■■その愛の名を教えて 13■■


その夜。
私達は抱き合って眠った。
私が透也に腕枕をして、透也が私の胸に顔を寄せている。
透也の頭を撫でた。

お母さんが居ないって、どんな気持ちなの?
お父さんが居ないのって、どんな気持ちなの?

”孤独”という闇の世界で長い間耐えてきた透也の事を思うと心が痛んだ。

昔、家族でデパートに出掛けた時に私は一人はぐれてしまった。
人は沢山居るのに、自分の見知った人は誰も居なくて、心細くて堪らなかった。
お兄ちゃんが一番に私を見つけてくれて、私は安堵と共に堪えてきた恐怖に、
彼の腕の中で泣いた。
私をもう一人にしないでと泣いた。
自分を受け止めてくれる人が居たから泣く事が出来た。

透也は泣く事すら許されなかった?
ううん。不器用で誇り高いこの人は、そうする事を自分に許さなかったのだ。
寂しい夜は人知れず一人で膝を抱え、声を押し殺して泣いていたんだろう。

そして一時の人肌の温もりと快楽を引き替えに孤独を癒していたのではないの
だろうか。

貴方が泣けば、誰も貴方を一人になんてしなかっただろうに。
宝石の様に煌めいて落ちていく彼の涙を見た時どうしてこの人から離れるなん
ていう事が決断出来たのだろうかと思った。
どうしてこの人を一人にしてしまう事が出来たのだろうかと思った。
―――――そんな残酷な事を。

私のちっぽけな存在が、彼にとって救いになると言うのなら決してこの人の手
を離しては駄目だ。
こんな私でも、必要としてくれるのなら、私は…。
貴方に欠けて足りないものを私が補う事が出来るのなら、私達はずっとひとつ
でいよう。

******

緩やかに夢の世界から目が覚めた私は無意識に手を伸ばし、其処にある温もり
を抱き締めた。
抱き締め返してくれる腕に私は息をつく。
「…お早う、みのり」
耳元でそっと囁かれる。
「ん…ん…とう…や?」
瞳を開けると、私を覗き込んでいた彼は微笑んだ。
「…具合は?」
「もう大丈夫だよ」
「そう」
「昨日は…ごめんね…」
何に対しての謝罪なんだろう…
だけど私は微笑んだ。
「私は、大丈夫だよ」
「…」
透也は長い間私の事をじっと見つめてくる。
「透也?」
「…触れても、良いか?」
「うん…良いよ」
透也は私の頬をそっと撫でる。
それから、キスをしてきて私の胸にそっと触れてきた。
「…抱いて、いっぱい抱いて」
私がそう言うと、透也は少しだけ何かを考える様な顔をして、それから躊躇い
がちに口付けてきた。
彼が何を躊躇っているのかが判らない。
あの女の人の所為?それとも別に何か理由があるの?
見つめると、ふっと視線を外す。
「やっぱり…今日は止めよう」
「どうして?」
透也はじっと自分の手のひらを見てからぎゅっと握った。
「僕が君に触れると、君が汚れる」
彼はそんな風に言った。
私は、彼に美しいままで見て欲しいと思って自分の性癖を告白出来なかった。
だけど、さも汚れ無き乙女の様な言われ方をされると心が痛む。
「私は…透也に抱かれたいよ」
パジャマのボタンを外して私はそれを脱ぐ。
キャミソールとショーツだけになった。
「私の、身体…透也の自由にして…」
「みのり…」
「だって私に触れて良いのは透也だけだもの」
私は引き寄せられ、透也に強く抱き締められる。
「私は…尊くも、清らかでもないよ…」
手を伸ばして私はパジャマ越しに透也のアレに触れる。
「…くちで、しても良い?私…舐めたい」
「…」
透也がまだ迷う様な顔をしている。
「…私にされるの嫌?私…下手かな」
「嫌ではないよ…」
「じゃあ、するね」
頭を下げて、パジャマ越しに透也のソレにキスをする。
何度も何度も唇で擦っていると、透也のモノが大きくなってきた。
透也のパジャマのズボンを下着ごと下ろし、直接ソレに触れる。
指できゅきゅっと擦ってある程度の大きさにしてから私はソレを口腔内に迎え
た。
「ん…あむ…」
舌で透也のソレの裏側の部分を擦ると、透也が甘く息を漏らした。
きゅっと口をすぼめて口腔内を狭くする。
それから指で透也のソレを握り、頭を上下に動かすのと同じ様に上下に動かせ
た。
自分で飲みきれない唾液が零れてきて、顔を動かす度にちゅっちゅっとやらし
い音が立つ。
「ん…んふ…ん」
空いている方の手を、そっと透也の袋の部分に触れさせた。
そっとそっと撫でてみる。
彼が息を飲んだ。
口から彼のモノを出すと、ぴんっと立って少し反り返っている。
袋の辺りから先端部までつつっと舌を這わし、先端部をちゅっちゅっと吸い上
げる。
ぬるりとした温かな液体が先端部から溢れ出てきている。
私はその液体をぺろぺろと舐める。
それからまた銜え込んで喉の奧で彼の先端部を押さえつけた。
透也が頭を撫でてくれる。
…私、透也のコレ…好きだ。
カタチも味も好き。
先端部の裏側のくぼんだ所をぺろぺろと舐めると、その度にびくんびくんと、
ソレが跳ね、その様子が堪らなく可愛く思えてしまう。
…景ちゃんにはあまりしてあげなかったな…
彼も求めなかったし、私も望んでまではしなかった。
透也とのセックスに比べると、私と景ちゃんのそれは随分と未熟だった様な気
がした。
セックスで、本当の女の悦びを私に教えてくれたのは透也だった。
私は蕾の部分でイクよりも膣内でイかされる方が快感が強かった。
そして何度もイけるという事を知らしめたのも透也だった。

