「奥様、お待たせいたしました」 クライヴが黒髪を揺らしながら彼女のもとへと戻ってきた。 彼に手渡された箱を開けると、中にはセブラン王国の本が入っていた。 「ありがとう、クライヴ。とても嬉しいです」 「いいえ」 「……読んでもいいかしら」 「ご自由になさってください」 箱から本を取り出すと、リディアはぱらりとページを捲った。 歴代の国王の肖像画や彫刻などが紹介されていて、セブラン王国最後の国王として、女王が描かれていた。 滅びた国だとキースは言っていたが、それはここ最近の話ではなく数百年単位での話だった。 青い海に囲まれたモデリア島は、現在はイングリッド領となり、観光地化されていた。 「モデリア島に、キース様は行かれたことがあるんですか?」 顔を上げてクライヴに訊くと彼は頷いた。 「はい、何度か。私も同行させていただきましたが、モデリア島はとても美しい島です。ただ、遠いので、ここ最近は行かれておりません」 「……そうなのね」 「キース様のペンダントにつけられている銀貨は、一番始めに行ったときにご購入されたものになります」 「購入?」 「銀貨はレプリカです。お土産品ですね」 「ご自分で購入されたものなんですか?」 「さようでございます」 「そう……」 だとしたら、何故彼はレプリカの銀貨を大切なものだと言うのだろうか。 クライヴの話を聞いているだけだと、そんなには思い入れがあるように思えなかった。 ――そしてもっとも謎なのは自分の頭の中にある映像。 セブラン王国の女王が存在した世界に、自分もいた。 女王に忠誠を誓う、美しい騎士。 彼に永遠を誓わせた女王。 ふたりを"見ていた"自分が今ここに存在するのなら、ふたりもどこかにいるのだろうか? (騎士様は、もしかしたら……) そう考えてしまうと胸が苦しくなった。 永遠の世界。 繰り返し続いているから、探し求めている。 自分が持つ、錆びた鎖はどこに繋がっているの。 リディアは大きく溜息をついた。 ****** あれから、キースとの会話が激減した。 食事は一緒にとっていたが、それ以外は別々に過ごす日々が続いている。 もともとアプローチをしてくるのは彼のほうだったから、彼が話しかけてこなければおのずと会話はなくなるものではあった。 しおりを挟んで本を閉じると、リディアはクライヴを見た。 「散歩に出掛けてもいい?」 「……町にお出掛けですか?」 「ううん、屋敷の庭園でいいの」 「かしこまりました、それではご一緒させていただきます」 「ありがとう、クライヴ」 視線を動かせば、クライヴに気づかれてしまうから彼女は俯いた。 キースの部屋に繋がっている扉。 彼は今、向こうにいるのだろうか。 この部屋を通らなくても外には出られるから、彼がどこにいるか判らない。 こういう形を望んでいたのは自分だったけれど、実際にそうなってしまうと寂しく感じるのは我が儘なのだろうか。 伯爵家の大きな玄関を出て、パラソルを開く。 心地よい風がリディアの髪を撫でていった。
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