静かに時間が流れていた。 うとうととして、眠りは浅かった。 抱きしめてくれている透也の身体に一層自分をくっつける。 「眠れないの?」 透也も眠ってはいなかった様で、そんな風に声をかけてきた。 「…うん」 心地の良い疲労感が身体に広がっていたのだけれど、眠りに入る事を私の何か が拒んでいた。 時間が惜しい。 幸せだと思えば思うほど、透也と過ごす時間の一分一秒が惜しかった。 時々思う。 透也と過ごすこの時間が、実は私の見ている夢で、ある日目が覚めたら透也は 居ないんじゃないかって。 今、抱きしめてくれている透也は、実は私の妄想の人物なのではないかと そう…思う。 景ちゃんとのぬるま湯の様な日々に飽きた私が作り出した妄想の世界に居るの ではないかと思えた。 気が遠くなるほど激しく愛して、私を奪って、貴方に縛り付けて。 どんな希望も透也は叶えてくれる。 心も身体も充分過ぎるほど満たしてくれる。 美しい人。 綺麗な綺麗な透也。 その瞳で、その指で、その唇で、その吐息で、私は溺れさせられる。 もしもこの世界が夢ならば、 お願い、誰も私を起こさないで。 「どうしたの?」 瞳から零れ落ちる涙に気が付いた透也が、その雫をそっと拭ってくれる。 「なんで泣いているの?…疲れちゃった?」 「怖いの…透也が居なくなっちゃいそうで」 「僕が居なくなる?」 ふっと彼が笑った。 「それは僕が君を捨てるという意味?君は未だに僕を信じていないんだ?」 「違うの」 私は私が思っている事を透也に話した。 「同じ夢を、僕も見ているっていう事か?」 透也が笑った。 「大丈夫、夢なんかじゃないよ」 彼の唇が私の唇の上に乗せられる。 この熱が現実のものだと教えてくれる様に。 「透也…透也ぁ…」 零れ落ちる涙を唇で掬い上げ、彼は短く頬にキスをした。 バスローブの紐が解かれて、前をはだけさせられる。 透也の唇が私の肩を滑っていく。 本当に夢じゃないの? 幸せが度を超えすぎていて、私は怖かった。 透也、お願い、消えて居なくなったりしないで―――――。 ****** ぱちん、ぱちん 花の水の吸い上げを良くするように、私は花の茎をハサミで切った。 (お花の…匂いがする) 私は薔薇の花にそっと顔を近付けた。 それから、シャツの袖を少しだけ捲って腕に付いている赤い跡を見た。 ―――――夢じゃないから。 透也の声が聞こえた様な気がした。 閉店作業の後、タイムカードを押して花屋を出た。 空を見上げると、黒い闇の中にぽつぽつと小さな光が見える。 星、少ないなぁ。 そんな事を思いながら歩いていると、見知った人影が見えた。 …レンヤさんだ。 「こんばんは」 「…」 思えば、このスモーキーグレイの頭の人も、よく見れば本人が言う様に男前の 様な気がした。 透也といい、レンヤさんといい、この手の人達が私に興味を持つという事自体 現実離れしていると思えた。 「飯でも喰いに行かない?仕事終わったんだろ?付き合えよ」 「レンヤさんなら、もっと綺麗な人がお似合いだと思います」 私がそう言うと、彼がにやにや笑った。 「確かにな」 「…」 「なーに沈んだ顔しちゃってんの?昨晩はフェイクで遊んだんだろ?」 「…」 「ヒカル相手にマジモード入っちゃってツライとか?」 「…そんなんじゃないです」 「ホスト遊びではまりたいなら、俺にしておけよ。俺なら抱いてやるぜ?」 そのレンヤさんの言葉に私は顔を上げた。 「”俺なら”ってどういう意味ですか?ヒカルさんは抱いてくれないとでも?」 私が言うと、レンヤさんは笑った。 「あれれ?君知らないの?ヒカルは客と寝ないって事で有名だぜ?客がぼやく ぼやく」 あ…本当に、透也はお客さんとは寝ないんだ。 第三者からその言葉を聞いて、私はほっとした。 「だからいくら君がヒカルを欲しても、奴はやってくれないぜ?」 レンヤさんの腕が私の腰に回る。 「ホテル直行する?満足させてやるぜ」 「や…やめて下さい」 「お嬢、あんたって本当にうまそうだな」 「や…やだっ」 レンヤさんの顔が近付いてくる。 私はその腕の中で暴れた。 だけど、その力は強くて逃れきれない。 