指を絡め合わせて手を繋ぐ事、体温を感じる事、それはこの上ない 幸せ。 彼に向ける想いが、次第に私の全部になっていく。 ****** 「池上君はどうして図書室で勉強するの?」 放課後の図書室。 私は又以前のように此処に来ていた。 以前と違うのは、彼との距離。 池上君の隣に座っている事…。 「ほどよく雑音がしてるから、かな」 「雑音?」 「あぁ。部活動の声とか、生徒の声とかそういうの。寮だと静か過 ぎるんだよね」 「寮とかもうるさそうなイメージあるけどな」 「騒ぐやつ居ないしね」 「そうなの?」 「特進と普通科の部屋は階が別だから他の階の事は…まぁ、多少は 話し声とかしてるかもしれないけど」 「…特進の階の人は皆勉強してるの?」 「さぁね」 彼は笑った。 「みのりの字って丸っこくて可愛いな」 「…これでも綺麗に書いてるつもりなんだけど」 「汚いとは言ってない」 「池上君は、書く字も綺麗なんだね」 彼のノートを覗き込んで言うと池上君は微笑んだ。 「字”も”ってどういう事?」 「え?あ…」 思わず赤くなると、彼は手の甲で頬を撫でてくる。 「みのりは僕の顔、好きなの」 「うん…」 「そう」 「池上君はカサブランカみたいに綺麗だから」 「僕は花なのか」 くくっと彼は笑った。 「だったら早く摘み取って、自分のものにしてしまえば良いのに」 「自分のもの…の意味が判らないけど、でも摘み取ってしまったら 花は枯れちゃうよ」 「別に、いつかは枯れるものだろ」 「それでも、そのいつかは遅い方が良いと思うから」 「ふぅん、でもまぁ僕は花じゃないけどね」 「う、うん」 「……ところで、ソレ…もしかしてカサブランカ?」 私が無意識にノートに書いていたものを指して彼が言った。 「え、あっ…」 慌てて消しゴムで消すと楽しそうに彼は笑った。 「君は絵心が無いんだな」 「美系じゃないから」 「じゃあ何系なの?」 「それは…」 ふふっと彼は笑う。 「君は僕を自分のものにしたいとは思っていないの?」 「私のもの?」 「うん、そういう事言わないからさ」 「私のものにするっていう意味が判らないよ」 「じゃあ、僕が誰かのものになっても良いの?」 誰かのもの? 池上君が一緒に歩いていた女の子を思い出して胸が苦しくなった。 「私のものって言って、池上君が私のものになるんだったら…」 いくらだって言う。 「言えば?」 彼は笑った。 本気なのか冗談なのかからかっているのかどれとも判断し難くて、 私は唇を噛んだ。 「ソレ、どういう顔?面白いんだけど」 笑いながら彼が言う。 「……マスターの、桃のソイスムージーが飲みたいです」 「え?本気で言ってるの」 「他じゃ飲めないもん」 「本気だったら、また連れて行ってあげるけど」 シャープペンでノートをトントンっと叩いてから彼は言う。 「でもお目当てがマスターだとか言ったら許さないよ?」 「マスターが、私を相手にするわけないでしょ」 「するとかしないとかおっさんの感情はどうでも良いんだよ、君が どう思っているのかを僕は訊いているの」 「何も、感情はないよ」 「…そう」 池上君はふっと息を吐いた。 「君は、僕の傍に居るのに全然…言わないから」 「何を?」 彼はまた息を吐き、ノートを閉じた。 「今日はお仕舞い、帰るよ」 「え?」 見上げると池上君は困ったような表情をした。 「…あ、ごめんなさい、用事ある…のかな、すぐ片付けするね」 「用事なんてないよ」 「そうなの?じゃあなんで…」 言いかけて私は口をつぐんだ。 「ご、ごめんね…すぐ片付ける」 慌ててノートや教科書を雑に鞄に詰め込んだ。 「じゃあね」 鞄を持って立ち上がろうとした時、腕を掴まれた。 涙が出る寸前だったのに立ち去るのを制されて我慢しきれず涙が零 れ落ちた。 「なんで泣くの」 「泣いて…ない、これは、違う」 「明らか泣いているんだけど」 「泣いてない」 「いや、泣いてるから」 私は彼に腕を掴まれたまま机に突っ伏した。 「机に縋るなよ、ほら、こっち」 腕を引っ張られ、彼の胸に顔がぶつかった。 「なんで泣いた?」 私を抱きすくめて彼が言う。 シャツ越しに彼の心臓の鼓動が聞こえる感じがした。 「もう、一緒に居たくないのかと、思ったから」 「そんなの僕は言ってないよ」 「だ、だって…」 「僕だって、意地悪したくなる時もあるさ」 そっと彼を見上げると、彼はまた困ったような顔をする。 そしてふっと息を吐いた。 「…なんか、もう…」 私を抱く腕の力を緩めて池上君は言った。 「ね?みのり。僕にキスして」 「…え」 「キスして」 そう言って、彼はゆっくりと瞳を閉じる。 瞳を縁取る長い睫毛が僅かに揺れていた。 私は僅かに身体を起こし、彼の頬に自分の唇を僅かにつけた。 「違うだろ」 その言葉で、何処にというのを理解する。 理解出来ても実行する勇気が私にはなく、唇に程近い場所に口をつ けた。 「焦らしているの?それともキスの仕方も知らないのか」 彼は不意に身体を起こし、私をテーブルの上に倒した。 「だったら僕が教えてあげる」 顔の前に影が落ち―――――。 柔らかな感触が、唇に触れた。 身体が痺れる。 指の先、爪の先までが、電気を流されたみたいに痺れた。 唇の輪郭を彼の舌がゆっくりと這っていく。 「口開けて、舌を出して…それぐらい、出来るだろ」 言われるがままに舌を出すと、彼はそれにも舌を這わせた。 心臓の音がどんどん大きくなっていく。 その動きも。 壊れてしまうんじゃないかと思う程に。 私の舌が彼の口腔内に吸い込まれたり彼の舌を絡められたりした。 散々弄ばれてから舌が解放される。 それから、また唇に彼の温もりが落とされる。 「こういうのが、キスって言うんだよ」 彼が小さく耳元で囁いた。 -NEXT-