■■その愛の名を教えて 10■■


実に良いタイミングだと思った。
僕はいかにして彼女から暁さんとの繋がりを聞き出して、バイトを辞めさせよ
うかと考えていたから。
おかしな夢を見た彼女はすっかり夢の方を現実と勘違いして、さした抵抗も無
く彼女の携帯の履歴やアドレスにあった”工藤晃子”なる人物が暁さんである
事を認めた。

だが、僕ってそんなに信用出来ない人間かね。

愛していると言っているのに、彼女はまだ僕が彼女を捨てると危惧している。
みのりは僕の事を一体どれだけご立派な人間だと勘違いしているのだろうか?
どうして自分の価値を認められない?
自分が僕に愛されるに足りない人間だと、いつまで思っているつもりなのだろ
うか。

ホストのヒカルを気に入ったみのりは、ヒカルを同じ学部の生徒だと設定し、
自分の世界に引き込み、自分に前から焦がれていたと勝手に想像し、彼と恋愛
している”夢”を見ていた…と。
おいおい、今までの時間を全て夢の一言で終わらせるのか?
僕は笑った。
「すげー笑える。みのりの想像力には」
みのりに花屋に電話をさせ、今日で辞める事を告げさせた後、僕はそう言った。
「一晩しか見ていない夢の方を現実だと思って、僕を想像の人物にしてしまう
とはね」
「だって…あっちの方がリアル…」
僕はククッと笑った。
「僕がBMWに乗っている事よりもベンツに乗っている方がリアルなの?なん
だそれ」
そこまで言って僕は可笑しくて堪らなくなって笑った。
「挙げ句、カーセックスかよ。ククッ、有り得ない。ホテル連れてけホテル」
「そんなに笑わなくても…」
「君って余程ヒカルに対して悪い印象を持っているのだね。いい歳をしてそん
なお手軽なセックスをするヤツの方がリアルだなんて。なんだってあんな狭い
所でヤらなきゃいけないわけ?それとも君にそういう願望があるの?」
「…な、無いよ」
「あー笑える笑える」
お陰で、僕はグチグチと彼女にお説教する気が失せたわけだが。
はっ、と息を吐いてからみのりに言う。
「でも一言、言っておくけど…夢の様に”死にたい”って思うのは止めてね。
僕との仲がどれだけ険悪になったとしても」
「…」
「どうしても現実逃避したくなったら、その時は僕も一緒に死んであげるから」
「透也…」
少し戸惑う様な彼女の声、僕は言葉を続ける。
「君の命はもう君ひとりの物ではない。僕を置いて逝く事は許さない」
手を伸ばし、みのりを抱き締めた。
「僕よりも先に死なないで」
我が儘な僕の数ある我が儘のウチのひとつだ。
みのりを失って、生き続けていく自信が僕には無い。
失って乗り越える事で得られる強さなんて僕は要らない。
弱い人間だと罵られる方が余程良かった。
ああ、そうだ僕は弱くて臆病な人間だ。
どれだけプライドを落としたって構いはしない。
この腕の中にある小さな温もりを失って堪えうる精神など持ち合わせてはいな
い。
「愛している…君は僕のたったひとつの希望だ」
だから、傍に居て。

******

それから二週間が過ぎた頃、フェイクタウンでバースデーイベントが行われた。
不夜城の面々がフェイクに来た。
暁さんもだ。
僕は不夜城のテーブルにヘルプに付く。
「お久し振りです、暁さん」
「あぁ、君がこのテーブルのヘルプに付いてくれるの?他の女性に申し訳ないね」
そう言って彼は笑った。
煙草を取り出すので、僕は火を付けた。
「どうも」
吸った息を彼は吐いた。
「前にした仔猫ちゃんの話、覚えてる?」
「覚えていますよ」
「ぷっつり連絡が途絶えちゃってさ」
「…そうなんですか?」
「こっちからも電話をかけてみたんだけど…携帯を解約したみたいで繋がらな
いんだよね」
「…」
「彼女の仕事場を知っているから、行ってみたんだけど急に仕事を辞めちゃっ
たらしくってね」
「そうなんですか」
はぁ、と暁さんが溜息をついた。
「…それは、縁がなかったって言う事ですね」
縁を絶ち切ったのは僕だけどね。
「女はその子だけではないでしょう?」
貴方にとっては。

