「じゃあ、後でメールしてきてね」 ロッカールームの前で宮間は桃花に言い、ふたりは別れた。 宮間と別れてから、桃花は思わず息を漏らす。好きだと言われたのに、何故こんな気持ちになってしまうのだろう。甘い夜を過ごした筈なのに、不安になってしまうのはどうしてなのだろうか。彼の表情ひとつで。 ロッカールームの扉を開けて中に入ると、吉永が既にいてロッカーの扉についている小さな鏡に向かって化粧をしている最中だった。 「おはよう、友枝さん」 「あ、お、おはよう……」 「宮間さんの声がしたみたいだったけど」 「……う、うん」 桃花はどう答えて良いか判らず、曖昧に返事をして自分のロッカーを開けた。 「昨日と同じ服装よね」 吉永の声に桃花の心臓が跳ねる。 「えっ、あ、う、うん……」 「宮間さんとお泊まり?」 「……う、ん」 「ああ、そう」 リップブラシで丁寧に唇に色をつけながら、鏡越しに吉永は桃花を見た。 「何、あなたたちって付き合ってるの?」 「つ……きあってるのかな……」 「私が聞いているんだけど?」 口紅をしまうと、今度はグロスをポーチから取り出しそれを吉永は塗り始める。 「なんだ、あの人がセックスOKの人だって判ってたら、この前食事したときにホテルに誘ったのにな」 制服に着替えている桃花をちらりと見ながら吉永は言うが、彼女からの返事はなく小さく舌打ちをした。 「いい男を捕まえたのに、何暗い顔してるのよ」 「く、くら……、あ、ごめん、なさい」 「まぁ、せいぜい逃げられないように頑張れば?」 ポーチからマスカラを取り出し、吉永は長い睫にそのブラシを滑らせた。 「頑張るって、どうやって?」 桃花の問いに、吉永は肩をすくめてみせる。 「しらなーい。知ってたら、その方法で私が宮間さんをゲットするわよ」 彼女の返事に、それもそうだと桃花は考え小さく息を吐いた。 「……でも、付き合ってないんだったら、まだ私が割り込むチャンスはあるのかしらねぇ」 薄く笑いながら言う吉永に、桃花は顔を上げる。 「だってねぇ? 彼、イケメンだし、御曹司だし、美味しいとこばっかりじゃない? 一瞬付き合うだけでもだいぶイイ思いさせてくれそうだし」 「え……御曹司って?」 二本目のマスカラを手に取り、吉永は振り返った。 「え、何、知らないの? あの人、社長の息子よ」 「本当に?」 「嘘ついてどうすんのよ」 吉永はちらりと桃花のロッカーの中を見て微笑む。 「最近、鞄が新しくなったわよねぇ? 今のうちにがっつり貢いでもらうといいわ。あぁ、羨ましい」 それから何事もなかったかのように吉永は鏡に向かって化粧を続けた。 胃の辺りがずっしりと重たい感じがする。 朝に食べたサンドイッチがうまく消化出来ないのだろうか。ポーチに入っていた筈の胃薬が無く、補充し忘れていた自分に桃花は溜息が出た。 まだ化粧を続ける吉永より先にロッカールームを出て胃薬をもらいに総務へと向かった。 「胃が痛いの? 大丈夫?」 対応した総務部の仁科《にしな》が桃花を気遣うように聞いてくる。 「……大丈夫です、ちょっと……苦しくて」 「顔色悪いね、最近は残業減ったみたいだけど、友枝さん忙しかったから体調崩しちゃったのかな?」 「……昨日飲み会だったんで、飲み過ぎたのかもしれません」 「そう? 無理しないでね」 「ありがとうございます」 胃薬を受け取りながら桃花は苦笑いをした。 残業をしなくてはいけなかったのは、自分の能力が劣っていたからで、気遣われることではないと桃花は思っていた。
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