■■あなたの居る場所 14■■



翌日、私は大学で透也を見かけてすぐにでも駆け寄りたい気分だった。
だけどそれが出来ないのは隣に景ちゃんが居るから。

今日は景ちゃんはバイトの日だから夕方になれば透也に連絡が出来る。
早く夕方になってくれないかと私は思った。

だけど

「俺、今日バイト休んだから」
「え…ど、どうして?」
「別に、いいだろ」
景ちゃんに手を繋がれて私は大学を後にする。

私はずっと透也の事が気がかりで、彼の事ばかり考えていた。
彼は怒ってる?
呆れてる?
もう私の事嫌いになっちゃった?

心がびくびくと震えた。

「なぁ、綺麗だな」
景ちゃんが不意にそんな事を言う。
私は、はっとして顔を上げる。
そこにはウエディングドレスを販売しているブティックがあった。
いつも素通りしている場所なのに、何故改めてそんな事を言ってくるのか?
ディスプレイされている真っ白のドレスを見て彼は笑っている。
「みのりが着たら似合うだろうな」
「…そうかな」
「きっと似合う」
景ちゃんはもう一度そう言って笑った。
「なぁ、みのり」
「うん?」
「俺の為にコレ着てくれないか?」
え?
「今すぐじゃなくて、大学卒業して俺が就職したら、一緒になろうよ」
彼はそう言ってまた笑う。
私の事など微塵も疑っていない表情で。
「け…景ちゃん?」
「な?」
私はそれに答えられなかった。
私が、景ちゃんと?
呆然と彼を見ていると、彼は私の頭をくしゃっと撫でた。
「なんでそんなに驚いた顔をするんだよ」
「だ…だって…急に、そんな…」
「じゃー考えろよ。俺との事」

私は景ちゃんの家に連れて行かれる。
自宅に帰り着いたのは23時を過ぎた頃だった。

私は床にしゃがみ込み、ぼんやりとしていた。
透也から貰った携帯電話に目を留める。
…透也、仕事中だよね…
透也に何を話すつもり?
昨日はごめんねって?
許して貰えると思ってるの?
彼との約束をフイにした。
景ちゃんと一緒にいたから、そう彼に言うの?
今日、すぐに電話が出来なかったのは景ちゃんと一緒にいたから。
そう彼に言い訳をするの?
”君が居てくれた方が安らぐよ”そう言って甘く微笑んでくれた透也。
仕事から帰ってきて、私が居なくて、彼はどう思った?
怒った?呆れて私の事なんてもういいやって思った?

だけどこのままにはしたくない。
許してくれないかもしれないけど、これで終わりにはしたくなかった。

私は震える手で彼のナンバーに電話した。
繋がった先は留守番電話。
「…と、透也…私…あの、昨日は、ごめんなさい…」
それ以上は何も言えなくて、私は電話を切った。
胸が苦しくて涙が出そうだった。
…無視されたらどうしよう。
何も言ってきてくれなかったら?
私は透也の反応が怖くて部屋の中でうずくまって震えていた。

AM1時を過ぎた頃、携帯電話が鳴った。
私はどきんっとして、それから震える指で通話ボタンを押した。
『みのり?』
「う、うん…」
『これから僕の家に来い。言いたい事はそれだけだ』
「うん、行く」
私が即答すると、電話の向こうで彼が息を吐いた。
『タクシー、つかまえられるね?』
「うん…大丈夫」
『じゃあ…後で』
「うん」
私は通話終了ボタンを押して鞄を持つと急いで家を後にした。

******

透也の家に着く。
私の方が早かった様で、彼はまだ帰宅していなかった。
私は貰った鍵で透也の家に上がった。
パチンと電気のスイッチを入れて今度は部屋に入って彼を待つ事にする。
ワインレッドの遮光カーテンを少し開けて、その隙間から下を見る。
ぽつぽつと灯されている街の明かりは温かそうでどこか物悲しい。
この風景が透也の目にはどんな風に映っているのだろう。
綺麗?
それとも…
私は遮光カーテンを閉めて、床に腰を下ろした。
膝を抱えて、彼の帰宅を待った。

