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秘め恋 〜その手が奪うもの〜   10

 

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「もー朝かぁ」
 ベッドの中でもぞもぞと動き、桃花を背後から抱きしめながら宮間は言った。
「眠れない夜は長いのに、こういうときはあっという間だな」
 自分の身体に回された逞しい腕が解けていくのも、もうすぐなのかと思うと桃花は寂しい気持ちにさせられた。
 彼の腕にそっと触れる。この感触を忘れないようにしたいと願っても、離れてしまうと温かかったことしか思い出せなくなるのだろうか。
 桃花が宮間の手の甲に触れようとしたとき、それを避けるようにして彼の腕が彼女の身体から離れ宙に浮いた。
「んーとね……ごまかすの嫌いだからはっきり言うね。俺、手に触られたくない人なの」
「え? あ、ご、ごめんなさい」
「左手はとくに」
「そうなんですか……」
「桃ちゃんだからってわけじゃないからね?」
「あ、はい」
「腕は大丈夫」
 そう言って宮間は浮いていた腕を彼女の身体に戻した。
「なので、手を繋ぐとかは無理なので」
「……」
「腕を組むのはOK」
「は、はい」
「どーしても触りたい、なんてことはないと思うけど、そういうときは手で触らなければ大丈夫」
「え?」
「キスはOKだよ」
 宮間の手の甲が目の前にかざされる。
 しろという意味なのだろうかと桃花は思い、彼の腕をそっと引き寄せ、甲に口づけた。
「……どうして駄目なのかって、聞いてもいいですか?」
「敏感すぎて、触れられることが不愉快に感じちゃうのですよ」
「不愉快? あ、そうなんですね……じゃあ、嫌ですよね、触られるの」
「うん、右手だったら多少は我慢出来るけど、左手は無理」
「左手で何かに触るのは大丈夫なんですか?」
「触るのは大丈夫。対象が手でなければ」
「……ふぅん……そうなんですね」
「触るのも触られるのも手が無理ってだけの話だから」
「……」
 よく判らないと思いながらも、人には感覚の差があるのは当然で、宮間の場合それが極端な場所があるという話なのだろうということで桃花は納得をした。
「左手で桃ちゃんに触るのは全然平気だよ」
 彼はそう言って彼女の頭を撫でた。
 わざわざそんな言い方をするのは、うぬぼれてもいいのだろうかと桃花は少しだけ思っていた。
  
(宮間さん……好き)

 背中に彼の温度を感じながら、桃花は心の中で呟いた。
  憧れていた男の身体に抱きしめられているのかと考えたら胸が切なくなり、いつまでもこの時間が続けばいいのにと祈るような気持ちが湧いた。
 だが、桃花は小さく息を吐く。
  ────何かが許されたわけではない。身体に触れることを許されてもそこに何か意味があるわけでもないだろうにと。
  
  
  ******
  
  
 宮間を好きだと思う感情は、まるで心の奥深い場所で彼が棲みついてしまったような感覚がある。温かい感覚と、物悲しい感覚の両面を持ち合わせてそこに存在する彼。
  
  以前は彼が社内にいて、その姿を少しでも見られたら満足出来たのに、宮間に抱かれて以降は見るだけでは物足りないと思うようになってしまっていた。触れたいと、手を伸ばしてしまいそうになる。
  桃花はその感情を持て余し、息苦しさを覚えていた。
  
  これが、恋というものなのだろうか。
  
  コピー機の前で、彼女は小さく息を吐いた。
  あの腕の中で生きられたら、どんなに幸せだろう……。そんなことをぼんやりと考えてから、はっとする。
  
(こういうのを、うざいって思われちゃうのかな)

 宮間が考えることや思うこと。それが手に取るように判ったらどんなにいいだろう。彼に好きだと言われていないから余計に彼女はそう考えた。
  自分は彼に恋をしてもいいのだろうか? それは許されることなのだろうか。自問自答を繰り返しても、何ら答えは出てこなかった。
  
「友枝さん」
 呼ばれて振り返ると、そこには同期入社の安藤がいた。
「今日の飲み会出席する?」
「あ、うん……安藤君は?」
「俺も、出席する」
 今夜はこのフロアの人間で親睦会を開くことになっていた。
  部は違うが、話しかけてきた安藤もこのフロアの人間だった。
「本当は同期会とかやりたいんだけど、なかなか時間とれなくてね」
「ああ、そうなの?」
「友枝さんも残業続きだっただろ?」
「……う、ん。でもここのところは定時で上がってるの」
「そうだったんだ」
 安藤はひとなつっこそうな瞳をしながら微笑んだ。
「それを知ってたら食事にでも誘ったのに」
「……え?」
「じゃあ、また後でね」
 彼はにっこりと笑って、デスクへと戻っていった。
  
  動き出すときは、全てが一度に動き出す。
  そんな印象を桃花はもった。
  
(宮間さんは……今夜の親睦会に出席するのかな)

 盗み見るようにして隣の部署をそっと覗いても、宮間の姿をとらえることが出来ず桃花はしょんぼりとコピー機に向き直った。
  
  
  あの夜の戯れからまだ一週間も経たないというのに、身体の奥が彼を求めるように疼いていた。
  欲しいと明確に感じるものは彼の身体、そして切なげな声。
  自分を組み敷く男の表情を見たいと考えてしまうと身体がぞくりとした。
  
  だけど。
  
  宮間の心まで欲しいと思ってしまうのはやはり過ぎたことなのだろうか。
  
  彼のことを考えると、子宮の奥が疼くように心の奥のほうも甘く疼いていた。


  

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