僕にとってのみのりは、僕に苦しみを与えた神が僕を哀れんで使わした、ただ
一人の女神だ。
渡せる筈などない。

「友人関係からでも始められると思ったんだけどな」
「残念でしたね」
グラスに氷を入れて、ウイスキーと割物の水を注ぎ入れる。
マドラーでかき混ぜてから彼に飲み物を差し出す。

だけど貴方のお陰で、少しだけ面白い思いをさせて頂きましたよ。
僕は、にっこりと微笑んだ。
「また良い出会いが有りますよ」

******

いくつかの夜を越えていく―――――。

僕はみのりの扱いに少し困っていた。
扱いと言っても普段の状態での事ではなく、ベッドの上で、つまりは彼女との
セックスの事なのだが。
みのりはMらしかった。
だがその程度が判らない。
程度が判った所で、僕はM女を相手にした事が無かったので
…というよりは、相手の趣向に合わせてやる程僕は親切でも無かったし、趣向
を知るほど深く付き合った人間など居なかったのだが。
どの様にしたものか…と思った。
彼女の泣き顔は好きだが、嫌がられて泣かれては堪らない。
―――――この間の時の様に。

ベッドの上で寝ころぶ僕に、みのりが仔猫の様に擦り寄ってきて甘えてくる。
腕に、みのりの胸が柔らかく当たってきた。
…寝る時は下着をつけないのだ。彼女は。
だから一層、彼女の胸の感触を得る事が出来る。
巨乳という部類ではないのだが、みのりはやっぱり身体の割に胸がある。
ほっそりとしたウエストのラインだとか、小さめのヒップは男好きすると思う。
18で初体験だなんて、よくその年齢まで他の男が黙っていたものだと思える。
顔が幼いので手を出しにくかったのだろうか?
時々、コイツは霞でも喰って生きているんじゃないだろうか。と思う時がある。
僕がみのりの妄想の人物だと言うのなら、みのりの方こそ余程僕の妄想の人物
だという気がした。
みのりの頬にかかる髪を指ではらいながら聞いた。
「僕の事が好き?」
みのりは柔らかく微笑んで応える。
「大好きだよ」
…ああ、くそ…なんて可愛いんだ。
彼女を自分の腕の中に招き入れた。
―――――チ…まずい、勃ちそうだ。
彼女の香りに柔らかな肉体の感触に僕が反応する。
押さえろ。
今夜はまだ、彼女をどう抱くべきかの答えが出ていない。
「透也、今日疲れてる?」
「ん?いいや…どうして?」
「あの…あのね…」
みのりが頬を赤らめてもじもじしている。
「あの…ね…抱いて…欲しいなぁって…」
「…したいの?」
「う、ウン…」
少し考えた。
彼女のお誘いを無下に断るのもどうかと思うが…。
みのりは不安げな瞳で僕を見上げている。
「…普通、で良い?」
「え?」
彼女は不思議そうな顔をして僕を見上げる。
「普通に抱くのでも構わないか?」
「う、うん。普通で良いよ」
「…僕を、握ってくれない?」
「え?」
「僕のナニを握って大きくして」
まぁ、彼女の手に委ねなくても、気を許せばいつでもスタンバイOKな状態に
はなるのだが。
みのりがおずおずと僕のソコをパジャマの上から撫でてくる。
ある程度の大きさになったら彼女は布越しに握って擦った。
「生で触って」
「…ん…」
みのりの手がパジャマのズボンの中に滑り込んできた。
彼女の手が少し冷たく感じる。
それは僕のが熱を持っているという事なのだろう。
手を伸ばし、彼女の胸を柔らかく揉んだ。
「…っ」
みのりが息を飲む。
指をつっと滑らせて先端部を探り当て、こりっと弄った。
「んぅ…」
両手で彼女のふたつの膨らみを掴んでやわやわと揉む。
…
両サイドを押さえて寄せて見る。
…
これだけのボリュームがあれば胸でやって貰う事も可能なのではないかと僕は
思った。
「…あのさ」
「う、うん?」
「胸で挟んでみてくれない?」
「何を?」
「ナニを」
「えっ?」
普通に抱くと言っておきながら僕の要求は普通ではない。
「そ、そんなの…どうやるか、判んないよ」