「やだ、やだぁっ」 「レンヤ君」 凛とした声が闇夜に響き渡る。 私とレンヤさんは、ほぼ同時にその声の主の方を向いた。 真っ白いジャケットを着たすらりと背の高い人がそこに立っていた。 「彼女、嫌がっているじゃない。無理な客引きはどうかと思うけど?」 マロンブラウンの少し長目の前髪を揺らしてその人は言った。 「イージーに連絡入れるから、そのつもりで」 と、彼が言うと、レンヤさんはチッと舌打ちをして私を解放した。 彼は私を見て微笑んで手を差し伸べてくる。 「駅まで送りましょう、それともタクシー?」 「…で、電車で…」 「行きましょう」 私は思わず、その人の手を掴んでしまう。 それを合図とばかりに彼が歩き始める。 「…震えていますね。怖かったですか?」 彼が正面を向いたままそう言った。 「あ…は、はい」 「学生さん?」 「いえ、花屋に勤めていて…」 「花屋って、フランシー?」 「あ、そうです。よくご存知ですね」 「この辺で花屋って言ったらそこ位ですから」 にこっと彼は微笑んだ。 「月末でもないのに無理な客引きをするなんて、レンヤ君も落ちたものだな」 ぽつり、と彼は言う。 「…あの…助けて下さってありがとうございました…貴方は一体…」 「俺もホスト。ああ、安心してくれていいよ?このまま店に連れて行くなんて 事しないから」 「貴方もホストさんなんですか」 「客との同伴の待ち合わせ場所に行こうと思っていたら、君達が目についた」 「え?あ…じゃあ、行かないと駄目じゃないですか」 「まだ時間があるからダイジョウブ」 と言って彼は笑った。 「レンヤ君が後をつけて来たら困るでしょう?」 「…」 「イージーには俺から連絡入れておくから。もうこういう事をしない様にって」 「…すみません…ありがとうございます」 「ああいう輩がいるから、ホストのイメージが悪くなるんだ」 はぁ、と彼が溜息をついた。 「あの…貴方はどこのお店の方なんですか?」 「知りたいの?」 彼がちらっと私を見る。 「あー…いえ…その…」 「いいんじゃない?俺がどこの誰か判らなくても、多分二度と君には逢わない と思えるし」 「…」 「それとも、お礼に俺の店に来てくれる?」 「いえ、それはちょっと」 「だったら、知らないままでいいじゃない?」 そう言って彼は穏やかに笑った。 多分、彼もきっとどこかのお店のNO.1だ。 私はそう思った。 透也と同じ様なオーラを感じる。 高貴で、誇り高いオーラ。 そう思ったら彼に興味がわいてきた。 「私は、月嶋みのりって言います。貴方…は?」 彼はちらりと私を見た。 「…源氏名で良い?」 「はい」 「暁雪乃(あかつき ゆきの)。それっぽい名前でしょ?」 ふふっと雪乃さんはそう言って笑った。 上品そうな名前で彼に合っていると思えた。 そうこうしているうちに駅に着く。 「ありがとうございました」 私が頭を下げると、雪乃さんは笑った。 「レンヤ君には注意して、次も俺が助けてあげられるとは思えないから」 「はい…」 「じゃあね、みのりさん」 雪乃さんはそう言うと手を振って踵を返し、行ってしまった。 もう逢えない そう思うと名残惜しさを感じさせる人だと思った。 私はその姿が消えて見えなくなるまで彼の背中を見送った。 ****** 御飯を食べて、お風呂に入って、パジャマに着替えると、私はベッドの上に、 ころんと寝ころんだ。 差し出されて掴んだ手のひらを私は見つめる。 これもやっぱり現実? ぱたりと手をベッドに投げ出して、私はうとうととした。 身体が宙に浮く。 その感覚で私は目を覚ました。 視線を上げると透也の視線とぶつかる。 「ちゃんと布団の中に入って寝ないと駄目だよ。春とは言えまだ冷えるからね」 「…透也…おかえりなさい…」 「ただいま」 帰ってきたばかりらしく、彼の瞳はパープルだった。 透也は片手で私を支えると、もう片方の手で掛け布団をめくり、そこに私を降 ろした。 「…ねぇ、透也」 「うん?」 「暁雪乃っていう人知ってる?」 透也は目を細めて私を見た。 「なんでそう、君の口からは次々とホストの名前が出てくるわけ?」 「知っているの?」 「”不夜城”っていうホストクラブのNO.1だよ。