※注意 この話には透也の過去回想で彼がみのり以外の子とHする描写があります※ 空虚だ。 僕の中には何もない。からっぽの人形だ。 操られる事を拒んだ操り人形。 拒んだのは僕? 切断された操りの糸。 それを望んだのは僕? 違う、初めから繋がれてはいなかった。 愛なんて無い 希望なんて無い 僕の中はからっぽだから ****** 予感めいたものはあった。 或いはそれは自分が傷つかない為の予防線だったのか 彼女は居ない そんな気がしていた。 フェイクの営業終了後、僕はタクシーに乗って帰路についた。 家の扉を開けて玄関を見ると、彼女の靴が無かった。 ―――――ああ、やっぱり 僕はそう思った。 明かりのついていない部屋。 ぱちんと電気のスイッチを押し、明るくなった部屋をぐるりと見回す。 人の気配はしない。 僕は息をひとつ吐くと、コートを脱いでバスルームへと向かった。 シャワーの蛇口をひねると熱めのお湯が出てくる。 それを頭からかぶる。 金の髪がいくつもの束になり、その束からお湯が流れていく。 湯気で曇った鏡にシャワーを向けて、曇りをおとす。 鏡に映った自身の顔を見て笑った。 今の僕は写真で見た母にそっくりだ。 まるで生き写した様に。 金色の髪に薄茶の瞳。 僕が写真で見た彼女はまだ幼さやあどけなさを残す少女だった。 彼女は17で僕を産んだ。 池上まりあそれが彼女の名前。 僕は確実に彼女の遺伝子を受け継ぎ、この世に生まれた。 誰もそれを望んでなどいなかったのに。 誰も、だ。 では僕が生まれた理由は何処にある? 意味は? 身体の汚れを流して、僕はバスルームから出る。 バスタオルで身体を拭いてバスローブを羽織った。 煙草に火を付けて窓の外を眺める。 街の明かりが小さくぽつぽつと見える。 人間どもはその屋根の下で何を考え何をして生きているのだろう? 欲望にまみれ、セックスに興じている奴もいるだろう。 僕は煙草の煙を吐き出した。 どうでもいい。 他人の事など。 ワインレッドの遮光カーテンを閉める。 外界と遮断される。 部屋の中は静かだった。 電話をしてみるか? 馬鹿らしい。 何故彼女が居ないのか、そんな理由はとっくに判っているのに電話をして何を 彼女から聞こうと言うのだ?判りきった理由を聞いて、何を得ようと言うのだ 彼女から電話がないと言う時点で、判っている事なのに。 僕は息を吐いた。 どんなに僕が彼女を引き留めても、彼女の帰る場所は別の所にある。 僕が何もない世界で何も出来ず、足掻いていた時には彼はもう彼女と出会って いて、思い出を重ねるという共同作業をしていた。 彼女が言う様に、彼はいつ、どんな時でも彼女の傍にいて彼女を見守っていた 時には手を貸し、時には励まし、そうやって時間を重ねて来た。 限界まで見守って、そして彼は彼女を手中に収めた。 みのりにとって僕は、ただ物珍しい生き物でしかないのかもしれない―――― ****** 僕が自分が”牡”で有ることを自覚し始めた頃から、周りには女が居た。 何故こんなに集まってくるのだろうと鬱陶しく思えた。 声をかけてくるのは圧倒的に年上が多く、何をしたいのだろうと思っていれば セックスだった。 高校に上がる頃には僕はすっかりその行為に飽きていた。 「透也!やっぱりここに居たのね」 屋上の扉を開けながら、女がそんな風に言いながら僕に近付いてきた。 僕は座って煙草を吸いながら女を見上げた。 「何?俺になんか用?」 女は少し顔を赤らめながら僕に言ってくる。 「ね…今日ウチに遊びに来ない?今日は誰も家に居ないの」 僕はふぅっと煙草の煙を吐き出す。 「面倒くさいから嫌だ。おまえの家、寮から遠い」 「そんな事言わないで来てよ」 「やだね」 「透也ぁ」 女が僕の腕に絡みついてくる。 目的は判っている。 この女は発情しているのだ。 「…今ゴム持ってんの?」 「え?」 