まるからマナーに設定しときなね」
「うん、ありがとう」

鞄から携帯を取り出して着信を見るとそれは知らない番号だった。



******



「だってさ、昼まで電話掛かってくるのかなぁなんて考えているの
って精神衛生上良くないだろ?だから掛けたんだけど、すぐ僕から
だって判った?」
昼休みの中庭のベンチを陣取って彼はそう言った。
「まぁ、あの場で僕の番号も君に言っておけば良かったんだろうけ
ど、なんか君、てんぱってたみたいだったからさ」
「特進クラスがある廊下自体も普段通らないから…やっぱり、普通
科とは違うんだなぁって思ったの」
「ふぅん、そうかな」
お弁当の包みを開いて蓋を開けた。
「野菜炒めか」
「好きじゃなかった?それぐらいしかまともに作れるのがなくって
…」
「いや、好きだよ野菜炒め」
彼は笑ってお弁当を食べ始めた。
「美味しいね」
「…ありがとう、池上君はどういうものが好きなの?」
「そうだな…もやし炒めとかかな」
くくっと彼は笑う。
「…本当に好きなものは?」
「好き嫌いないよ、なんでも食べれる。こういう…いかにも手作り
って弁当食べるの初めてだから、なんか感動するな」
「ごめんね、上手じゃなくて」
「いや、上手いとか下手とかそんなんじゃないんだよ」
彼は笑った。
「いつもお弁当は自分で作ってるのか」
「ううん、いつもは親が作ってる」
「そう、じゃあ今日はいつもより早く起きて頑張ったわけだ、偉い
偉い」
ちょっと焦げてしまった人参も、彼は何も言わずに全部食べてくれ
た。

「ごちそうさま、美味かったよ」
「ごめんね」
「え?何がごめん?」
「池上君を喜ばせたくてお弁当を作ったんだけど…なんか結局私が
嬉しいみたいになっちゃった」
「なにソレ」
彼はさらりとした前髪を右手でかきあげて笑った。
「全部食べてくれた事、お昼に一緒にご飯食べられた事、それが嬉
しくて」
「最初の言葉には同調出来ないけど、昼を一緒に過ごせて嬉しいは
僕も思う事だけどね」
「え?あ…」
彼の方を向くと池上君はにっこりと笑ってくれる。
心の中がじんわりと温かくなる感じがした。
「ありがとう、すごく嬉しい」
私も笑った。
「みのりは幸せそうに笑うんだな」
「幸せ、だよ」
お弁当を包みなおしてから彼の方を向くとじっと私を見詰めていた。
「池上君?」
彼は小さく笑った。
「ありがとう、弁当作ってきてくれた事、嬉しかった」
「あ、う、うん。こんな事ぐらいしか出来ないけど」
それだって満足な形ではないけれど。
「十分」
今まで見た事もないような綺麗な笑顔を彼が見せてくれた。

それは私には勿体無いぐらいのご褒美だった。




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