フェイクの社長と不夜城 の社長は仲が良いらしくってね、よく遊びに連れて行かれる所なんだけど、暁 さんは良い人だよ人当たりが良くて、ホストの鏡じゃないかな」 「透也が誰かを誉めるのって初めて聞いた様な気がする」 「人聞きが悪いな。で、暁さんがどうかしたの?」 私は仕事帰りに起きた出来事を透也に話した。 …透也は不機嫌そうな顔になって溜息をついた。 「だから僕が言ったのに」 「…でも、もうきっと来ないよ、レンヤさんは」 「暁さんが連絡するって言うなら、イージーからも何か言われるだろうけど…」 透也は前髪をかき上げて私を見る。 あっ、何か言われる…と私は思って、先に口を開いた。 「と…透也って、本当にお客さんとは寝ないんだってね」 「本当にって何?僕の言う事信じてなかったの?」 「レンヤさんがヒカルはお客と寝ない事で有名だって言っていたから、改めて ああ、そうなんだって思って」 「だからそうだと言っているだろ?」 「う…うん」 また口を開きかける透也に私は言う。 「ね、疲れているでしょ?お風呂入ってくれば?さっぱりするよ」 「…」 透也が溜息をつく。 「…そうするよ」 ベッドから腰を上げて、透也はジャケットを脱ぎながらバスルームへと消えて いった。 私は、ほっと息を吐く。 またなんだかお説教をされそうな雰囲気だったから。 よしっ、この隙に寝ちゃおう。 私は布団の中に潜り込んだ。 私が夢の中の住人になりかけた頃、身体がガクガクと揺すられた。 「ん…んは?」 目を開けると、揺すっていた人は透也だった。 「こら、寝るな」 「だ…だって、夜だし」 「こっちは君の所為で眠れそうもないっていうのにいい気なものだな」 「な、何?」 「…暁さんを見てどう思った?」 「んーぅ…雪乃さん?」 と、私が言うと透也は明らかに不機嫌そうな顔をした。 「”雪乃さん”…ね」 「…?」 「君って初対面の僕に対して、しつこい位に”池上さん”って言っていたよね? それなのに、暁さんの事は雪乃さんって呼ぶのはどうして?」 「…特に理由はないけど…」 「嘘だね。暁さんに対して好印象を抱いたから下の名で呼ぶのだろ?」 「それは…だって、助けて貰ったし」 ぷちん 私のパジャマのボタンが外された。 「と、透也ぁ?」 「拒む事は許さない」 ぷちぷちとボタンが次々と外されていく。 あっと言う間に前をはだけさせられる。 透也の大きな手が私の胸を揉む。 いつもより、少しだけ強い力で。 「透也…痛いよ…」 「…うるさいな」 「…」 キャミソールを捲り上げられて、胸の先端部を舐められる。 「んっ」 ちゅるちゅるっと透也の舌が私の実をくすぐるように動く。 「ぅは…んっ」 「昨晩の君は、僕との事が”夢だったらどうしよう”なんて可愛い事を言った かと思えば今日にはもう別の男に気を取られてる。一体どういうつもりなの?」 「と…透也…」 「どうして僕だけを見ていられない?」 「別に、他に気がいくとかじゃないよ」 「嘘だ。暁さんに対して好印象を抱いて、出来ればもう一度逢えたら良いとか 思っているだろ?」 「…」 私が返答をしないと、透也はムッとした顔をした。 「図星なわけ?」 「え、い、いや…その…」 透也は私のパジャマのズボンに手をかけて、下着ごと私の身体から抜き取った。 そして、彼も着ていたものを脱ぐ。 私の足首を掴んで大きく開かせると、私の中心に身体を置いた。 「ま、待って、透也」 「…」 透也はそのまま身体を進めて来ようとする。 まだ準備の出来ていないそこは、透也の侵入を拒む様に彼を受け入れない。 「…ツ…」 「い、痛いよ、透也っ」 「僕だって痛いよ、だけど…優しくなんてしてあげない」 ぐぐっと押し込むようにして透也が私の中に入り込もうとする。 無理だよ、入らない。 「いたぁいっ」 引き裂かれるような痛みを感じて、私は腰を捩ろうとした。 だけど透也の腕が私の腰を押さえつけてくる。 「透也、痛いの…止めてぇ…」 涙が滲む私の瞳を見て透也が笑った。 「泣けば?」 「…」 「泣いたって優しくしないからな」 「透也ぁ…」 「甘えた声を出しても駄目だよ」 ぐいぐいっ 透也が更に押し込んでくる。 