そしてまた、執事が頼んでもいないのに紅茶を給仕する。 「紅茶は、もういらないです」 「失礼しました。それではミルクを用意いたしましょう」 「そういう意味では……」 「休憩をなさってくださいませ」 「え?」 「あまり根を詰めますと、お体に障ります」 そう告げてくる執事に、彼が心配をしてくれているのかと思えた。 「ありがとう……でも、私、身体は丈夫だから」 「そうはいきません。旦那様からのご命令ですので」 「キース様の命令?」 ホットミルクと小皿に乗せられた数枚のクッキーが運ばれてくる。 彼が、今ここにいなくてもいるような感覚は不愉快ではなかったが、心の奥がつきんと痛んだ。 疼く感じに胸元をかきむしりたくなる。 ――彼は自分の為だけに存在する王子様ではないのに。 たとえばキースが甘いお菓子の国の王子様だとしても、自分は魔女だと思えた。錆びた鎖を持つ、魔女。 リディアが、じっとクッキーを見つめていると、執事が声をかけてきた。 「クッキーはお嫌いでしたか? プディングでも用意させましょう」 「いらないです、クッキーは嫌いじゃないですから」 慌ててクッキーに手を伸ばし、口の中に入れた。 彼女が食べなければ、食べるまで執事がお菓子を出し続けてくるような気がしたからだ。 いったいキースはどんな命令を彼にしているのだろうかと心配になってしまう。 「……美味しいです」 リディアの言葉に、執事はただ頭をさげるだけだった。 彼が給仕したホットミルクに口をつけ、ふっと息を吐く。 「少し、眠くなりました」 「おやすみになられますか?」 「……でも」 「旦那様がお戻りは、まだ先だと思われます」 「そうなの? じゃあ、午後に出かけるのは無理そう?」 「夕方までずれ込むかもしれませんね」 予定が変わったのかと思ったが、詳細を聞いても仕方がない。 何も言わずに立ち上がると、メイドがドレスを脱がせるために近寄ってきた。 食器を片付けている黒髪の執事にちらりと視線を送ると、彼が「いかがなさいましたか?」と聞いてくれる。 「あのね……今日のお出かけはやめましょうって、キース様に伝えて欲しいの」 「体調が優れませんか?」 「いいえ、私じゃなくて、キース様が昨日からお休みになってないと思うので」 「……かしこまりました。お伝えします」 「ありがとう、よろしくね」 彼は一礼し、食器の乗せられたワゴンを押すメイドを伴って退室していった。 本が欲しかったのは、キースを遠ざけたかったからだ。 ひとりぼっちだと思うと甘えたい気持ちが出てしまう。 もともと一人で過ごしていたから大丈夫な筈なのに、キースが傍にいると自分が変えられていくような気がした。 愛されてないのに、彼が欲しいだとか傍にいて欲しいだとか思ってしまう。 ちくちくと胸が痛んだ。柔らかい場所に、針が刺されたような感覚に思わず胸を押さえると、彼女の体調が悪くなったのか心配したメイドたちに囲まれてしまった。 過剰とも思える反応に、リディアは慌てて告げる。 「だ、大丈夫だから」 黒髪の執事といい、メイドといい、いったいキースはどんな命令をしているのだろうかと思ってしまうほど彼らは過保護に思えた。