****** 親睦会の会場となっている居酒屋に到着すると、既に到着していた安藤に手招きされる。 「友枝さん、こっち」 「……あ、お疲れ様です」 安藤の隣に座り、頭を下げると彼は笑った。 ざっと桃花が辺りを見回しても、宮間はいなかった。 「誰か探してる?」 そんな様子を鋭く安藤に指摘され、桃花は慌てて首を振る。 「いえ、その……他には誰が来ているのかなと思って」 「んー、同期だったら、吉永さんも来るみたいなことは言ってたな」 「え、そうなの?」 だが、吉永は桃花がフロアを出る頃にはもう姿はなく、ロッカールームでも見かけることがなかった為、不参加なのかと彼女は思っていた。 「社内には……もう、いなかったような」 「念入りに化粧でもしてるんだろ?」 安藤はそう言って、ふっと笑った。 「化粧? あ……」 「何?」 「……遅くなったらいけないと思って急いで出てきたから化粧直しをしてきてないな……って」 「ああ、そうなの? でも、必要ないんじゃない?」 必要ないとはどういう意味だろうかと桃花はふと思った。 化粧直しをしたところで綺麗になるわけでもないから、する必要はないという意味なのだろうか? 確かに化粧をしたからといって劇的に変わったりはしないけれども……。 思わず俯いてしまうと、安藤が慌てたように言った。 「いや、ヘンな意味じゃなくて、友枝さんは吉永さんと違ってがっつりメイクじゃないから、直さなくても大丈夫だよって意味だったんだけど」 「……大丈夫、でしょうか?」 ちらりと桃花が安藤を見上げると、彼はにっこり笑う。 「友枝さんはそのままでも十分可愛いし」 「え、あ……の、可愛くはないですよ」 「可愛いですよ?」 安藤はくくっと笑った。 からかわれているのだろうか、と彼女は思う。 宮間といい、安藤といい、可愛いとは言うものの具体的にどういう部分が可愛いとは言わない。 “どこが”と言ってもらえれば、少しでも自分に自信がもてるのに。 「やっぱり、あの、化粧直しをしてきます」 慌てて立ち上がろうとする彼女を制するようにして、安藤が桃花の左手を掴んだ。 「いいって、もうすぐ人も集まっちゃうだろうし、乾杯のときにいないのはおかしいよ」 左手に触れる安藤の体温。 安藤を嫌いではなかったが、何故か左手に触れられることを不愉快に感じてしまう。桃花は日頃何かに対して大きく不愉快だと思うことが少なかった為、そうされてざわざわとする自分の感情が不思議に思えた。 体温が嫌だと感じるわけではない、手の質感が嫌だと思うわけでもない。それなのに正体の判らないものに畏怖の念を抱く。 思わず、悲鳴を上げてしまいそうになるほどそうされ続けることが嫌で堪らなかった。 「……あ、ゴメン……ね?」 安藤は人なつっこく彼女に微笑みかけ、その手を解いた。 繋がれていた左手同士が解けて、桃花は安堵の息をつく。 「わ、私のほうこそ、ごめんなさい」 たかが手を握られたぐらいで、安藤に判るぐらい自分は不愉快そうな表情をしてしまったのだろうかと思い、彼に謝罪した。 「お疲れ様ですー」 男性社員に紛れて、吉永がやってきた。 宮間もその男性社員の集団の中にいて、今日初めて見た彼の姿に桃花はほっとした。 安藤は吉永に声をかけることなく黙っていて、桃花は首を傾ける。 「吉永さんは呼ばないの?」 「呼んでも来ないよ、あいつは」 彼はそう言って薄く笑った。 実際、吉永は桃花たちの存在には気がついていた様子だったがこちらには見向きもせず、重役クラスが固まっている席についた。宮間と共に。 「世渡り上手っていうのか、なんていうのか……でも絶対にあいつの腹の中だけは見たくないな」 ぽつりと言う安藤に桃花は聞く。 「世渡り上手なら、いいことじゃないかなって思うんですけど」 「友枝さんの腹の中なら覗いてみたい気がする。なんか綺麗できらきらしてそう」 「……きら……きら……はしてないですよ、綺麗でもないし」 一度でいいから抱いてくれと、宮間に言うぐらいの人間が綺麗なものかと彼女は思った。 「結構、腹黒いです」 「腹黒い友枝さんとか、見てみたいな」 「安藤さんって変ですね」 その桃花の言葉に、彼は笑った。 「変かな、まぁそれでもいいけど」 ひとつを手に入れたら全てが欲しくなる、こんな自分が美しい筈がない。 少し離れた席に座っている宮間を見ながら彼女はそんなふうに考えた。 どんな自分になれば、彼にも全てが欲しいと思ってもらえる人間になれるのだろうか。 それとも、そんなふうに思ってもらえる日はこないのだろうか……。 「友枝さん、ビール大丈夫だっけ? 何か別のものを頼む?」 乾杯の音頭がとられてから、安藤は彼女に聞いてきた。 「ビールでも、大丈夫です」 「ん、そっか。料理もこっち側で食べたい物があったら言って、取るから」 「あ、ごめんなさい、気が利かなくて……こっちの何か取りましょうか」 「そうだなぁ、じゃあ、唐揚げを取ってもらっていい?」 「はい」 桃花は小皿に唐揚げを取り分け、彼に渡した。 「この居酒屋の唐揚げって美味いんだよね」 「そうなんですか?」 「うん、生姜がきいてて俺は好き」 「じゃあ、私も食べてみようかな」 「そうしな」 彼はにこりと微笑み、ビールの入ったグラスに口をつけた。 「友枝さんってどんな食べ物が好きなの?」 「私ですか? んー……」 「イタリアンがいいとか、和食が好きとかさ」 「あ、イタリアンのほうが好きかな……パスタ料理が好きです」 「なるほど、パスタね。美味しいパスタ料理の店を知ってるから、今度食べに行こうよ」 ふいに誘われ、桃花はどうしたものかと考え、ちらりと宮間のほうを見たものの、彼が吉永と食事に行ったという事実を思い出すだけだった。 「……えっと、そう……ですね」 「本当? じゃあ、次の土曜日とかどう? 日曜でもいいけど」 「あ……日曜日は予定が……土曜も、ちょっと都合が悪いです」 「そっか、だったら会社の帰りとか……定時で上がれる日があったらまた誘うよ」 「ごめんなさい」 「いいよ」 日曜日はもともと大学時代の友人と逢う予定が入っていて、土曜日は特に用事はなかったが、もしかしたらという淡い期待があって予定を組むことが出来なかった。 ────もしかしたら……などということが起こるのだろうか? 何度でも求めると宮間は言ったのに、あの夜以降誘われることがなかった。 自分から誘うことは許されているのだろうか?? どうとも判断が出来なくて、時間ばかりが過ぎていっている気がした。そして時間が経つごとに、彼の温度を忘れてしまっている感じがしてそのことも彼女を寂しくさせた。 本当にあれが、最初で最後なら、忘れたくないのにと。
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