乾いた肉壁に擦れ合う感触は私に痛みを与える。 「ぅ…あ…ん…」 透也が、チ…と舌打ちする。 「…マジで、入らないな」 先端だけ差し込んでいたものを抜き出して私の腰を高々と持ち上げて透也は頭 を下げた。 「あ…やんっ」 ちゅるるっと私のあの部分が舐められる。 ふたつに合わさる肉を広げて、私の身体の入り口に舌を押し込んでくる。 身体の中にうねうねとした透也の生暖かい舌を感じた。 「ん…くふぅん…」 甘美な感触に、ひくひくっと腰が震える。 透也の指が私の蕾に触れる。 「あっ…ああっ…ん」 くりっとそこを弄られて、舌先では体内を翻弄される。 いつしか、ぴちゃぴちゃという音が聞こえてきていた。 いつもなら十分に愛撫を施してから挿入してくるのに、今日の透也は違った。 必要最低限の潤いが私の中に出来上がると、また挿入してこようとした。 「んくっ…」 体内への重圧感に私が仰け反ると、透也が肩を押さえつけてくる。 「逃さない」 ゾクンッ 冷たくされているのに、私の身体はなんだか熱い。 いつもと違ってどこか冷たい瞳の透也にゾクゾクしたものを感じてしまう。 どうして? 私が彼の身体を押し返そうとすると、透也は右手で私の両手首を掴み、私の頭 の上で手を拘束する。 私の身体はまるでそうされる事を望んでいた様にゾクゾクッとした。 透也が乱暴に私の中を分け入ってくる。 あっ…と声が出そうになるのを私は唇を噛んで押さえた。 「僕に抱かれるのが嫌なわけ?」 耳元で透也が囁く。 少し険がある彼の物言いにも身体の芯が熱くなった。 何?変な感じ。 …もっと彼を拒んだら? 彼は私を一体どうする? 私はごくっと息を飲んで、腰を捩った。 「嫌」 私を拘束している透也の右手がぴくっと反応した。 「僕を拒むのか?」 低い彼の声 皮膚が泡立つ感じがした。 「いや、嫌」 彼の手から逃れるように私は身体をひねって、透也の拘束から自分の手を解か せた。 ベッドから降りようとすると、透也に腰を抱えられる。 「逃さないって言ってる」 私が藻掻くと、腕を掴み上げられて私のパジャマの上着で両腕を縛られる。 私は伏せられて、後ろから透也に犯される。 (ん…んふぅっ) いつもより強い快感をその身に感じて震えそうになった。 透也が身体を揺する。 徐々にその繋がりが深くなっていく。 透也と触れ合う内壁が彼の硬さや大きさを悦んで受け止めている。 私は腕を縛られている状況にゾクゾクしていた。 (ああ…私、変…っ) 自分が感じてしまっている状態を透也に知られたくなくて、私は声が漏れない 様に顔をシーツに押しつけた。 押し殺す声が、すすり泣いている様にも聞こえた。 「そんなに僕に抱かれるのが嫌か!みのりっ」 透也が乱暴に私の中を出し入れさせる。 荒っぽい彼の声にも行動にも、私は感じていた。 気が遠くなりそう。 変になっちゃいそう。 もっとして、もっと乱暴にして 私の中でそんな声が聞こえた。 私は彼と知り合った当初の事を思い出していた。 命令系で話す彼、少し乱暴な扱いをする透也に、私は激しく感じていたのでは なかったか? (私…私、変だ) 己の欲する欲望に、私は身震いをした。 こんな私を透也が知ったら? 私は唇を噛んだ。 透也はよく、私を可愛いと言う。 実は可愛くなんてなくて、アブノーマルな性質を持っていると彼が知ったら? 犯される様に乱暴にされて腕を縛られているこの状況を悦んでいる様な女だと 知られたら? 壊れる…壊れちゃう 涙で滲んだ目尻を、シーツに押しつけた。 「謝らないよ」 散々弄んだ後で、透也がそう言って私の腕の拘束を解いた。 私は透也と目を合わせる事が出来なくて、視線を外した。 後ろから透也が強く抱きしめてくる。 「みのり、僕は…」 私は、今日、凄く感じていた。 あんな扱いをされて、異常なまでに興奮を覚えた。 私はおかしいんだ。 身体が震えた。 それを透也がどう取ったのか、彼は息を詰まらせていた。 「…愛しているんだ、みのりを愛しているから僕は、おかしくなる」 違う、おかしいのは私の方だよ。 涙がぽとぽとと、頬を伝って落ちていった。 |