「友枝さん、おはよー」 男の声がして振り返ると、安藤がいた。 「あ、おはよう……」 「ん? なんか顔色悪い?」 「うん、その……昨日、飲み過ぎちゃったみたいで、胃がちょっと」 「そうなの? 大丈夫か」 長身の彼は少し身を屈めるようにして桃花を覗き込んできた。 宮間の遠縁だという安藤。 よく見れば、宮間に似ているような感じもした。 「総務で胃薬もらってきたから、大丈夫」 「そうか、大丈夫ならいいんだけど」 そう言って安藤は人なつっこく微笑み、身体を起こした。 「……その、安藤君って宮間さんの親戚なんですってね」 「え?」 桃花の問いに、彼は瞬きを数回してから首を傾けた。 「……それ、誰に聞いたの?」 「あの、宮間さん……から」 「ああ……そう」 彼は首の後ろを掻きながら、小さく言った。 「俺が彼の親戚ってこと、あまり言って欲しくないんだ」 「そうなの?」 「親戚だって知られたら色々面倒で嫌なの」 「……面倒って、どういう……」 「社長の親戚筋ってだけで、目の色を変えるような女子もいますので。まさかもう言っちゃった? 吉永とかに」 「ううん、言ってない」 「あぁ、良かった」 彼は仰々しく息を吐いて、桃花に微笑んだ。 「内緒、ね」 「……うん」 「ところで、なんでそんな話を宮間さんとしたの?」 「えっ? あ、うん……話の、流れで……」 「ふぅん……」 安藤は顎に手を置き、うっすらと瞳を細めた。そんな表情は宮間に似ているような気がして桃花の胸がどきりと音を立てる。 「なんだろ、なんで、あの人そんな話を君にしたのかな……」 「う、うん……判らないけど」 「理由がありそうなんだけどね」 ちらりと桃花を見て、安藤は首を傾けた。 「…………胃、が」 「うん?」 「痛いです」 胃がきりりと痛んで、桃花は思わず腹に手を当てた。 「え? あ、大丈夫? 朝から具合悪いんじゃ、今日は帰ったほうがいいんじゃないのか」 「…………飲み会の次の日に、会社休むとか、駄目です」 「君って真面目なんだか、頑固なんだか判らないよね。んー、薬はもう飲んだのか?」 「まだ……です」 胃薬の小袋を彼に見せると、安藤は苦笑いをした。 「水でよければあげるよ」 そう言って彼は手に持っていたミネラルウォーターのペットボトルを彼女に差し出した。 「でも……」 「飲みかけとかじゃないから安心して?」 「あ、そういう意味じゃなくて……悪いから」 「いいって、そのかわりあまり心配させないで。本当、顔色が悪いよ」 安藤はそう言うと、桃花にペットボトルを手渡し歩いて行ってしまった。 買ったばかりだと思える、ひんやりと冷たい水のボトルが彼女の手の中に残される。 (……社長の……息子さん……) ペットボトルの中にある透明の液体が、ゆらりと揺れたような気がした。 『ずっと、俺を好きでいて。俺が……どんな人間でも』 どんな人間でも、というのはどういう意味だったのだろうか。社長の息子であってもという意味なのだろうか、それとも全く別の意味?? 本当に自分は彼を好きでいてもいいのかと、根本的なことでまた心が揺るがされていた。宮間が時折見せる無関心そうな表情が桃花にそんなふうに思わせてしまっていた。
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