「コンドームだよ」 「…も、持ってる…よ」 「だったらここでやりゃあいいじゃん」 「ここで?」 躊躇うように女が言う。 躊躇ったところで結局やるんだから躊躇ってんじゃねぇよと僕は思った。 そして女は本当に僕の上に乗ってくる。 僕はコンクリートの床を背に空を見上げていた。 空が青い 澄んだ青だ。 僕の心がどんな状態でも、空は青く雲は白い 僕が銜えた煙草から立ち上る煙が、まるで雲の様に空に溶け込んでいった。 「ねぇ透也、煙草…止めようよ…せめて、してる時は…」 「なんで?」 「…だって、キス出来ない…」 「誰がキスして良いって言ったよ。ご免だぜ」 何調子づいているんだこの女は。 なんで僕がこいつとキスしなきゃいけないんだ気持ちが悪い。 舌を突っ込まれるかと思ったら吐き気がした。 液体で汚されるのは体液だけで十分だっての。 「ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさとイケよ。重たいんだよ」 「もっと…優しくしてよ…」 「はァ?勘違いしてんじゃねぇよ。おまえ何様のつもり?」 「私は、透也が好き…」 「俺が何時おまえを好きって言った?」 「でも…」 「頭悪い事言ってんな」 僕は女を組み敷いて体位を変えた。 女は嬌声を上げた。 おまえが好きなのは僕の身体だろうが恋とか言って格好つけてんな 下らない。 女も、この行為も。 僕はコンクリートに煙草を押しつけた。 「相変わらず、荒れてんなぁ」 僕は営業前のホストクラブ「フェイクタウン」に居た。 ここの社長とは遠縁で、大人のくせに僕が好き放題やっているのを静観してい る。 静観するどころか、未成年の僕に酒を出してくる。 僕は金払いの良い”客”だ。 金は持ってる。 普通の高校生ではあり得ないほどの金額の小遣いを”チチオヤ”から毎月貰っ ていたからだ。 「もっと酔える酒はねぇの?」 僕がグラスを社長に向けると、彼は苦笑いした。 「おまえザルだからな、テキーラを飲んでも顔色ひとつ変えないんだからちょ っと気持ち悪いぜ?」 「おっさん、ドラッグはねぇの?」 僕が言うと、彼は拭いていたグラスをテーブルに置いた。 「透也、ドラッグだけは手を出すんじゃないよ」 「あんたに関係ねーじゃん」 「あんなもん使ってトリップした所で現実はなーんにも変わっちゃくれないぜ ?」 「あー?説教かよ。聞きたくねぇな」 僕は煙草に火を付けた。 ドラッグなんてやろうと思えば彼に頼まなくても手に入る方法はいくらでもあ る。金さえ有ればやれない事なんて何もない。欲しいものは何でも手に入る。 僕はその手段だけは持ち合わせていた。 社長が僕の頬に手を置いてくる。 「げっ、なんだよ気持ち悪いな」 「”光る君”もうちょっと大人になるまで身体は大事にしろよ。そうしたらそ の美しい身体で稼ぐ方法を教えてやるから」 「どういう意味?」 「素行の悪いおまえさんを雇ってやるって事さ」 「はぁ?ホストクラブで働けっての?この俺に?」 「そうさ」 「あんた頭イカレてんじゃねぇの?なんで俺が女の相手なんかしなきゃいけね ぇんだよ」 「ふーん、じゃあおまえは一生”チチオヤ”に面倒見て貰ってグダグダ過ごし ていくんだ」 「…」 僕が押し黙ると、社長はにやりと笑った。 「おまえさんに世間を渡り歩いていく方法を教えてやるって言ってんの」 「冗談…女の相手なんて…ぞっとする」 「おまえ自分の価値を判ってねぇぞ?おまえが微笑むだけで何人の女がお金を 落としていくと思う?」 「知るか」 「まぁ、子供のおまえにはまだ判らないだろうけどよ」 「…」 「同じ手玉に取るなら、それで稼いでみろって」 僕の価値。 僕に価値など有るのだろうか。 こんなからっぽな僕に。 煙草の煙が目に染みて、僕は目を細めた。 透也 透也 僕を呼ぶ優しい声は無い。 