****** 仕事が終わり、ロッカールームで着替えていると吉永がやってきて桃花に声をかけてきた。 「お疲れ様」 「あ、お、お疲れ様」 「……あなたね」 「うん?」 何か言われるのだろうかと身構えていると、じろじろと桃花を見た後で吉永が口を開いた。 「お化粧直しはしたの?」 「一応は……」 「目の下のクマが全然隠れてないわよ。身体弱い作戦でいくのなら、そのままでもいいと思うけど」 「作戦? あ、ううん、そういうんじゃ……」 「宮間さんと食事に行くんでしょ?」 「う、うん、よく知ってるね」 「あなた、敏感肌?」 「え? 普通だと思うけど」 「ちょっと待って」 吉永は踵を返すと自分のロッカーを開け、鞄からポーチを取り出すと桃花のところに戻ってくる。 「クマは隠しなさいよ」 そう言いながらポーチからコンシーラーのスティックを取り出した。 「貸してくれるの?」 「いいわよ。それか、やってあげましょうか?」 「え、あ……」 「いいわ、じっとしていて」 吉永はそう言うとチップタイプのコンシーラーの先を桃花の目の下にぽんぽんと当てジェルネイルの施された指の腹で馴染ませていく。 「パウダーは持っているの?」 「ううん」 桃花の返事に彼女は、ふっと息を吐きながらポーチからパウダーを取り出し、ささっと桃花の顔にブラシを滑らせた。 「まぁ、こんな感じかしらね」 「ありがとう……」 「ふん、もうちょっとあなた、貪欲になったほうがいいわよ」 「え?」 「ぼーっとして、チャンスを逃さないようにしなさいよって言ってるの」 「……う、うん」 一通りのことをして満足したのか、吉永は自分のロッカーへと歩いて行った。 「吉永さん、あの……」 「早く行きなさいよ、彼、もうフロアにはいなかったわよ」 「あっ、そうなの?」 吉永の言葉に、桃花は慌てて鞄をロッカーから取り出し鍵をしめた。 「お先に」 桃花が彼女に言うと吉永は何も言わず手だけ振った。 ロッカールームを出ながら桃花は考える。 吉永は入社当時からきっちりと化粧をし、己を完璧に仕上げていた。さばさばしたところはあるけれど、悪意に満ちたものを彼女から感じたことは今までになかった。だから、宮間が吉永を黒いと言ったり、安藤が彼女を遠巻きに見ているのが少しだけ不思議に思えていた。 エレベーターを降りエントランスへ向かうと宮間が既に待っていた。 「すみません宮間さん、お待たせしました」 小走りで彼に近付くと、桃花に気付いた宮間はにっこりと微笑む。 「そんなに恐縮しなくても大丈夫だよ、俺だって今降りてきたばかりだし」 「そうなんですか? でも、吉永さんが────」 桃花は言いかけてやめる。 固有名詞を出したところで、宮間は彼女を覚えていないと言うだけなのだから。 「吉永が何?」 眼鏡の奥にある黒い瞳を桃花に向け、彼が聞いてきた。 「え? あ、吉永さんのこと、覚えたんですか?」 「ああ、うん。桃花の同期だろ? 俺が覚えてないと言うたびに君が哀しそうな顔をするから、覚えたほうがいいのかなって思ったよ。興味も関心もないのは変わらずだけどね」 「吉永さんはいい人だと思いますよ」 「ふーん? そうかな」 「さっきロッカーで、彼女にお化粧をしてもらったんです」 「そうなの? どこら辺を?」 宮間が桃花を覗き込むようにして見てくる。 「目の下にクマがあるからって、隠してくれたんですよ」 「へぇ? 彼女がねぇ?」 「いい人なんですよ。なんで宮間さんも安藤君も吉永さんをいいように言わないのかが少し疑問です」 「安藤?」 ぴりっと空気が変わったような気がして桃花はふっと宮間を見上げた。 「……今日、彼と話をしたの?」 薄く目を細めた彼の表情に、彼女はどきりとさせられた。
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