透也が過去に沢山の女の人を抱いてきたと思うと胸が痛むのはやっぱり本当な
のだけれど、もし透也が女性経験の少ない人だったら私はここまで彼にのめり
込んでいただろうか?
彼が私が処女だったら惹かれていなかったかも知れないと言った様に、私もま
た透也が”透也”であるから惹かれて彼に奪われたのだと思う。

「透也の過去があるから、今の私達は成立しているんだと…思う」
ぽつりとそう言った。
色んな偶然とか必然とかそんな様々な物が絡み合って今の私達が居る。
透也の出生の事でさえ、絡んだ糸の内のひとつなんだ。
もしも普通に生まれ育っていたら私達は出逢う事も無かったかもしれない。
「君は本当に慈悲深いね」
「…私は、普通の、女なんだってば…」
「いいや、君は僕の女神だよ」
「こんなにえっちな女神様は居ないよ」
下着を脱いで透也の上に跨った。
「入れ…ちゃう…よ?」
「君の準備は出来ているのか?」
「ん…もう…ぬるぬるなの…」
透也のソレに手を添えて、私は自分の身体の入り口へと導いた。
「わ、私…は、清らかでもなんでもないの…凄く淫乱で…透也のコレが、大好
きな…えっちな子なの」
「…」
「透也に乱暴にされて感じちゃう様な…淫らな女なの」
「みのり…」
「透也が私に乱暴した事で透也が苦しんでいるの知ってて、私…言わなかった
…ごめんなさい」
ずるずると私は自分の中に透也を受け入れる。
「ん…は…」
「感じていたの?」
「ん…凄く…」
「あんな抱き方で?」
「う…うん…」
「そう」
「ごめんなさい」
「いいや」
透也は私の肩に手を置いた。
「次からは君の趣向に添える様にするよ」
「…でも、普通でも十分に感じてるよ」
「…うん、頬がもう上気して赤くなってる…」
「…気持ちイイの…」
「入れているだけなのに?」
「う、ウン…」
「随分と感じやすくなったよね、君」
「…そう、かな…」
「初めて抱いた時も、感度の良い子だなとは思ったけど」
私の身体がぶるぶるっと震える。
「…どうしたの?」
「あ…あ…」
身体を揺すろうとすると透也の手が腰に添えられて動きを止められる。
「動いたら駄目」
「…はっ…はぁ…」
身体の最奧が痛い様なくすぐったいような感じがする。
イク直前の感覚に少し似ている。
「と…と…や…」
「動いちゃ駄目だよ」
「ど…どうして?」
「…」
もどかしくて、身体に力を入れる。
内壁がきゅうっと締まった。
透也と擦れて少しだけイイ感じがする。
「ん…ん…」
「…」
「透也…」
また身体がぶるぶるっとする。
透也は私をぎゅうっと抱き締めた。
「…君を愛してる」
「ん…ウン…ん…」
それから透也は私を横に寝かせた。
彼は動かずにじっとしていて、私の髪を撫でたり頬に触れたりしている。
「…透也…」
「こうやって…君を感じていたい」
でも、でも私…
また身体がぶるるっとした。
「あ…あ…」
「温かいよ…みのりの中」
恥骨の辺りに圧迫を感じてそれもなんだかイイ様な感じがして私は震える。
「今日は、一日中こうやって抱き合っていようか…」
「…ん…」
呼吸を整えて、静かに、静かに彼を感じた。
足を絡め合わせ、同化している様な感覚。
「あ…ふ…」
だけど何か沸き上がってくる様な感覚。
透也はじっと私を見ている。
時々身体を動かして挿入している体勢を維持する。
かれこれ三十分近くそうしていると、私の身体の震えが益々ひどくなってくる。
「と…や…私、もう…」
「駄目、このまま…」
穏やかな声で彼は言葉を返してくる。
「お…お願い…一度、イかせて…」
「…」
私の懇願を聞き入れない様に透也はじっとしている。
ああ…身体の奧が熱くって、どうにかなってしまいそう。
熱い、熱い、身体が。
「ああ…う、ふ…」
「…」
透也がぎゅっと私の手を握る。
握って貰ったその手も震えていて…
「愛しているよ…」
「と、う…や…愛…して、る」
じわわっと身体に何か広がっていこうとしている。
「はっ…あ…」
じわっと何かが沸き上がって広がって、ぱちんっと弾ける。
それが何度も何度も私の身体を…
「あっ」
「…みのり…」
透也も少し乱れた息を吐く。
何?なに?
繋いだ手を強く握り締め合う。
「ふ…わ…あふぅ…あ…何?…」
ぱちんぱちん
小さな泡が弾ける様な快感が私を襲う。
「ひゃ…ん…あぁ…」
「は…はっ…」
透也の息も乱れてる。
深い口付けをされる。
キスの間も身体を襲う快感に私は震えた。
イクって感じがずっと続いている。
何?なに?これは、何?
「あああんっ…ああ…ああ」
「ふっ…は…」
「ああ、ああぅ、透也、透也…変な…感じ…ああっ…あああ」
「あっ…はぁ…」
「透也、透也…」
「…みのり…はっ…ああっ」
「ああああっ…ああっ、透也ぁっ」
びくっびくっと身体が跳ねる。

