「ごめんなさい……」 これ以上の嘘はつけないと考え、桃花は宮間に謝罪する。叱られるなり怒られるなりをされるかと彼女は思っていたが彼は柔らかく微笑んだ。 「とりあえず、食事に行こうか」 「……いいんですか?」 「何が?」 「私は、宮間さんに嘘をついたんですよ」 「嘘って?」 「お昼をひとりで食べたっていうのは嘘で……私、安藤君と一緒でした」 「────そうなの?」 宮間の言葉に、それについて気付かれてはいなかったのかと桃花は思ったけれど、言わなければよかったというふうには考えなかった。 「昼に食べた物も、じゃあ嘘なんだ?」 「いえ、それは嘘じゃないです。梅干し入りのおにぎりと、プレーンヨーグルトを公園で食べたのは本当です」 桃花が言うと彼はくくっと笑った。 「ふーん」 「あ、あと……」 「まだあるの」 彼女は頷いて言葉を続けた。 「今日の朝も安藤君と話をしました。総務に胃薬を貰いに行った帰りに廊下で会って立ち話をしました」 「ああ、そう」 「その時に安藤君から水を貰いました」 「水?」 「薬を飲むのに必要だろうからって、買ったばかりのペットボトルをそのまま私にくれました」 「ふぅん」 「…………ごめんなさい。宮間さんの言われたとおりに出来ませんでした」 「うん……まぁ、喋るなとまでは言ってないけど、気を許すきっかけにはなり得るよね」 「ごめんなさい」 「と、言うか、薬を飲まずにはいられないほど調子が悪いの?」 宮間は桃花の顔を覗き込みながら聞いた。 「クマを隠して、とも言ったよね?」 「あ……はい、クマは単に寝不足だと思うんですが胃は朝から調子悪いです。でも……それも昨日お酒を飲んだせいなのかなって」 「そうか……食事は無理そう?」 「お腹は空いてます」 彼女の返事に、宮間はにこりと微笑んだ。 「じゃあ、食べに行こうか」 「はい」 歩き始める宮間の後ろを桃花はついていく。 彼を後ろから見ながら、その手を見つめる。何故触れられてはいけないのだろう、何故触れて欲しくないと言うのだろう。 触れられたくない理由については宮間から説明されて納得が出来たが、安藤の触れられてはいけない理由については腑に落ちなかった。秘めた思いや隠し事なんて誰にでもあることでそれでどうして触れられてはいけないという話になるのだろうか? 宮間がくるりと振り返り桃花を見た。 「手、繋ぐ?」 「え? 嫌なんですよね? 宮間さん」 「右手ならいいよ」 ────宮間さんには手を握られないようにしたほうがいいよ。特に……左手。 ────右手だったら多少は我慢出来るけど、左手は無理。 桃花は考える。 安藤には左手を握られてはいけないと言われた。宮間自身は左手を握られたくないと言った。 宮間の右手と手を繋ごうとした時に、自分が繋ぐ手は左手で……。 「やめておく?」 微笑む宮間に彼女は慌てて首を振った。 「宮間さんが嫌じゃないんだったら」 桃花が左手を差し出すと、彼は右手で握りしめてきた。 「今日はいちゃいちゃ出来そうにもないから、せめて手だけでも」 ふわりと笑う彼を見て、つられるように彼女も微笑んだ。 温かい皮膚の感触に少しだけ心が軽くなるような感じがする。宮間に対しての好きという感情は痛みを伴っていたりするけれど、彼がそこにいるという現実は優しく柔らかいものだった。
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