隷属の寵愛 12
結局。
初めて共に過ごした夜では、キースはリディアと身体を繋げなかった。
一晩中、愛撫された身体は快楽を受けて満たされたが、これでよかったのか? という疑問が浮かび不安になる。
彼はたしかに『挿れたい』と言ったのに、そうしなかったのは何故だろう。
(愛していないから……?)
大きなバスタブのなかに身体を沈め、リディアは溜息をついた。
湯船に浮かぶ赤や黄色の薔薇の花びらが、ゆらゆらと揺れる。
キースが口ばかりの愛を囁いていたとしても、だからといって彼を責める気持ちはない。形ばかりの夫婦でも、冷たくされるよりはいい筈だから。
「……愛して……る?」
唇から漏らした言葉に戦慄を覚えた。
呪縛の言葉。
長く続く苦悶の時。
繰り返される束縛。
温かい湯につかっている筈なのに、皮膚が粟立った。
この十六年間、リディアには愛した人間も愛された人間もいない。
それなのに、愛の言葉に敏感に反応を示す感覚はなんだろうか。
"自分は誰かを愛してはいけない"
おぼろげながらに、リディアはそう感じていた。
愛するとすれば、相手は彼女の夫であるキースだろう。
彼の周りには光のオーラが見えるけれど、自分の手には錆びた鎖が巻き付いているように見えた。
その鎖がどこに繋がっているのか判らなかったが。
(なんだろう、この感覚……怖い)
「……どうかしたか?」
「鎖が――……」
受け答えをしながら、自分はいったい誰と話をしているのだろうかとはっとさせられた。
顔をあげると、戸口には早朝に出かけた筈のキースが立っている。
「あ、お……おかえりなさい、キース様。もう用事は済んだのですか?」
「……ああ」
変なことを口走り、気持ち悪がられてはいないだろうかと考えてから、ふと自分の裸を見られている現実に気がつき、身体を隠すように湯船の中で身を縮めた。
キースは何をするでもなく、戸口で立ったまま彼女を見つめている。彼の視線が肌にささるようで痛い。
「あ、あの……キース様、何か、用ですか?」
「自分の妻を見ることに、何か理由がなければいけないのか」
「ないのかもしれませんが、でも」
昨夜、散々見られているとはいえ、恥ずかしさが無くなったわけではない。
彼は服を着ていて自分は裸でいるということに、居心地の悪さを感じてしまう。
そういえば、昨日の彼もシャツをはだけさせてはいたものの最後まで脱ぐことはしなかった。
乱れたのは、自分だけ。
「まだ出ないのだったら、私が洗ってあげようか?」
「い、いえ……あの、もう」
「そうか、だったら拭いてあげよう」
彼は真っ白いバスタオルを片手に告げてくる。
「あ、あの……自分で出来ますから」
「早く出ておいで、リディア」
にっこりと微笑んでいるキースを見て、リディアはこれ以上抵抗したところで無駄だと判断し、バスタブから身体を起こした。