激しく出し入れされていると言うわけでもなかったのに不思議な絶頂感が長く
長く続いた。
気がおかしくなるかと、思った。

「大丈夫だった?」
私の波が去った後、透也が私の髪を撫でた。
「…不思議な、感じだった」
「…そうだね」
「透也も?」
「ああ」
彼の指が私を撫でる。
その感触にもぞくんっとした。
身体全部が性感帯になってしまっている様に。
透也がこつんと私の額に自分の額をくっつけてきた。
「愛しているよ…ずっとね」
「う、うん…」
「君となら…こうやって抱き合える事も可能だと思っていた」
「…どういう意味?」
「こういうセックスの仕方も、あるって事」
「動かないセックス?」
「君と僕の精神的交流とでも言えばいいかな」
「精神??」
「あるとは聞いていたけど、まさか自分が体験出来るとは思っていなかったよ」
「…?」
透也の言っている意味が私には判らなかったけれど、彼は満足そうに微笑んだ。
「射精するより、気持ちが良かった」
「…身体が、熱いよ…」
「うん、そうだね」

熱い身体とは裏腹に、なんだがひどく穏やかな気持ちだった。

その日は本当に一日中裸で抱き合った。
挿入が無くても満足で、性的快楽が無くても慈しんでくれる彼の手が心地良か
った。
ゆっくりと流れていく時間の中に身を委ね、愛のカタチを確認し合った。
流れゆく悠久な時間の中ではほんの一瞬の出来事だったかもしれなかったけれ
ど、私は透也と同じ時間の流れの中で生きているのだなぁと実感する事が出来
た。

「さて…と、仕事に行くかな」
私の頭を撫でながら透也が言った。
撫でてくれている手を取って、その手に頬を寄せそれからキスをした。
穏やかな笑顔を彼は向けてくれる。
私も微笑んで、それから彼の身体に腕を回した。
「行ってらっしゃい」
そう言う私を透也が抱き締め返す。
「手放しがたくなっちゃうね」
「織原さんに出勤するって言ってたじゃない」
彼は息をひとつ吐いた。
「言ったね。彼も期待しているだろうから行かないわけにはいかないね」
フェイクタウンの売り上げは、透也が出勤するのとしないのでは随分と差が出
るそうだ。
透也は必要とされている。
そういう場所が彼には無くてはならない物だと思えた。
ホストクラブで透也が商品としてだけ扱われているのであれば異議も唱えたく
なるものだが、透也は大事にされている、きっと…
織原さんと逢ってみて、彼が透也を静かに見下ろす瞳を見て、透也は全くのひ
とりだったわけではなかったのだと思えて私は、ほっとした。


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