AM2時の少し前、玄関の鍵が開く音が聞こえて廊下から足音が聞こえてくる
透也だ
私が立ち上がるよりも先に彼が硝子の扉を開けて姿を現す。
私の姿を見つけて真っ直ぐに歩み寄ってきて、それから私を抱きしめた。
「みのり…」
「…透也、ごめ…」
言いかけて唇を塞がれる。
アルコールの香りがする透也の舌が滑り込んできて私の舌を絡め取る。
何度も何度も彼は私の舌に絡んできた。
私はぎゅうっと彼を抱きしめる。
そうすると彼も強く私を抱きしめてきた。
透也…
私は息を漏らしながら彼の名を呼んだ。
「…みのり、君を抱くよ」
彼はそう言った。
「で、でも…私…生理…」
「僕に抱かれるのは嫌か?」
「嫌じゃないよ…でも…」
透也のパープルアイが甘く揺らぐ。
私は息をのんだ。
「…だ、抱いて…」
手を伸ばし、彼を抱きしめた。
透也は私に短くキスをすると立ち上がってベッドの傍にある引き出しからコン
ドームをひとつ取りだして戻ってくる。
そして私を抱え上げた。
「透也…どこに…」
「バスルーム」
彼は硝子の扉を開けて私をバスルームへと連れて行った。