ふーん。
奴にもした事が無いと言う事か。
それはそれは結構な事だ。
彼女のパジャマのボタンを外し、脱がす。
自分もパジャマを脱いで、双方裸になった。
「寝てみて」
そう言うと、みのりは枕に頭を乗せて仰向けに寝た。
僕は彼女の上に馬乗りになり、僕のソレがちょうど彼女の胸の谷間に乗る様に
置いた。
「挟んで」
「う、うん…」
みのりは自分の胸を両サイドから押して、僕のソレを包んだ。
成る程ね、これはなかなか良い感触かも知れない。
柔らかな弾力のあるものが僕を押さえつけてくる。
感覚的にも良かったが、可愛いみのりが僕のソレを胸で挟んでいるという視覚
的刺激がイイ。
僕はベッドのヘッド部に手を置き、ゆっくりと腰を動かした。
ナニの裏側の部分がみのりの身体と擦れてかなりイイ。
「…気持良い?」
「かなりね」
枕をもうひとつみのりの頭の下に敷いて、僕のソレを動かした時に彼女の口元
に行く様にした。
するとみのりは僕が何か言う前にソレを口で愛撫してくる。
「いい子だね」
彼女の頭を撫でた。
…しかし、卑猥な光景だな。
幼い顔をしたみのりが僕のモノを胸で挟んで舐めている様子は、アンバランス
な感じがして良かった。
”支配欲”という物が自分の中に存在している事を、彼女と付き合っていると
嫌という程感じる。
思いつく限りのやらしい事を彼女にさせたいと思う感情。
それに応じてくれる彼女に対して満足をする僕。
僕のソレがみのりの唾液で濡れていく。
尿道口をちろちろと舐められて、腰がゾクッとした。
「…ツ…はっ…」
思わず声を漏らすと、みのりが顔を上げた。
「ご…ごめん…痛かった?」
「痛くないよ、気持良い」
「あ、良かった…」
そう言って彼女は、ほっとした顔をする。
「もっと…して」
僕がそう言うと、みのりは甘く濡れた瞳を向けてくる。
まずい…彼女のそういう顔を見ると、暴走してしまいそうになる。
ガキじゃないんだから落ち着け。
僕は僕に向かってそう命じる。
身体を動かし始めると、みのりはまた僕を愛撫してくれる。
彼女はずばぬけたテクを持っているわけでは無かったが、彼女の愛撫は最高に
気持が良かった。
僕を愛撫してくれている時の顔だとか、あの可愛い口が奉仕してくれているの
かと思うと、気持ちが高揚する。
「あ…クッ…」
僕の口から女の様な喘ぎ声が出てしまう。
堪えようと思っても、声が思わず出てしまう。
良すぎ、だ。
もう一度言うが、テクの問題ではないのだ。
それが彼女だと思うから身体全部が反応する。
どうしようもなく彼女に惹かれている。
愛しくて愛しくて堪らない。
僕の中には無いと思われていた感情が溢れる。
”透也”と彼女が僕の名を呼ぶだけでも僕の心は感情は全て彼女に支配される。
彼女しか見えなくなる。
みのり
愛なんて生温(なまぬる)い言葉では足りない位の想いが僕の中にある。
君に、触れて、触れて、泣き出したい位の切なさが僕を覆う事を君は知ってい
るか?
ああ、それでも僕は”愛しい”という言葉でしか想いを伝えられない。
違う、伝えたいのはもっと深い想いだ。
どうすれば捉えられた僕の心を君に判って貰える?
感情の激流に僕は呑み込まれる。
「っ…みのりっ」
身体を退いて彼女を抱き締めた。
強く強く抱き締めて、壊してしまいたいと思う程の感情を溢れさせた。
「みのり、みのり…愛してる…愛している」
「と…透…也…?…愛してる、よ…」
僕の急激な変化に戸惑う様な声を彼女は上げる。
「本当に、愛しているんだ」
狂う程に。
物の分別がつかなくなる位、君への想いがおかしくさせる。
「僕が、どれだけ想えば君は僕の想いを理解してくれる?」
「とう…や」
「どうやって君に知らせればいい?それを僕に教えて」
彼女の両頬に自分の手を置いた。
みのりのつぶらな瞳に僕の姿が映っている。
「…もう僕しか見るな、その瞳に他の男を映したりするな」
奪われたくない。
