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隷属の寵愛 8

「……いや……だ」
 涙が溢れる。
 自分の傍にいて欲しい。少しも離れていて欲しくない。
 けれど何故そんなふうに突然思ってしまうのか理解出来ない。
 彼を好きだとか愛しているだとか、そんな実感がないままに、キースを欲する感情に心が揺らされた。
「リディア?」
 天蓋の幕が捲られ、キースが姿をみせる。
 心が彼のほうへと引き寄せられるのに、その感覚を自分の中に押し込めて隠したいと思う気持ちも生まれてリディアはキースから顔を背けた。
「どうした。寂しくて泣いていたのか」
「……寂しく、ないです」
「そうか、ならいいんだけどね」
 キースはベッドに腰掛けて、リディアの頭を撫でた。
「すまない、リディア」
 彼の謝罪が結婚に対してのことだと判り、リディアは首を振った。
「本当は、寂しいのだろう? 突然こんなふうに家族と離ればなれにさせられて」
 キースのその言葉に、リディアは思わず白い頬を朱色に染めた。
 寂しくて泣いていたのか? と聞かれたとき、彼女は彼と別々に寝ていることだと思ってしまい、一瞬『なんて意地悪を言うのだろう』とも感じてしまった自分を恥じた。
 濡れた頬を指で拭ってから、リディアはキースのほうを向く。
「心細いとは思いますが、寂しくはないので大丈夫です」
「そう強がるな」
「子供扱いしないでください……私は確かに、あなたから見れば子供かもしれませんけど」
 彼女の言葉に、キースは笑った。
「子供扱いしているように感じてしまうのなら謝るよ、すまなかった。だけど私はおまえを子供だとは思っていない」
 リディアは、ちらっと濡れた瞳で彼を見る。
「……十歳も離れているのに?」
「逆に、おまえがそういうふうに言うってことは、おまえが私を年寄り扱いしているのかなと思ってしまうのだけれど」
 整髪剤で整えていない彼の前髪が、さらさらと柔らかそうに揺れる。
 美しい銀色の髪、ヘイゼルグリーンの瞳は甘やかに輝き、形の良い唇は艶やかで触れたくなってしまう。
 整った彼の顔立ちは、どちらかと言えば女性的なのに、首から下のラインは男性的だった。
 くっきりと浮き上がった鎖骨は芸術的と言えるほど美しく、ほんの少しだけ見えている胸部はほどよい筋肉がついているように思えた。
 それは彼だけがそうなのか、他の男性もそうであるのかは彼女には判らなかったけれど、そんな美しい肉体を持つキースを年寄りだなんて思えない。
「キース様を年寄りだなんて思っていないです」
「そう……だったら、欲情するか?」
 聞き慣れない言葉だった為、何をキースが訊いてきたのかが彼女には判らなかった。
 けれど、彼が白いシャツのボタンをひとつ、またひとつとリディアの視線を意識するようにゆっくり外していく様子を見て、本能的に"誘われている"と感じてしまった。
 寒くもないのに、ぶるりと身体が震え、堪らなく触れたいと考えてしまう。この感覚を欲情するというのだろうか。
 キースの長い睫が揺れた。
「今、おまえが感じているように、私もおまえに対して感じているよ?」
 同じような感情を抱いているのなら、触れてもいいのだろうかとリディアが少しだけ彼の傍に寄る仕種をみせると、キースが口付けてきた。




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