「……贅沢ですね」 桃花は薄暗い感情を払拭して微笑んだ。 「何が?」 「宮間さんを独り占めしちゃってる、この時間です」 「そんなふうに言うんだったら、それは俺も同じことだよ?」 彼女がちらりと彼を見上げると、宮間は魅惑的な笑みを浮かべた。 「信じないの?」 「……私は馬鹿なので、そう言われてしまうと……身の程をわきまえずに信じてしまいますよ?」 「いいよ、だって嘘じゃないし。身の程をわきまえずにってのは意味が判らないけどね」 桃花が俯くと、宮間は彼女の耳元で囁いた。 「身の程をわきまえていないのは、俺のほうだよ……しかも君の全部を支配したいと思ってるし」 支配と言われて桃花の身体の奥が、じくりと疼いた。 「私の全部を渡して、傍にいてもらえるんだったら」 「全部、くれる?」 耳朶に、つっと舌を滑らせながら聞いてくる彼に、桃花は小さく頷いた。 「………………私、ずっと……宮間さんの傍に、いたいです」 消え入りそうな声で言う彼女を抱き締め、彼は囁いた。 「もっとちゃんと言って」 「傍に、いさせて下さい……」 「うん……傍に、いてよ」 止まり始めていた涙がまた溢れた。 彼を好きだと思う気持ちが大きく膨らみ、その感情にも支配された。 恋はただ温かく柔らかな感情で構成されているものであると思っていたのに、今、胸にある恋心は痛みの割合が多いように思えていた。切なくて痛い。彼の優しい声も言葉も、何故かひどく胸が痛んで、だけどその痛みに溺れていく。 (恋ってこういうものなの?) どきどきと胸が小さく音を立て、僅かな会話に胸を躍らせ、その姿を少し見かけるだけで淡い感情に心が揺らされるのが恋だと思っていた。 それなのに。 こんなにも激しい感情が本当に恋というものなのだろうか。哀しくても嬉しくても、泣けてしまうこの感情が、本当にそうなのだろうか……。桃花はそう感じていた。 「桃花」 彼の唇が彼女の唇に触れる。 濡れた舌が誘うように桃花の唇を割り、舌同士がひたりと触れ合い絡み合う。 「ん……ぅ」 宮間は手を彼女の腰に添え、下から突き上げた。 「ああっ……ゃ、ん」 「ごめんね……我慢出来ない」 「あ……っ、ぁ、あ」 バスルームに響く淫猥な水音と甘えるような嬌声。 漏れる吐息に下腹部が知らず、締まる。 「ああ、それ、いい……桃花」 「ん……ぅ、宮間……さ……」 揺らされる身体の中心で出し挿れされる熱い塊。消えることなく湧き上がってくる快感に桃花の意識が乱された。 「ふ……ぁ、や、ん」 「気持ちいい……桃花、ン……好きだよ……誰にも、渡さないから」 「み、やま……さ、ぁっ……あぁ」 「ずっと、俺を好きでいて……君が、俺を……」 囁かれた言葉は最後まで聞き取ることが出来なかった。貪られた身体は貪り返すように相手を求め、どこまでも深いところまでお互いを求め合い、果てるまで身体を揺らし続けた。 ****** 「明日も仕事だから、さすがに寝かせないと駄目だよね」 ベッドの上で桃花に身体を寄せながら宮間が言う。 「……私はともかく、宮間さんはちゃんと寝ないと駄目ですよ……お仕事、忙しいんですから」 「俺は一日ぐらいだったら寝なくても全然平気な人」 「ああ、そうなんですか?」 「うん」 タオルケットを引き寄せ、それを桃花にかけながら彼は微笑むが、ふいに真顔になる。 「……安藤は……駄目だよ」 「え?」 「同期でも、気を許したりしないで」 「あ、は、はい…………あの」 「うん」 「どうしてって、聞いてもいいですか?」 「それを俺に言わせるの?」 黒い瞳を妖艶に輝かせて彼は笑った。 「理由は、ふたつあるんだけど……」 前髪をかき上げてから宮間はゆっくりと口を開く。 「ひとつめは、あいつは君に気があるから」 「え? そんなことないですよ」 「なんでそんなことないって言い切れるのか理解出来ないな」 「だって、ちょっと仲良くはしてくれますけど、今までそんなの言われたことがないです」 「……告白されるまで気がつかないって言うのは無防備にもほどがあるんじゃないのーって思うけど」 「無防備?」 「食事に行く約束しちゃったりとかさ」 「……食事……は……それは宮間さんだって」 「俺が何?」 「吉永さんと行くじゃないですか」 「……吉永……」 「だから、私の同期で、営業三課の……」 「ああ、あの黒い子か」 「黒い……? 色白だと思いますけど」 「俺が吉永と食事に行ったから、君も安藤と食事に行くの?」 宮間は、ふっと小さく笑う。 「それで君は、自分を護れるの?」 彼の指が桃花の頬を滑る。 「それとも君は安藤ともしたいと思ってるとか」 意地悪く微笑む彼に、桃花は首を振った。 「わ、私は…………安藤君相手に、そんなふうに思ったことはありません」 「……向こうは思っているよ? 君を欲しがってる。そんなの見てれば判るんだけどね」 欲しがっていると言う彼の言葉が釈然としなかったが、手を握られて不愉快に感じてしまったのはその辺りのこともあるのだろうかと桃花は考え、自分の左手を見つめた。 「ふたつめは……安藤は、俺の親戚だから」 「え?」 彼女が顔を上げると、宮間は微笑んだ。 「安藤は、俺の母方の遠縁にあたるんだよね」 「そうだったんですか?」 「うん、そう。だから、駄目だよ? 気を許したら」 だから、の意味が判らなかったが桃花は小さく頷いた。 「……安藤に限らずだけど、触れさせるのは……駄目」 頬を撫でていた彼の右手の人差し指が、桃花の手の甲へと移動する。 「あ……は、はい」 「俺は、嫉妬深い男だよ?」 ふふっと彼は笑い、彼女を抱き締めた。 「……それを言うんでしたら、私だってそうです」 ぽつりと言う桃花に宮間は耳元で囁く。 「君が何に嫉妬するって?」 「…………宮間さんが、吉永さんと食事に行った件は、その……」 「ああ、何も言わないから、何とも思ってないのかと思ってた」 「私が何かを言う権利がないから、言わないだけです」 「ふぅん? 権利ねぇ……そういうのって結構感情でものいう部分だと思うんだけどね」 彼の唇が、桃花の耳朶を滑る。 「……まだまだ、俺は……君に好かれていないってことなのかな」 「す、好きです」 「もっと愛してよ」 低い声が鼓膜をくすぐり愛撫されたように桃花の身体が痺れた。 「……もっと愛して。君の感情は可愛らしくて心地良いけど、でもそれじゃあ全然足りないよ」 歩き始めたばかりの恋心に感情が乱され自制がきかなくなっているのに、彼はこれ以上何を求めるというのだろうかと桃花は一抹の不安を感じていた。
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