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隷属の寵愛 6

 そうこうしているうちに、キースが戻ってくる。
「コルトハード家の食事はくちに合うかな? リディア」
 真っ白いシャツを羽織り、さきほどより随分ラフな服装ではあったが、彼の気品といったものは少しも失われてはなく、余計な装飾がない分本来の美しさが際立つように見えた。
「とても、美味しいです」
「そうか、よかった」
 大きくシャツが開いている彼の胸元からは、細い鎖のペンダントが見えていた。
 ペンダントトップの小さなコインに目がいく。
 銀色のコイン自体には見覚えはなかったが、そこに掘られた紋章にはどことなく見覚えがあるような気がした。
「おまえは随分と小食のようだね」
 テーブルに並べられた料理の残り具合を眺めながら言う彼に、リディアは告げる。
「……とてもではないですが、こんなにたくさん食べきれません」
「全部は食べなくてもいいけどね」
 くくっと彼は笑い、彼女の隣に腰を下ろすと、執事は何も命じられてはいないのに二人分の紅茶を用意し始める。
「リディア」
「は、はい」
「可愛いね」
 肘掛けの上で頬杖をつきながら艶然とそんなことを言うキースに、リディアはいったい何を言い出すのだろうかと頬を染める。
 こういうとき、場慣れしている女性であれば上手に切り返すのだろうがリディアにはそれが出来なかった。
 そして、彼は彼女にそう告げることで何か試しているのだろうかとも少しだけ思えて困ってしまう。
「リディアは、葡萄が好きではなかったか?」
 彼女が困っている間に話題は変わる。
「葡萄――ですか? 嫌いではないですけど」
 とりたてて好きというものでもなかったからそう返事をしたに過ぎなかったが、キースはやや落胆した表情を見せる。
「……そうか」
 ヘイゼルグリーンの瞳が、手つかずの葡萄を見つめていた。
 黙って見つめている彼の様子が何故だか悲しげに見えてしまい、申し訳ない気持ちにさせられる。
「……あの、ごめんなさい」
「謝る必要はないよ」
「でも……」
 彼の期待に応えることが出来なかったのは事実のように思えた。
 落ち込む様子をみせる彼女に、キースは微笑む。
「リディア、おいで」
 ふたりの距離はそう空いていないというのに、彼は片手を広げてリディアを招く。
 彼女がほんの少しだけ距離を詰めると、腰を抱かれキースの身体に引き寄せられた。
「私は生涯、おまえを離さない」
「……どうして?」
「愛しているからだよ」
「……愛?」
 出会ってから何度目の愛の言葉だろうか。おそらくは言われないよりは言われたほうがいいのだろうと思えても、彼の言葉が真実だとは考えられなかったからリディアはどう受け止め、返事をすれば良いのかが判らない。
 気持ちがこもっていなくても、自分もキースを愛していると返事をすればいいのだろうか? 
 それは彼の望むことなのだろうか?
 リディアが俯いてしまうと、キースの指が彼女の頬を撫でた。
「ずっと私の傍にいるのは嫌か?」
「嫌じゃないです」
「では、永遠に」
 かちゃ、と陶器の音がする。
 執事が淹れた紅茶が、花の絵が描かれたカップの中でゆらゆらと揺れている。
 司祭の前で誓い合った永遠の愛を再び約束させられようとしていた。
 今、彼女の頭上には重たい豪奢なティアラはなかったけれど、何故かあのときとは違って言葉がうまく出てこなかった。
「おまえが私を愛していなくても、構わない」
 余裕のない様子で笑ってから、キースはリディアから身体を離した。
「せっかくの紅茶が冷めてしまうね」
「……キース様」
「飲みなさい」
 また、彼の期待に応えられなかったのではないかと思えた。
 愛している。
 傍にいる。
 そしてそれは永遠なのだと、おうむ返しのようにさらりと言ってしまえばよかったのに、言えなかった。

 呪縛。

 ふいにその二文字が心に浮かび、ぞっとさせられた。

 
  
  

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