王冠をかぶった女王、そして跪いている騎士。 騎士の肩に剣のみねを置く様は、騎士叙任式だと思われた。 ぼんやりと見ていれば、それはまるで絵本の中の出来事のようであった。 女王と騎士の関係は判らなかったけれど、永遠の忠誠を誓わせ、それに従う騎士を見ていると「やめて」と大声で叫びたくなった。 永遠だなんて、そんなのは単なるエゴだ。自己満足に彼を付き合わせるのかと叫びたかった。 自分の立場を利用して、誓わせているだけではないのか。 誓わせておきながら、彼女は何も彼に与えることが出来ない立場だというのに。 ――永遠という名の鎖で、縛り付けないで。 「……リディア? 大丈夫か」 頷く彼女に、キースは微笑み頭を撫でた。 「どうして私を花嫁にしたんですか……」 「愛しているからだよ」 「……嘘です……そんなの」 「私の感情は私しか判らない筈。それで何故おまえが否定をするのかな」 くくっと彼は笑う。 けれども、相反するようにリディアは黙り込んだ。 「酷くしたから愛情を疑っているのか」 「違います」 「すまない、リディア」 謝らないで欲しかった。 結局、自分は偽りの花嫁なのだから。 鈍い光を放っている銀貨。 紋章が書かれた面の裏側は、女王の横顔が描かれていた。 ****** 大きな窓から朝日が差し込み始めた頃、キースは出かけていった。 「二時間くらいでお戻りになると思います」 食後に本を読んでいるリディアに紅茶を給仕しながら、執事のクライヴが声をかけた。 「……キース様がどうされているかの報告は、いらないです」 「失礼いたしました」 リディアは本にしおりを挟むとぱたんと閉じる。 「大丈夫よ、クライヴ。私は逃げ出したりはしないし、子供が出来たらちゃんと産むわ」 「……そうですか」 「さがっていいです。用事があれば呼びますから」 リディアの言葉に、クライヴは一瞬何か言いたげな表情をしたが、すぐに頭をさげる。 「かしこまりました」 クライヴが部屋から出て行くのを見届けてから、彼女はソファに置いてあるクマのぬいぐるみを抱きしめた。 今部屋にいるメイドたちも、全員さがらせたかったが、そんなことをすれば逃げ出すのかと疑われてしまうだろう。 逃げないと宣言しているのに、そうするのかと疑われるのは心外だったから人のいる部屋の中で、ひとりで過ごさねばならなかった。 クマのぬいぐるみを抱きしめながら彼女は目を閉じる。 女王と対峙していた騎士の姿がぼんやりと浮かんでくる。 軍服のような立て襟のフロックコートは美しい群青色で、スタイルの良い彼に似合っていた。 背中を向けているから彼の顔は判らないけれど、痩身でありながら男らしさを感じる体付きに羨望の眼差しを向けてしまう。 そうだ、自分はあの騎士に憧れていた。 際立って美しい彼は憧憬の的だったけれども、自分はいつも彼の背中ばかりを見ていた。 手を伸ばすこともかなわないような相手。 けれど……。 『あなたはワルツが下手ですね』 花が綻ぶような笑顔で彼は言い、彼女と踊ってくれた舞踏会。手袋越しの体温に胸が震えて余計にうまく踊れなかった。 彼が自分を哀れんでそうしてくれたのだと判っていても、踊ってくれたことが嬉しかった。