君を誰の手にも渡したくない。
永遠に僕の手の中に閉じ込めて置きたい。
僕の感情に呼応したのか彼女の瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。
「透也、私は貴方以外は愛せないよ」
「…みのり」
「透也が居なくちゃ私は生きていけないの」
みのりはそう言って身体を震わせた。
「…だけど、ごめん…なさい。私、が…居なかったら」
みのりが居なかったら?
「もっと、透也を理解して、もっと、透也に相応しい人との出逢いが…」
彼女の発言に感情が高ぶった。
「…それ以上言う事は例えそれが君でも許さない」
僕は涙で濡れた彼女の瞳を見据える。
「僕は君との出逢いがなければ死ぬまで一人だ」
「…」
「君が僕以外を愛せないと言う様に、僕無しでは生きられないと言う様に、僕
だって同じ気持ちだ。それとも何か?君は僕と出逢わなければ、僕以上に君を
理解し、僕以上に自分に相応しい男との出逢いがあったとでも言うのか!」
激昂すると、彼女はびくりと震えた。
「そんなの…思わない…」
「おまえは僕のただひとりの女だ!何度言えば判る」
「と…透也…」
「おまえ以上に相応しい女が居るだって?そんな事本気で思っているのかよ!」
「…」
「ふざけるな…もう二度と、僕の気持ちを軽んじた発言は許さない」
「だって…だって…」
みのりの瞳から次々と涙が溢れて零れ落ちていく。
「私…は、なんにも取り柄がない…女、だもん…」
またその話か。
「何もない女を、この僕が愛すると思っているのか。狂うほどに焦がれると言
うのか?そんな女に生涯かけても構わないと思っている男をおまえは馬鹿にし
ているのか」
「ち…ちが…」
「おまえが本当に何も持っていない様な女だったら、僕はこんなに苦しい位に
愛したりはしない」
「…」
「おまえはただ存在すると言うだけでも、僕にとっては意味がある」
僕は息をついた。
「いい加減、理解してくれ…もう、本当に」
みのりの瞳を見る。
もう一度、気持ちを落ち着ける様に深く息をついてから言った。
「それとも、僕の愛を疑っているの?僕が君を愛していないって、思っているの」
「思って…ない」
「…君は素晴らしい女性だよ…誰も人を愛した事のない男が惚れてしまう程にね」
そっと彼女の頬を撫でた。
「どんな女より、愛らしくて、可愛いよ」
「…」
「愛してる」
僕はやっぱりそんな言葉でしか気持ちを表現できず、もどかしい思いだった。
もっと、深く、激しく、君を想っていると言うのに。
誰か、この想いを正しく伝えられる手段を僕に教えて。
彼女に口付けた。
思いの丈を口移し出来れば良いのに…
何度も唇を合わせあって、舌を絡めた。

身体を繋ぎ合わせる様に、目に見えて手応えのある感覚で心だって繋ぎ合えれ
ばどんなに良いか。

そうすれば、僕も、彼女も苦しくないのに。

「…とう…やっ…」
彼女の泥濘(ぬかるみ)に僕を差し入れると、みのりは息を乱した。
「僕…は…誰にだって、誓える…生涯、君以外愛さないと」
「んっ…あっ…」
「誰も愛さないって…僕は、言えるよ…」
彼女の最奧で僕は身体を止める。
「……君も、言え」
みのりは瞑っていた瞳をゆるゆると開けてその眼に僕を映した。
「私も…誓える…透也以外は愛さないって…誰も、欲しくない…貴方だけしか
要らない」
それだけの事を彼女に言わせても、僕の心は満足しなかった。
多分僕は永遠に愛を求め続けるだろう。
この、愛しい人に。
潤いを求め続ける花の様に。

…僕は、そんなに美しいものではなかったけれども。

彼女の手を強く握る。
握り返される温もりを、僕は確かめていた。
そうやって、互いが生きている場所が同じだと確認する様に。

「僕達は…ふたりで、ひとつだ…」


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