透也は脱衣所で私を降ろすと黒のコートを脱ぎ、もどかしげにスーツの上着を
脱いで籠の中に放り込んだ。
そして私のコートに手をかけて脱がし、ワンピースのファスナーを下までおろ
した。
キャミソール姿になった私を透也はまた抱きしめてキスをする。
しばらくキスをした後、キャミソールも脱がされて、ブラジャーも外される。
…そこまで脱がして、流石の透也もショーツに手を伸ばしかけて躊躇っている
様子だった。
「あの…自分で脱ぐから、だから…ちょっと向こうを向いていて…」
「…あぁ」
透也は私に背を向ける。
透也にナプキンがあてられているショーツを見せながら脱ぐのは激しく抵抗が
ある。
私は急いでショーツを脱ぐと小さくたたみ、彼の目に付かないような場所にそ
っと忍ばせた。
そうして私は先にバスルームの扉を開けて入った。
私がバスルームに入ると、透也はシャツやズボンを脱いで全裸になり、続いて
入ってきた。
私は床に正座して座る。
立っていると出血したものが足を伝い、落ちてくるからだ。
こういう状況は初めてなのでどうしたものかと私は思ってしまう。
「流石に寒いね」
そう言って彼も床に座り胡座をかいた。
「僕の上に乗って」
「…向き合って?」
「そう、向き合って」
私は彼を間に挟むようにして向き合って座った。
足を開くと、血が…
私は透也にぴったりとくっついた。彼の目線が下に行かない様に。
透也は私を抱きしめ、小さく息を吐いた。
「まったく本当に有り得ない。この僕が生理中の子を抱くなんてね」
少し呆れた様な口調で言う。
「…ご、ごめんね」
「君が謝る事はない。ただ、どうして僕は事が君になるとこうも頭の回線が一
本も二本も切れた様な行為をしてしまうのかと思う」
「…」
透也は溜息をひとつ吐いた。
「…君はどうして僕の傍に居てくれない?」
彼は静かにそう私に訴えてきた。
「僕はもう君が居なければ生きていけそうにない」
「透也?」
「他に望む物は何も無いんだ。ただ君だけが欲しい」
…あぁ、また夢を見ている様な気分になってしまう。
思考が溶かされていく。
甘い甘い彼の声に。
この美しい人が私を望んでいる。
どうして透也がそこまで私を求めるのかが判らなかった。
だけど私は嬉しいと感じてしまう。
透也の唇が私の唇の上を滑る。
私の形を確かめる様に何度も何度も滑らせて、開かれた私の口の中に舌を差し
入れてきた。
私は彼の行為に応える様に自分の舌を彼に絡ませた。
「ン…う…ん」
お互いの液体が混ざり合う。
流されてくるそれを私は飲み込んで、まだ足りないという様に彼の舌を吸い上
げた。
長い長いキスの後、彼は私の身体へ唇を落としてくる。
肩のラインを舐めそれからつつっと唇を滑らせて私の胸の先端へ
私の赤い実を彼が口に含む。
ぞくっとした感覚が背中を伝っていく。
「ふ…ぁ…」
ちゅっちゅっと吸い上げて、それから舌先で転がして、その部分は彼の刺激に敏
感に立ち上がった。
空いている方の胸は手で刺激される。
やわやわと揉まれ、そうされながらも透也の指先が先端部を刺激するので私は甘
い快感に声を上げる。
透也の指も、唇も、気持ちが良い。
私と透也の事、私と景ちゃんの事、色んな事を考えなくてはいけないのだろうけ
ど、何も考えられなくなっていく。
「透也ぁ…」
身体の奥の方が疼いてくる。
情欲に火が付けられる。
こうなると色に狂ってしまった私は自分を止める事が出来なくなる。
「透也…透也…」
私に愛撫を続けている彼の耳に私はキスをする。
「もう欲しくなったの?」
透也は瞳だけを私に向けてくる。
「ほ…欲し…い」
「…」
彼はコンドームの包みをぴっと破ると、中からそれを取り出し彼のそれに装着
させた。
私は腰を浮かし、透也が入ってこられる様にする。
入り口に透也が当たる。
「あ…ふぅん…」
少しずつ、私は彼をのみこんでいく。
透也の熱と触れ合う刺激が堪らなく良い。
「はぁん…とーや…ぁ…ン」
「痛くない?」
「痛くない…気持ち良いよぉ…」
「そんなに?」
「なんだか…いつもより…中が…」
敏感になっている様で、少しの刺激にも大きく反応してしまう。
あぁ、透也の大きくて硬くて本当に気持ちが良い。
「あ…あは…ぅ…ン…」
透也が眉根を寄せる。
「きつ…いな、そんなに締めないで」
「だって…身体が勝手に…んっ…」
ぎゅううっと私の内壁が透也を圧迫しているのが判る。
いつもより、透也のものを大きく硬く感じてしまうのは私の内壁が彼を押さえ
つけているからだ。
「…ん…」
透也が甘く息をつく。
「…動いていい?」
私はもっともっと快感が欲しくて彼にそう聞く。
「いいよ」
透也は足を崩してそれを伸ばすと、浴室の床に手を付いた。
私はゆっくりゆっくり動き始める。透也が私の中を出入りする様に。
「ん…ん…あ、あぁん…」
「はっ…みのり…」
お腹の中がジンジンする。
痺れる様な甘い感覚が私を襲う。
「とうやぁ…」
彼がちゅっと私の胸の先端を舐める。
「ひゃ…ぅ…」
「…君の中はどうしてこんなにもイイんだろうね…」
「私…気持ち良い?透也を良くしてあげられてる?」
「あぁ…最高だよ…」
「ん…良かった…」
私が透也を抱きしめると、彼も腕を回し抱きしめてくれる。
「透也…」
「好きだよ」
「うん…大好き…」
透也がちゅっと私の首筋に口付ける。
「君の中は温かくて居心地が良い…」
ぽつりと呟く様に彼が言った。
「ずっとこうしていたいよ」
「…うん…」
「君を独占したい…僕のものにしたい」
「…うん」
「愛しているよ、みのり」
「愛してる…」
唇を寄せ合った。
「透也が好き…凄く好き…」
私達、いつまで一緒にいられる?
目を閉じて、彼を感じた。
強く、深く彼を感じる。
透也が私に飽きるまで?
そう遠くない未来の様な気がした。
「あ…あふ…あぁん…あっ…」
「…みのり…みのり…」
彼はいつまで私を呼んでくれる?
その澄んだ優しい声で
いつまでその腕の中に閉じ込めておいてくれるの?
透也の熱い塊が私の中を出入りする。
内壁が擦れる。
私のイイ部分を撫でていく。
「んっ…ん!」
透也が下から私を突き上げてくる。
繋がりが一層深くなった。
彼が欲しいと思う気持ちが高まる。
私は自分の身体を揺らした。
「あっあっあっ…イイ、よぉ…」
「もっともっと感じて」
「感じてる…凄く感じてるよ…透也の、イイっ」
私は透也の上で淫らに踊る。
「んっ…はぁっ…」
「あぁ…みのり…」
透也は私の腰を掴んで突き上げてくる。
深い所に何度も何度も透也を感じた。
「透也ぁ…イキ…たいっ…」
「…イかせてあげるよ…」
透也は私にその身体を押しつけると、ぐぐっと深く自身を入れてきた。
「あああっ!」
「当たってる?イイ所に」
「うん…ウンっ」
ぶるるっと私の身体が震えた。
そのまま彼は私を突き上げる。
「はっ…はぁんっ…ああっ…ああ」
「ふっ…は…愛して…る…みのり」
「愛してる…愛してるよぉっ」
繋がれている部分に大きな快感を覚える。
その波は大きく打ち寄せて私をさらっていこうとしていた。
…私の全部、さらってしまって
沈めさせて貴方の海に。
「あっあっあっ…ああああっ!」
意識が快感に持っていかれる。全身が震えた。
「…僕も、もう出してしまうよ?」
「うん…うん…」
透也が何度も何度も私を突き上げて、呻いた。
それから大きく甘い息をついた。

