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秘め恋 〜その手が奪うもの〜   22

 


「……どうかしたの?」
 宮間は桃花をじっと見ている。
「え?」
「元気ですって笑う割には、なんかちょっと元気がないような気がするんだけど」
「いいえ、めちゃめちゃ元気ですよ」
「んー……」
 僅かに目を細め、探るような表情になった彼に桃花は微笑みかけた。
「お腹いっぱいで、ちょっと眠いからそう見えてしまうのかも知れません」
「そうか……睡眠が足りてないか」
「え、あ、はい」
「ごめんね」
 そんなことを言って宮間が微笑むものだから、桃花は顔が赤くなってしまった。
「い、いえ……全然……その……宮間さんこそ……ちゃんと寝て、身体を休めて下さいね」
「ああ、うん。俺は別に寝なくても大丈夫だけど」
「駄目ですよ」
「君に叱られるとは思わなかったな」
 くすっと彼は笑った。
「あ、ごめんなさい……」
「じゃあ、元気になれるように」
「はい?」
「今日の夜、何か美味しいものでも食べに行こうか」
「でも」
「いいでしょ?」
 桃花は無意識に胃を押さえる。元気だと彼には言ったものの体調は完全ではなかった。
「────胃が痛いの?」
 彼女の様子を見ていた宮間がそんなふうに言うと、桃花は慌てて胃を押さえていた手を下げた。
「ちょっとだけ、です」
「今日ってお昼は何を食べてきたの」
「コンビニのおにぎりと、ヨーグルト……」
「それをわざわざ外で食べたの?」
 彼の瞳が細められ、追求するような口調に変わっていく。
「……たまには外で食べるのもいいかなって思ったんですけど」
「ひとりで?」
「……は、い」
「そう」
 宮間は腕を組みながら、じっと彼女を見つめている。
「ん。じゃあ、今夜は薬膳粥の食べられるお店に行こうか」
「え?」
「それとも、今日は早く帰りたい? 俺は君と一緒に過ごしたいけど」
 彼の言葉に桃花は顔を赤くさせた。
 そんなふうに言われてしまっては嫌と言えない。
「帰りが遅くならないようにするから」
「……は、い」
「うん、ありがとう。ごめんね、無理強いして」
「いえ、そんな」
 彼女も彼と過ごしたいとは思っていた。だけど恥ずかしさと言うことをためらう気持ちが重なって口には出来なかった。
「じゃ、また後で」
「はい」
 桃花は頭を下げて自分のデスクへと向かった。

 誘われて嬉しいとすんなり言えないもどかしさを彼女は感じていた。疲労感は身体にあったが彼と過ごせると考えるだけでも幸福だと思えるのにその感情を表現出来ない。
 心に膨らむ恋情はやはり何かに引き留められているように思えた。自信のなさからくるためらいの感情のせいなのか、他の人間から得る情報に揺らされているのかは判らない。彼の姿を見ればその身体に縋りたくなるぐらい宮間が好きなのに、好きだと思う感情が自分の全てにはならずに一歩退いてしまう部分もあるように感じていた。
 デスクに置かれているミネラルウォーターのペットボトルを桃花は見つめた後で自分の左手に視線を落とした。
『宮間さんには手を握られないようにしたほうがいいよ』
『自分の中に秘めた思いがあったり隠し事があるならね』
 安藤に言われた言葉を心の中でゆっくりと繰り返す。あれはどういう意味だったのだろうかと桃花は思った。
 隠し事というのであれば、さきほど安藤と昼を共にしたことはまさにそれであり宮間が知ったら彼はどう考えるだろうか。
 秘めた思いは宮間への恋心? これも宮間が知ったらどう思うだろうか。言葉で伝えている好きという思い以上の感情が心の奥底で引っかかっているのだと、彼が知ったらどう受け止めるだろうか? 迷惑に思うだろうか……それとも。
 宮間が興味のないような表情をするときがあるから、どんな言葉も口にすることが少し怖いと思えていた。だけどそれではいけないとも思えた。何故ならば多少振り回されるぐらいのほうが面白いというふうに彼が言っていたからだ。

 振り回すことが出来ていないから、彼はときどき無関心そうな顔をするのだろうかと桃花は考えていた。
 

  

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