隷属の寵愛 30
「いい天気ね、クライヴ」
「さようでございますね」
「ごめんなさい、付き合わせてしまって」
彼女が振り返ると、クライヴは姿勢を正したまま返事をした。
「いいえ、とんでもございません」
コルトハード伯爵家の庭は手入れが行き届き、たくさんの花が咲いていた。
ふわりと花の甘い香りがする。
「立派なお庭ね」
「先代は花がお好きでしたので、その名残でございます」
「そうだったのね……キース様はお好きではないの?」
「好きでもなければ嫌いでもないといったご様子です」
「……そう」
白い花に視線を落とし、リディアが見つめているとクライヴが話を続けた。
「もともと何かにひどく執着されるという方ではないのです」
「え? あ、そうなのね」
「旦那様がそういった様子をみせたのは、モデリア島と奥様だけです」
「……そう」
彼女が俯いてしまうと、クライヴは頭をさげる。
「申し訳ございません。出過ぎたことを言いました」
「大丈夫よ、クライヴ。私もキース様のことは大好きです」
にこりと笑うリディアに、クライヴも小さく笑った。
けれど。
出しゃばったまねをしないクライヴが、何か言わずにはいられなくなるほど、自分とキースとの溝は深いのかと思えて内心穏やかではなかった。
望まれていないと判ってはいても、夫婦である以上このままの状態でいれば、使用人たちが不安がるだろう……。
「……今夜と明日のキース様のご予定は?」
「はい、明日の早朝はお出かけになりますが、それ以外のご予定は何も入っておりません」
「ありがとう……今夜は、その……キース様のお部屋で寝ようかと思います」
「かしこまりました。旦那様にお伝えしておきます」
「う、ん……お願いね」
早朝に出掛けるのはどうやら毎日のようだった。
一時間から二時間の予定で、彼は出掛ける。
心がもやもやした感じになったが、メイドにもクライヴにも詳細は知らせるなと言ったのは自分だったからそのことを今更聞けなかった。
錆びた鎖がひどく重く感じる。
この鎖がどこに繋がっているのか知りたくても、鎖は途中でぼやけて見えなくなっていた――。
******
その夜。
食事を終えるとメイドに着替えさせられ、夜の身支度が整った。
夕食時のキースも今までと変わることなく話しかけてはこず、自分は彼の部屋に行ってもいいのだろうかと思わされた。
怯む気持ちが生まれたが、クライヴに部屋の扉を開けられてしまうと「やっぱり行かない」とは言い出せなくなり、キースの所へ行くためにその扉をくぐった。
彼の部屋に入ると、控えているメイドはいなかった。
そして、クライヴも部屋に入ってくることはなく、一瞬ここは別世界なのではと錯覚に陥るほどだった。
明かりの落とされた部屋の中でキースが話しかけてくる。
「ぬいぐるみは持ってこなくてもいいのか」
「え? あ、も、持ってきます」
慌てて踵を返す彼女の背中に彼は言葉を投げつけてくる。
「冗談だ。早くこちらにおいで」
大きなソファに悠然と座っているキースは、隣をぽんと叩いた。
「はい……」
薄暗い部屋の中でも、キースの周りにはぼんやりとした光が見えた。彼女が近づくとその光が強くなり、いったいなんだろうかと思わされた。
「何?」
「い、いいえ」
キースの隣に座るなり、彼に抱き寄せられた。
「おまえのほうから来たってことは、抱いてもいいんだろうね?」
「はい」
「それを望んでいるのか」
「の、望んでいます」
「では、脱いで」
「……はい」
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