「さてと、俺は先に会社に戻るね」 食事を終えた桃花を見てから安藤は立ち上がった。 「一緒に戻ってもいいんだけど、宮間さんに見られると余計な波風がたちそうだし?」 そう言って彼はベンチに座ったままでいる彼女を見下ろした。 「あ、そうだ」 スーツの内ポケットから名刺入れを取りそこから一枚名刺を出すと彼はその裏側にペンで番号を書いた。 「俺の携帯番号を教えておくね。何かあったら電話でもメールでもしておいで。まぁ、何もなくてもしてきてくれれば嬉しいけど」 名刺を桃花に渡しながら安藤は微笑んだ。 「あ、あの……」 「例えば、宮間さんのことで何かあったら」 彼の言葉に、名刺を返そうかと悩んでいた彼女の思考が止まる。 「力になれるかは判らないけど、情報をあげることは出来るかもしれない」 「……情報?」 「うん……あと、それから」 「うん?」 「宮間さんには手を握られないようにしたほうがいいよ。特に……左手」 「……手? どうして?」 「自分の中に秘めた思いがあったり隠し事があるならね……じゃあ」 安藤は桃花の問いには答えずに、公園から出て行ってしまった。 宮間が触れられたくないと言った手。握られないほうがいいと言う安藤。一体どういうことなのだろうかと桃花が考えてみても答えは見つからなかった。 彼に手渡された名刺に視線を移す。 宮間を思う自分の心はどこにいけばいいのだろうかと彼女は思った。 彼のことを知らなすぎる。社長の子息であったということや身体が弱かったこと、もしかしてそれは現在進行形であるかもしれない。誰よりも宮間を知りたいと望んでいるのに彼の情報は他人から言われて知るほうが多くて哀しくなった。 自分が彼を好きになる権利はどこまであるのだろうか。 感情は以前より大きく膨らんで宮間を欲する気持ちで心の中が揺れている。だけどその感情を引き留めようとする力が内側からも外側からも働いているような気がしていた。 安藤より少し遅れて会社に戻った桃花は、主《あるじ》のいない宮間のデスクをちらりと見る。 昔身体が弱かったのなら今はどうなのだろうかと彼女は、ふと考えた。自分の胃を押さえながら、ほんの少し身体が不調でも心身共に弱ってしまうのに、他人から身体が弱いと言われてしまうぐらいのものであるのならどれだけの負担を強いられているのだろうかと考えると胸が痛む思いがした。 「桃?」 背後で声がして、彼女が驚いて振り返ると宮間が立っていた。桃花と目が合うと彼はにっこりと微笑む。 「今日は、外で食べてきたのか?」 「あ、は、はい。宮間さんは、その……ご飯、食べましたか?」 「ん? 食べたよ」 「そうですか、良かったです」 「どういう意味? 何が良かった?」 宮間は少しだけ首を傾げた。 「その……ちゃんと食べられているようで、良かったなぁって意味です」 「変な子だね。朝ご飯を一緒に食べている筈だけど?」 「あ、そうか……そうですね」 「……逆に、そういう言い方をするってことは君が調子悪かったりするのかな」 「私は元気ですよ」 桃花が微笑むと彼もつられるようにして微笑んだ。 ────自分は最後まで彼の傍にいることは出来ないかもしれないけれど、彼が歩いて行く道の先には温かくて柔らかな世界が広がっていて欲しいと、宮間のふわりと花開いたような笑顔を見て彼女は思っていた。
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