■■コイノトチュウ  3.コイシイヒト■■


お弁当を忘れてしまったので、
今日は学食に行くか購買に行くかどっちかだった。
購買は混んでるし、かと言って学食も混んでいるだろうなぁ
…と、思いながらもパンという気分でもなかったので、
私は学食を初体験しに行くことにした。
券売機で食券を買い、Aランチと交換して座れる席を探した。
でも、結構な混み具合で、空いているところを見つけられない。
空いているところがあったとしても、男子生徒の間とかだったりして
なかなか座りづらい環境だった。
…ひとりで来るところじゃなかったなぁ
「おーい、ヒロの彼女!」
どこからか声がして、その声の主の方を見ると、
先日ちゃあしゅう屋で会った三年の先輩が居た。
よく見ると堀川先輩も居る。
「なに?今日は学食なの?ひとり」
「え…えっと、今日はお弁当を持ってきていなくて、
友達はみんなお弁当組なんです」
「ふぅん。じゃあ、ここ、空いてるから座ったら?」
見ると、堀川先輩の隣が空いていた。
「いいんですか?お邪魔しちゃって」
堀川先輩の方を見て私が言うと、先輩は私に座るように促してくれた。
「じゃあ、あの、お邪魔します」
「さっきまでヒロも居たんだけど…一足違いだったな」
堀川先輩はそう言った。
「あ、ヒロ先輩も今日は学食だったんですね」
「真雪ちゃんも学食なら、ヒロを誘えば良かったのに」
まっ…”真雪ちゃん”!?名前呼びですか!堀川先輩!
私は思わず顔を赤くした。
堀川先輩は私の反応に気付いてか、”あ”と小さく声を上げた。
「あぁ、ごめん。ヒロがいつもそう呼んでいるからつい
…名字、なんだっけ?」
「あ…っと…いいです、”真雪”で」
「そう?じゃあ俺のことも”和也”でいいよ」
ふふっと堀川先輩は鮮やかに笑う。
綺麗な笑顔に脳が溶けそうになってしまう。
「和也…ですか」
「ごめん、呼び捨てはちょっと…」
はっ!ああ…そうでした。そういう意味のわけがない!!
「す、すみません!和也先輩…ですよねっ私、何言ってるんだろ」
慌てて言い直すと、和也先輩は声を立てて笑った。
「面白い子だね。ヒロが気に入るのも判る気がするな」
「いえ、そんな…本当にすみません」
「ヒロは本当に君のことを気に入っているみたいだよ?
よく話題にでる」
「そうなんですか?」
…どんな風に言われているんだろうか。
気になりつつも少し恐ろしい…
「いつも可愛い可愛いって言っているよ。
だからどんなに可愛い子なんだろうと思っていたら、
実際会ってみて本当に可愛いと思った」
和也先輩がそんなことをさらりと言ってのけたので、私は赤くなる
「い、いえとんでもないです、和也先輩に誉めていただけるほどの
造作の持ち主じゃないです」
「ははっ面白い言い方をするね」
何故かうけてしまう
和也先輩のツボに入ってしまったのか、
彼らしくなく声をあげて笑っている。
そんなに涙を流して笑わなくても…
「ごめん。こう見えて和也って笑い上戸なんだよ」
別の先輩が呆気にとられている私にそう言った
和也先輩が笑い上戸…意外だ
「和也、笑いすぎ」
「す…すまない。あまりにも可笑しくて」
そうですか?
「和也、早く行かないと、昼バスケやる時間なくなるぜ」
「ああ、そうだな」
和也先輩は残りの御飯をかき込みながら応える。
「昼はバスケをやっているんですか?」
「ああ、ヒロは昼もサッカーやっているみたいだけどな」
「ふーん。そうなんですね」
「彼女を放っておいて昼もサッカーってどうなんだろうね?」
和也先輩は魅惑的な眼差しを私に向けながら言った。
「あ、でも…私も昼は友達と過ごしていますし」
「そう?寂しく思っているのなら、ヒロに言ってあげても構わないけど?」
「いえっいいです」
楽しく他の人と過ごしているであろう貴重な昼休みを、
私に割いてもらうわけにはいかない
「ならいいけど。まぁ、なにか困ったことがあったら言っておいで」
「ありがとうございます」
「ほら和也行くぞ」
「ああ…じゃあねお先に、真雪ちゃん」
「はい」
先輩達は慌ただしそうに食堂を後にしていった。
運動部の人たちって身体を動かすのが好きなんだなぁと私は感心してしまった。
運動は嫌いじゃないけど、昼休みを使ってまで動き回りたいとは思えない。
…ヒロ先輩は昼もサッカーか
余程好きなんだな

私はヒロ先輩のことをよく知らない
知らないまま付き合い始めた
知っていたのはヒロ先輩がサッカー部でレギュラーでA組だってこと
気に入っているのは彼の細く締まった腰
あ、人なつっこい笑顔とか
くりくりした瞳とかも好きかな
…でもそれは外見の事であって中身ではない

ヒロ先輩って本当はどんな人で
どんな女の子のことが好きなのかな?

