「けほっ」 喉が疼いて咳が出る。それが二度、三度と続き息苦しさで目が覚めた。 「大丈夫か、リディア」 背中をさすられていることに気が付き、視線を動かすとそこにはキースがいた。 「……あ、おかえりなさいませ、キース様」 「あぁ、ただいま。咳はもう大丈夫か? 辛くはない?」 「咳?」 彼に言われて、咳をしたから目が覚めたのだと気づかされる。 「はい、大丈夫です」 「……やはり一度、医者に診てもらった方がいい」 「そうですか、判りました」 逆らっても仕方がないとリディアは思い、頷いた。 身体をクマのぬいぐるみから起こすと、肩にかけられていた厚手のストールがずり落ちてしまいそうになり慌てて手で押さえる。 「このストールは、キース様がかけてくださったのですか?」 「ああ、そうだよ」 「ありがとうございます……」 ふいにキースの手が伸びてきて、リディアの頬に触れた。 「少し熱いな、熱があるのかもしれない」 「いいえ、大丈夫です」 熱があるというよりは、少しだけ顔が火照った状態になっていたから彼にはそう感じられてしまうのだろうとリディアは思った。 けれど、キースは険しい表情をして彼女に言う。 「駄目だ、寝なさい。すぐに医者を呼ぶ」 「は、はい」 たいしたことはないと思えたが、厳しい口調で言われて着替えたばかりのドレスを脱がされるとすぐさまベッドに寝かされる。 「クマと寝たいんだったら、今後はベッドで一緒に寝なさい」 クマのぬいぐるみを隣に置かれて、小さく頷いた。 「はい、申し訳ありません」 リディアの部屋は、さがらせた執事のクライヴが医者を連れて戻ってきたり、メイドが落ち着きなさそうに動き回っていたりして慌ただしい様子になっていた。 ベッドの隣に立っているキースも何やら難しい表情でいるから、自分はそんなに重病なのかとまだ診断結果が出ていないのに思わされるような雰囲気であった。 「とくに何か異常があるというのでもないですね。ご結婚されたばかりで少しお疲れになっているのかもしれません」 医者は彼女の体感どおりの診断をくだす。 「そうか」 キースは小さく溜息を漏らした。 「何もなければそれでいい。よかった」 彼は彼女の寝ているベッドに腰かけ、何度もリディアの頭を撫でた。 「身体は丈夫なほうですよ、キース様」 「ああ、その話は聞いたけれど」 だったら過剰なまでに身体を心配する理由はなんだろうか。と彼女は考えた。 「……そうですね、私は子を産むかもしれませんものね」 漏らしたリディアの言葉に、キースは眉根を寄せる。 「もう、いい加減にしてくれないか。何度言えば判るんだ? 私はおまえを愛している。愛している者の心配をするのに、どうして理由が必要なんだよ。何故信じてくれないんだ、私はそんなに信用出来ない男か」 「も、申し訳ありません」 「謝って欲しいわけではない、信じて欲しいだけだ。おまえが私を愛していなくても、私はおまえを愛しているんだよ」 彼の言葉にリディアが黙ってしまうと、キースは悲しげな表情をする。 「……判っている、おまえの意思を考えず、ただ伯爵の地位を利用して結婚させたことはすまないと思っている。だけど私には、おまえという存在がこの世にあると知りながら何もせずにいられるほどの寛容さはない」 名残惜しそうに一度彼女の頭を撫でてから、キースは立ち上がった。 「何かあれば呼んでくれて構わないが、今日はもうここには来ない。ゆっくり休みなさい。それから、メイドの数が気になるのであればさがらせてもいいが、クライヴはさがらせないように……いいね?」 「はい、キース様……勝手なことをしてすみませんでした」 「次から気をつけてくれればそれでいい」 天蓋の幕をおろさないまま、彼はリディアの部屋から出て行った。