****** 昼休みに、桃花がコンビニで昼食を選んでいると安藤が声をかけてきた。 「友枝さん、食欲……は、あるのかなぁ?」 彼女が手に持つ、小さなヨーグルトをじっと見ながら彼は言う。 「昨日食べ過ぎているからこれぐらいでもいいかなって……あと、おにぎり買おうかなとは思ってるんだけど」 「食べ過ぎってほど昨日は食べてないと思うけど? まぁ…………誰かと二次会に行ったのなら話は別だけどね」 探るような物言いをする安藤だったが、桃花は少しだけ首を傾ける。 「安藤君は二次会に行ったの?」 彼女の問いに、安藤は苦笑いを浮かべた。 「ああ、俺? うん、同じ部の人とカラオケに行ったよ」 「カラオケかぁ、いいですね」 「友枝さんってカラオケ好きな人なの?」 「たまに行きたくなりますね、いっぱいは歌えないけどちょっとしたストレス発散にもなるから」 「そっか、じゃあ行こうよカラオケ」 「え? あ……」 返事に迷う様子の彼女に、安藤はにっこりと微笑んだ。 「他のヤツも誘ってさ。皆で行こうよ」 「皆で……うー……ん……」 安藤とふたりきりでないならいいのだろうかと桃花は少し考えた。 「来週の金曜日とかどう?」 「ごめんなさい、今すぐは予定決められないです」 「何で?」 彼は笑いながら桃花を覗き込んでくる。 「それって、宮間さんが俺を親戚だって君に話したことと関係しているのかなぁ?」 「……あ、う……ん」 「ふーん」 安藤は僅かに目を細めると、彼女が手にしていたヨーグルトを取り上げた。 「近くの公園で、一緒にランチしよ」 「え??」 「おにぎりどれ買うの?」 「安藤君、あの……」 「梅干しでいい?」 にこりと彼に微笑まれて、桃花は思わず頷いてしまった。 「ときどき、公園で飯喰ったりするんだよねぇ」 木のベンチに腰掛けながら安藤が言った。 「オフィスの中で閉じ込められてると息が詰まってくるんだよね。俺って田舎育ちだから」 「……そうなの?」 「うん、コンクリートで覆われた世界って苦手」 ペットボトルのお茶をひとくち飲んでから、安藤は桃花を見て微笑んだ。 「宮間さんも、中学までは同じ村にいたんだよね」 「そうなんだ」 「今はどうか知らないけど、昔は身体が弱かったから婆様んちに預けられてたって聞いたなぁ。実際、両親はずっと東京にいたしね」 「宮間さんが身体が弱い? そうなの?」 「って、俺は聞いてる。昔の話ではあるけど」 「……そう」 「で」 「うん?」 「君と宮間さんの関係は何なの?」 ぱりぱりとおにぎりの包みを剥きながら聞いてくる彼に、桃花は困ってしまった。 「付き合ってたりするの?」 「……どうなのかな」 好きだとは言われたが、付き合おうとは言われていない。だから桃花は吉永に聞かれたときと同じように曖昧に答えた。 「んー、じゃあ、聞き方を変えようか。君は宮間さんを好きなの?」 「……う、ん」 「やめときなよ」 即座に言う安藤に、桃花が見上げると彼は笑った。 「今がどうでも、最後は泣かされることになると思うから」 「泣かされる?」 「宮間さんが俺のことをどんなふうに君に吹き込んでるか知らないけど、あの人だって大概だし」 おにぎりをひとくちかじってから、安藤は息を吐いた。 「ふ、吹き込むって、宮間さんは安藤君の悪口を言ったりはしてないですよ」 「ふぅん? じゃあ、どんなふうに言ったの?」 「あの……それは」 「近寄るなとでも言われた?」 「……近寄るなというか、気を許さないでとは……その、言われて……」 「ふーん、ああ、そう。気を許すなとか随分だな」 「ごめんなさい」 「いや、友枝さんが謝る必要はないんだけど。とりあえずおにぎり食べなよ」 彼はにっこりと微笑み、桃花に言った。 「あ、う、うん」 風がそよぎ、ざわざわと木が揺れ葉の擦れるような音がする。 爽やかな空気の流れではあったけれど、安藤の隣にいる居心地の悪さを桃花は感じていた。 「そんなに警戒しないで、別に何かしたりしないから」 前髪を僅かに揺らして安藤が言う。 「友枝さんと仲良くしたいって気持ちはあるけどね」 「仲良く?」 「うん、そういうのも駄目なのかな」 「……仲良く……はしたいけど」 「じゃあ、いいじゃない? 宮間さんがどんなふうに言ったって君の人生は君のものなんだし」 「それは、そうなんだけど……」 「気を許すなっていうのなら、俺じゃなく宮間さんのほうがよっぽどだよ」 ふっと溜息を漏らす安藤に桃花は恐る恐る聞いた。 「安藤君と宮間さんは仲が悪いの?」 「別に仲は悪くない……でも、なんか、あれこれ裏でやられちゃうとね。なんなのっていうふうには思うよね」 「あれこれってほど何か言われたわけじゃないですよ」 「どうかなぁ、友枝さんは宮間さんの味方だしな」 「……本当に、悪口は言われてないから……」 「そう? 優しいんだね、君は」 「本当に言われてないんですよ。だって、宮間さんはむやみに人の悪口を言わないでしょう?」 「まぁね、あの人、他人に無関心なところがあるからな。良くも悪くも思わないってのがホントだと思うけど」 「……む、無関心?」 「自分が興味を持たない人間のことは覚えないからね」 彼の言葉に、何度言っても宮間が吉永を覚えないことを思い出し桃花の心臓が跳ねた。 『嘘ではないよ、記憶に残る行動をしてくれないと、俺は君のことだって覚えておけないし?』 自分もいつか、彼に忘れられてしまう日が来るのだろうか。 ふとしたときに宮間が見せる無関心そうな表情が彼女の胸を痛めさせた。 「……俺は君を泣かせたくないよ」 安藤がぽつりと言う。 「哀しい顔はさせたくない」 彼の言葉に、泣き出してしまいそうな感情を必死に押し殺し桃花は黙っておにぎりをかじるしかなかった。
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