――そう。 逆に、キースの容貌が並程度であれば、こんなふうに色々と考えずに済んだのかもしれない。と、リディアは先導するように歩いているメイドの後ろ姿を見ながら考えていた。 彼はおとぎ話の絵本に出てくる王子さながらに乙女心を揺さぶるほどの美貌の持ち主で、遠くから鑑賞をするだけであれば申し分のない相手だった。 キースほどの美貌と地位を持っていれば、彼の妻になりたいと願う女性は多い筈で、それなのにわざわざ男爵家の娘を妻にしたのは何故だろう。 しかも、年の離れた自分を選んだのは何故? 天蓋の幕がおろされたベッドの上で寝転んでいても、リディアはそんなことばかりを考えて、落ち着かない気持ちにさせられていた。 そして、乳母のマリベルに「粗相のないように」と言われたことが、プレッシャーにもなっていた。 天井に向けて手をかざすと、左手の薬指には白銀に輝く指輪がはめられている。これと同じ物がキースの指にもある。 夫婦の証。 こんなふうに突然夫婦となるのが結婚というものなのだろうか。リディアは溜息を漏らした。 あの日、舞踏会でたくさんの人の中で具合を悪くしたリディアに声をかけてきたのがキースだった。 深窓の令嬢と言われるほど良いものではなかったけれど、リディアはあまり人前に出ることがなく、いつも屋敷の中で本を読んだり刺繍をしたりする日々を過ごしていた。 五人兄妹の末ということもあり、上の姉のように期待されていなかっただけに、父親のバンフィールド男爵としても今回の縁談は青天の霹靂というものだっただろう。人前に出るのが苦手でワルツの下手な末娘が、コルトハード伯爵夫人になろうとは。 『大丈夫ですか? 顔色が悪い』 壁の花になっていた彼女に手を差し伸べてきたキース。 彼の周りはやたらと光っているように眩しく思えた。 銀色の前髪は目にかかるほど長く、その向こうで輝くヘイゼルグリーンの瞳は初対面の彼女に向かって甘やかすような色で瞬いていた。 そのときは彼がコルトハード伯爵だとは思いも寄らず、ただ親切な紳士が声をかけてくれたのだというくらいにしか思ってなかった。 風にあたるために、広いバルコニーでふたりきりで話をしているときも、相手が男性であるということをのぞけば親しみやすいとリディアは感じた。 『きみは私をどう思う?』 そういえば彼は不思議な質問をしてきた。 初対面だというのに『どう思う?』と聞いてきた彼の真意は計り知れなかったが、リディアは『素敵な方だと思います』とそれこそ型にはまった返事をした。 まさかそれが結婚に繋がったとは考えにくかったけれど、ヘイゼルグリーンの瞳はいっそう甘く煌めいていた。 何故? どうして? 疑問はそのときから募っていたように思えた。 初対面であるのに、まるでそうではないように見つめてくる彼の瞳。 懐かしむような、愛おしいものをみるような――そんな輝きを孕んだ瞳の色に、心臓が音を立てた。
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