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隷属の寵愛 19

 リディアがベッドに入り、ややあってから執事がやってきた。
「奥様、胸が苦しくなったと聞きましたが」
「……だから、大丈夫だって言ったのに」
「念のために医者を――」
「大丈夫です」
 彼の言葉を遮るようにしてリディアが言うと、執事は頭をさげた。
「旦那様に先ほどの件、お伝えしましたところ了承されました」
「ありがとう」
「その代わり、奥様が読まれたい本をリストにするよう言われておりますので、お聞かせ願えないでしょうか」
「あぁ、そうなの?」
「はい。すぐに用意出来る物であれば買いに行って参ります」
「えぇっと、じゃあね……」
 本のタイトルを数冊あげると、彼はメモをとる。
「……あと、あの……」
「はい」
「……あ、ううん。なんでもない」
 キースがつけているペンダント。
 滅びた国の銀貨であるなら、その国に関した書物もあるのではないかと思ったが、それを執事に言えば当然キースに筒抜けになってしまう。
 そもそも、滅びた国に対して思い入れがあるのではなく、贈り物である可能性のほうが高いのだから、知ってどうしようというのか。
 執事は俯いているリディアを見つめながら、持っていた黒い手帳をぱたんと閉じた。
「他に何か、読みたい本があるのですか?」
「え?」
「僭越ながら、私から奥様にご結婚のお祝いとして何かプレゼントをさせていただきたいと思います」
「……でも」
「旦那様には、内緒で」
 あまり表情を変えない黒髪の執事が初めてにこりと笑う。
「内緒だなんて、いいの?」
「はい」
「じゃあ、あのね……キース様がつけていらっしゃるペンダントを知っていますか?」
「はい、昔、モデリア島に存在していたセブラン王国の銀貨でございます」
「そのセブラン王国に関する書物があるなら、読んでみたいの」
「――セブラン王国の……で、ございますか」
「無理ですか?」
「……あぁ、いいえ……」
 黒髪の執事はほっそりとしたラインの顎に手を置くと、少しだけ考えるような様子をみせたがすぐに返事をする。
「かしこまりました。もしかしたらお時間がかかってしまうかもしれませんが、探してみますのでお待ちいただいても宜しいでしょうか?」
「はい」
「それ以外の本に関しましては、おそらくすぐに手に入るかと思います」
「ありがとう。あのね……もうひとつお願いがあるの」
「はい。どういったことでしょうか」
「これは、キース様の了承をいただいてからでいいんですけど、ちょっと大きめのぬいぐるみが欲しいの」
 彼女の言葉に、執事は少しだけ首を傾げた。
「ちょっと大きめのぬいぐるみですか? ちょっと、というのはどのくらいのサイズでしょうか」
「これくらいの」
 リディアは座っている自分の目の高さで手を止める。
「結構大きいですね。ぬいぐるみの種類は何がいいのでしょうか。クマやウサギなど、ご希望があるかと思いますが」
「クマがいいわ」
「かしこまりました。では、そちらの件に関しましては旦那様に話を通しておきます」
「……あの、さっきのセブラン王国の件は」
「判っております。私、クライヴ・アンブラーの名誉と誇りにかけても、旦那様には話しませんので信じてください」
「そ、そこまでのことでもないんだけど」
 戸惑う様子を見せたリディアに、黒髪の執事は微笑む。
「つい、うっかりでも、けして言わないということでございます。奥様」
「う、うん。お願いね」
「他に何か、ございますか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました。それでは、失礼いたします」
 恭しく頭をさげると、彼はリディアの部屋を出て行った。
 彼――クライヴは、キースにぬいぐるみの件をどんなふうに話すのだろうかとリディアは考えた。
 そして幼い花嫁が願ったことを、キースはどう受け止めるのだろう。やはり子供だと思うのだろうか。
 けれどそれでいい、子供だと思われて、子供扱いをされるほうが無理をしないぶん楽だ。
 彼が妻としての役割を求めていない以上は、極端なことをするくらいで丁度良いのではないかと思えた。

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