そして今日は、メイドも天蓋の幕をおろそうとはしない。 「落ち着かないようであればおろしますが、いかがいたしましょう」 ベッドの傍までクライヴが来て、リディアに訊ねた。 「あ、いいえ、このままでいいです。ただ、おろさないのかなと思っていただけなので」 「プライベートルームにこれだけの数の使用人がいるということはあまりないので、奥様がゆっくり出来ないのではないかという、旦那様のお考えでいつもはおろしております」 「そうだったの」 「奥様に不自由なことがないようにと、私どもはお部屋にいますが、通常は呼ばれたとき以外は使用人がプライベートルームに立ち入ることは許されておりません。気に入らないようでしたらメイドは全員さがらせますがいかがいたしましょう」 落ち着かないのは確かだったが、かといってクライヴとふたりきりというのも余計に落ち着かないと思えたので、リディアは首を振った。 「時期が来れば、私も含めて使用人がこうして待機することもなくなります。しばらくは我慢をしていただくことにはなりますが……」 いつもより雄弁に語る黒髪の執事に彼女は何度も頷いた。 「それから、奥様。私から贈らせていただく"結婚祝い"の品が手に入りましたがお持ちしてもよろしいでしょうか」 クライヴの言葉に、とくんと心臓が跳ねた。 「……は、はい。お願いします」 「かしこまりました」 恭しく彼は頭をさげて部屋から出て行った。 ふぅっと彼女は溜息を漏らす。 キースを怒らせてしまった。 感情のままに怒鳴り散らすというものでもなかったから、余計に胸が痛んでしまう。 あんなふうに言われてしまえば、愛されているのかもしれないと思えるから切なくて涙が溢れそうになる。 『きみはワルツが下手だな』 キースとの出会いの舞踏会――。 バルコニーでひとときのお喋りを楽しみ、いくらか体調が回復したリディアをダンスに誘い、告げてきた彼の台詞を彼女は思い出すと、あの夜のことが鮮やかによみがえってきた。 『す、すみません、もともと上手くはないのですが……』 『大勢の人の中では緊張する?』 『……はい』 『可愛らしいね。だったら、ふたりきりになれる場所へ行こうか?』 『またバルコニーに行くのですか?』 彼女の言葉に、彼はヘイゼルグリーンの瞳を細めて笑う。 『すまない、今の台詞は聞かなかったことにして欲しい』 彼となら、もう少し一緒に話をしたいと考えていたのでリディアは残念に思った。 光を身に纏っていると感じてしまうほど、目映いばかりの美しさを持つ青年。 一番上の兄より少しだけ年上だろうかと考えている彼女の手の甲に、彼が口付けてきた。 『私は、キース・コルトハード。また後日お会いしましょう』 彼と世界を共に出来るのであれば、素直に嬉しいと感じた。 結婚のことも、驚いたり戸惑ったりはしたが嫌だとは思っていない。 彼がずっと傍にいてくれるのなら、自分は幸せだろう。 (幸せ……) 役目だの役割だのと騒ぎ立てなくても、たとえば遠く離れても彼が存在してくれれば幸せだった筈なのに――。 (彼……?) また意識が混濁しているように思えた。 今、自分は誰のことを考えていたのだろう?
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