******

私は透也のパジャマに身を包み、ベッドの上に寝ころんだ。
慌てて家を出てきたので何も準備をして来なかったからだ。
透也の手が私を撫でる。
「透也…私、透也の事もっと知りたい」
「…うん」
私を撫でている透也の手の上に自分の手を重ねた。
知っているのは彼の温もりだけ。
何を知りたい?
例えば彼の昔の事
「透也の高校の卒業アルバムが見たいな。小学校でも中学校でもいいんだけど」
「卒業アルバム?」
「無かったら小さい頃の写真とかでもいいの」
「写真は撮らなかったから無いね。卒業アルバムは…うーん…」
透也は立ち上がってクローゼットの中に入っていた段ボール箱をあさり始めた。
私は身体を起こして彼を見る。
やがて彼は振り返ってアルバムを手に戻ってきた。
「高校の時の物しかないみたいだ」
透也はそう言って私に卒業アルバムを渡す。
表紙には海英(かいえい)学園高等学校と書かれていた。
「透也って海英に行ってたんだ」
「ああ、知ってる?」
「…知っているもなにも有名私立校じゃない」
「学費が高いだけの学校だよ」
「嘘、偏差値だって凄い高い所じゃない。中学の時のクラスで一番頭のいい子
が海英に進学したもん」
「…ふーん」
「…変な事聞いていい?」
「良いよ」
「どうして大学はもっといい所にしなかったの?海英なら東大だって行けたん
じゃないのかなぁ」
透也は何かを考える様にして一瞬黙る。
「それは…僕の頭が足りなかったという事だよ」
「本当に?」
「…」
透也はまた考える様な表情を見せる。
「違うの?」
私の問いかけに透也は迷う様な顔をしてそれから口を開く。
「僕は…最終学歴は大卒と”チチオヤ”に決められていたけれど、大学と言っ
ても”アニ”よりはランク落ちした大学でないと許されなかったからだ」
「え?ど、どうして?」
「家庭の事情」
「…」
「アルバム、見れば?」
「あー…うん」
私は卒業アルバムを開く。
「透也ってお兄さんが居たんだね。私も5つ上のお兄ちゃんが居るんだぁ、透
也のお兄さんっていくつなの?」
「…今年31になるんじゃないかな」
「え?あ…随分離れているんだね」
「母親違うし」
「…お父さん、再婚したんだ」
「してないよ」
「え?」
私が顔を上げると透也がふっと笑う。
「僕のクラスはC組だよ」
「あ、う…うん」
再婚してないってどういう意味?
私は卒業アルバムのページを捲る。
C組、池上透也、あ、あった。
「この頃から凄い茶髪なんだね」
金色に近い茶色をしている。
「それ、地毛だよ」
「え?そうなの?」
顔を上げる私に、透也はにやりと笑う。
「君は僕の地毛が何色かって知っている筈だけど?」
「え?」
「髪の毛は染めても、下の毛は染める奴いないよねぇ」
うっ
私が黙ると彼は笑った。
「今確認してみる?」
「け、結構です」
「さっきエッチしたばかりなのに何を恥ずかしがっているの?」
楽しそうに笑ってる…もう、まったくこの人は…
私はもう一度アルバムに目を落とす。
幼い顔ではあるけど、どこか大人びた表情。
…ううん…
大人びた、と、言うよりはなんだか無感動な瞳。
写真うつりの所為?
「透也ってどんな高校生だったの?」
「君に話せる事がひとつも無いほどロクなガキじゃなかったよ」
「悪かったって事?」
「そうだね」
「この頃は…どんな感じの人と付き合っていたの?」
「どんな友人って事?」
「…判ってるくせに、彼女だよ」
「僕に彼女が居た事は一度も無いよ」
「え?嘘だぁ」
「言い方を変えるよ。僕に好きな女が居た事は今までに一度だって無い」
「…」
「そんなにきょとんとした顔しないでくれる?可愛いけど」
「からかっているの?それとも私には話したくない過去があるっていう…事?」
「どちらもハズレ。本当に僕に恋人が居た事はないよ」
「…それはちょっと、信じがたい…かな」
「そう言われてもね」
クスッと透也は笑う。
何だろう、なんで言ってくれないんだろう。
私がちらりと透也を見ると彼は微笑む。
「疑ってる顔」
「だって…」
「精神的に他人を好きになる余裕が無かったと言えば納得してくれる?」
「透也が?」
「そう、僕が」
「どうして?」
「家庭の事情」
「…」
さっきも言った。家庭の事情って
「家庭の事情って何?お父さんが再婚していないっていうのと関係ある?」
「あーうーん、まぁねそうだね」
「何?」
「…」
透也が口を開きかけて閉じる。
「これ以上は、君が僕の恋人になった時にでも話してあげるよ」
透也はそう言って私の手から卒業アルバムを取りあげた。
「秘密は多いほどミステリアス。そういう男の方が惹かれない?興味深くって
さ」
彼はそう言って微笑んだ。
いつもと変わらぬ綺麗な表情で。
何一つ、変わらない顔で…

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