皆が当たり前の様に与えられる物が僕には無かった。 優しく抱きしめてくれる腕も無くて 僕が生まれる事を望んだわけではない 要らないと思うのなら、何故僕を殺さなかった? この世界には何もない。 僕が生きたいと渇望させてくれる物は何も。 僕が死にたいと絶望する物は有っても。 「本当に、なーんもねぇなぁ…」 僕のつぶやきに、社長はただ微笑んでいた。 ****** やがて季節は過ぎていき、僕は大学生になっていた。 最終学歴は大卒と”チチオヤ”が決めていたので僕は進学させられた。 高校卒業と同時にそれまでの寮生活から一人暮らしに変わっていった。 ”チチオヤ”が手配した、ワンルームの部屋。少し手狭だったが一人で住むに は十分だった。 ただそれまでは食事付きだったのが自炊をしなくてはいけないのが面倒だった。 それで僕が自炊をしたかというと、するわけもなく、近くの弁当屋で弁当を買 ったり、食べに行ったりを繰り返していた。 女がまた寄ってきたりもしたが、僕は決して女を自分の部屋には入れなかった。 自分の領域を汚されたくなかったからだ。 自分が普段使っているベッドの上で女を抱くなんて言う事は考えられなかった。 あのぬめぬめした体液で、自分のシーツが汚されるのかと思ったらぞっとした。 それよりも、僅か数ミリの隔たりで、自分と誰かが繋がると言う事を考えたら 吐き気がした。 徐々に僕の周りから女が消えていった。 「あらぁ、綺麗な子が居るじゃない?新人?」 僕がフェイクで酒を飲んでいると、客らしき女が入ってきて僕に話しかけてきた。 「和恵さん、まだ営業前ですよ」 「いいじゃない、ちょっと早く着いちゃったのよ。ね?この子新人?」 「そいつはうちの従業員じゃないですよ」 「あら、違うの?可愛いのに…ねぇ?私と遊ばない?」 女が香水の香りをぷんぷん漂わせながら僕に触れようとする。 僕はその手を払った。 「なによ」 「触らないでくれる?」 「…」 女はあからさまに不機嫌な表情をしてみせた。 「…ふーん…ま、ホストクラブに飲みに来ているって事は、あんたノーマルじ ゃないって事ね」 侮辱されたと言う事はすぐに判った。 僕は女を見上げる。 「な、なによ」 僕は、にっこり微笑んで言った。 「綺麗なブローチをしていますね。ちょっと見せてくれません?」 「え?あ…コレ?」 女は割とあっさりと胸元にあったそれを外して僕に渡してくる。 僕はピンを外してライターでその針をあぶった。 「ちょっと、何をするのよ!」 僕は左耳にそれを当てて、突き刺した。 「ひっ!」 変な声を女が出す。 僕はそのピンを耳たぶから引き抜いて女を見る。 「僕はゲイじゃない」 「あ…あんたおかしいんじゃないの?」 「これ、返す」 女にぽんっとブローチを投げると、女はそれを取らずに一歩下がる。 ブローチがぽとりと床に落ちる。 「こんなもの!要らないわよ!」 女はそう言って店を出ていった。 「透也、営業妨害だぞ」 「あの女が悪い」 ティッシュで傷口を押さえた。 血が出ている。 「ちゃんと消毒しろよ。毎日だ」 「…めんどー」 僕は溜息を吐いた。 その日から僕の左耳にはピアスが着けられている。 ****** 大学の講義が終わった後、僕は少し早めの夕食を摂る為にファミリーレストラ ンに入った。 煙草を吸うので喫煙席に通される。 僕はメニューを見ながら煙草に火を付けた。 いい加減ここのメニューにも飽きたかもしれない。 どれを頼もうか悩んでいると、横から楽しそうな笑い声が聞こえた。 僕は何の気無しにそちらを向く。 一組のカップルが座っていた。 女はやたらと楽しそうで、嬉しそうに微笑んで男を見ている。 一目見て、この女はこの男に心底惚れているのだなと言う事が判るほどだ。 この男の何処がそんなにいいんだろうかと僕は思った。 容姿は十人並み。背は高い。 …性格か? それとも夜のテクが余程優れているとか? 女は終始微笑んで、”幸せそう”だった。 その笑顔は一体なんだ? 何故そんな顔を誰かに向けられる? 女が愛されて育ったのだと言う事が推測できた。 その男から愛されたから? オヤから愛されたから? 僕は目を細めた。 知らず、”羨ましい”と言う感情が芽生えた。 それは微笑む事が出来る女になのか、微笑みを向けて貰える男にかは判らなか ったが。 それから、もうそいつらに逢う事は無いだろうと思っていたら、同じ学部の生 徒だと言う事が判明した。 講義もいくつか重なっている。 女が一人の時。 僕は彼女の席の斜め後ろに座り、女を観察した。 柔らかそうな女だなと思った。 首から肩までのなだらかなカーブが華奢で抱きしめたら折れてしまいそうだと 思う。 無垢そうな淡い色の唇。 コイツはあの男の前ではどんな風になるのだろうかと考えたら、ぞくっと鳥肌 が立った。 なんだ?この感覚は。 僕は女を視姦する。 その柔肌に唇を寄せて感触を確かめる様に滑らせる。 服に隠されたその肢体は、思うよりも艶めかしく、少女の様に幼い顔をしてい る女には不釣り合いな感じがまた良い。 唇と同じ様に淡い色をした裂け目に僕を押しつけると、女は瞳を潤ませながら 僕を見つめてくる。何か感情が溢れた様な瞳で。 女の口が開く。 ア・イ・シ・テ・ル 愛しているって何? 愛って何? それは一体どういう感情なのか僕は女に問いつめる。 女は泣きながら言った。 判らないけど愛してる。 心がそういう風に求めてる。 女は僕の首に腕を回す。 泣きながら愛していると何度も言う。 そして必死に訴える様に僕を見上げ、言うのだ。 僕にも愛していると言って欲しいと。 愛? 愛って? 愛って何だ? また戻る。 女から何かオーラを感じる。 柔らかな心地の良いオーラ。 それが僕を惹きつけた。 この女の何処に僕をそんなに惹きつける物があると言うのだ? 僕は自分の心に疑念を抱いた。 特別美しいわけではない。 特別スタイルが良いわけではない。 では何故? …ただ、”愛らしい”と感じる。 その小さな身体を抱きしめて、守ってやらなければいけない様な気にさせる。 この女は一体なんなのだ? 僕はそれから毎日女を目で追う様になっていった。 月日が過ぎればいい加減熱も冷めるだろうと思っていたのに、それとは逆にも っともっと女を知りたいと思う様になってくる。 やがて僕は成人し、社長の勧めに乗ってフェイクタウンに入店した。 女を自分に惹きつける方法を知るために。 ”チチオヤ”に頼らず”自分で”生活をしていけるように。 社長は僕を光源氏のヒカルと名付けた。 僕は入店2ヶ月でNO.1になり、稼ぐようになっていった。 ”チチオヤ”にあてがわれた部屋を引き払い、自分で決めた部屋に引っ越しを する。 高い所から下界を見る。 皆はどんな風に暮らしているのだろうかと考えた。 人々は幸せを掴んで、柔らかな光に包まれながら生きているのだろうか。 ―――――女は、男に幸せを与えながら、生きているのだろうか 僕は何時幸せになれる? 僕は何時愛される? この空虚な僕を誰が愛してくれる? 誰が? 彼女が? 手を伸ばして抱きしめたい。 僕が彼女を抱きしめたい。 やがて僕は渇望するようになる。 僕は知らない僕になっていく。 何が何でも欲しい。 どんな卑怯な手段を使っても、僕の手の中に落としたい。 飛び立つ羽根を引き抜いてでも僕の下(もと)に落としたかった。 手を伸ばし、引き寄せて。 君が僕に愛を教えて―――――。 みのり、君が。 ****** 僕はゆらゆらと立ち上る煙草の煙を見つめていた。 「本当、なーんにも…ねぇな…この世は」 僕は結局何も手に入れられない。 たったひとつ欲しい物さえ僕の物にはなってくれない。 まだ子供だった僕が感じていた絶望が、また僕を覆い尽くしていた。 |