ヒロ先輩が一年生の時に好きだった子ってどんな子だったのかな?
ちょっとだけその事が気になっていた。
…ヒロ先輩って私の何が気に入って声をかけてきてくれたんだろう?
さっぱりわからない。

高校に入ったら彼氏が欲しいって思っていたけど
実際彼氏が出来て付き合うとなると色々難しいのかもしれない。
急にキスしてなんて言ってきたりするし…
私はふぅっと溜息をついた。



「今日、和也先輩と一緒にお昼したんだってね」
帰り道、ヒロ先輩がそんな風に切り出してきた。
「あ、うん。偶然学食で一緒になって」
「俺に声かけてくれれば良かったのに。俺だって今日は学食だったし」
「うん。和也先輩から聞きました。すれ違いだったみたいですね」
「…”和也先輩”、ね」
「え?」
「…俺、携帯の番号もメールのアドレスも教えてあるよね?
それってなんのためなのかなぁ」
「あー…うん…ごめんなさい」
「なんか、すげぇショックなんだけど」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
「…そっか…ごめんなさい」
「俺が何に対してショックを受けてるかって判ってる?」
「え?あ、えーっと、連絡しなかったから?」
「違うよ」
「違うんですか?」
「はー、わかってねぇの」
ヒロ先輩はそう言って溜息をつくと、スポーツバッグを肩にかけなおした。
「え…なんですか?」
「今日は随分と楽しく和也先輩と食事をしたみたいだね?」
「楽しくって…まぁ、つまらなくはなかったですけど」
「真雪ちゃんはそうでも、和也先輩は本当に楽しかったみたいだぜ」
「…うん、随分笑われちゃったけど…でも失礼なこと言っちゃったし」
「失礼な事って?」
「和也って呼び捨てにしちゃったの」
「…は?」
「えっと、私の呼び方を真雪でいいですって言ったら和也先輩が
それなら自分も和也でいいからって言うんで、つい」
「真雪でいいですって言うのも問題あると思わないかなぁ」
「どうして?」
「お陰で和也先輩もタカ先輩も君のこと、”真雪ちゃん”って言ってるんだぜ」
タカ先輩っていうのはあのもうひとりの先輩のことらしい
「別に構わないんじゃないですか、親しみがあっていいと思うんですけど」
「…」
「私の友達も、ヒロ先輩のこと、ヒロ先輩って言ってますし」
「それとこれとは少し違うよ」
「そうですか?」
「…」
「まぁ、いいじゃないですか」
「ちっとも良くないよ」
「そうですかね…」
なんだかまた雲行きがあやしい。
ヒロ先輩が、ふっと溜息をついた。
「だったら俺は今度から君のことを真雪って呼ぶ」
「え?」
「嫌なのか?」
「う、ううん。唐突だなって思って…」
「別に唐突じゃないよ」
「……そう、ですよね」
ここで同意をしておかなければ、また先輩の機嫌を損ねてしまう可能性がある
そう思って私は思いっきり頷いた。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「ヒロ先輩が一年の頃好きだった人ってどんな人だったんですか?」
「…同じクラスの女子だった」
「ふぅん」
「…」
「えっ終わりですか?」
「これ以上何を語ることがあるんだよ」
「髪の毛は長かったとか短かったとか色白だったとか背が低かったとか、
美人だったよーとか可愛かったよーとかそういうのないんですか?」
「とりたてて真雪に話すようなことじゃないと思う」
「私は聞きたいなぁ」
「そんなの聞いてどうするの」
「どうって…」
「俺は真雪の昔好きだった奴の話なんて聞きたくないから、
自分も言いたくねぇよ」
「けち」
「けちとか…そういうんじゃねぇだろっての」
私を見下ろすヒロ先輩の瞳が困ったように瞬いた。
「真雪はそういうの聞いて、嫌な気分になったりしないの?」
「…」
「俺が、他の奴を好きだったって話を聞いて楽しいの?」
「私は、ただ…ヒロ先輩ってどんなタイプの人が好きなのかなぁって
思っただけで…」
「タイプ…ね」
ヒロ先輩はそう言って首をさすった。
「タイプだけで言うと、真雪は和也先輩みたいな人が好きなんだろ?」
「え?」
「…この前そう言ってたじゃん」
「あれは、そうかもっていうだけの話ですよっ」
「好きなタイプと好きな人って違うだろってことを言いたいの」
…つまり、ヒロ先輩の好きなタイプと私って、
かけ離れているって事なのかなぁ?
「じゃあ、違う聞き方します。ヒロ先輩って私の何処が好きなんですか?」
「”何処”なんて部分的なもんじゃねぇよ」
「じゃあなに?」
「なんか…知らねぇよ」
「あ、ずるい。知らないで済ませようとしてるー」
「そういう真雪はなんで俺と付き合ってるのさ」
あ、やばい。切り替えされちゃった…
彼氏が欲しかったところにちょうど声をかけてきたのが先輩でした
…なんて言ったら絶対怒るよね…
腰の細さと締まり具合が最高ですとか…言えないってば
「えと…好きだから…です」
「うっそつけ」
ヒロ先輩は笑った。
「嘘じゃないですよっ」
「真雪」
「は、はい?」
「キスしよっか」
「…」
見上げるとヒロ先輩は、にこっと笑った
何処に?とは聞けなかった
何処に…とも先輩は言わなかった
私が頷くと、ヒロ先輩は屈んで、ほんの一瞬、唇同士が触れ合った

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