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秘め恋 〜その手が奪うもの〜   26

 

「私は……見られても構わないですよ」
 そんな桃花の発言に、宮間は静かに彼女を見下ろしてくる。
「心の中をだよ?」
「はい、構わないです」
「……そう言えるのは、決して見られることがないと考えているからだと思うけどね」
「確かにそうかもしれませんが……」
 非現実的な話ではある。
 誰かの心の中を見ることなんて不可能だ。
 だけど。
「他の人は嫌ですけど、宮間さんにだったら、例えばそれが本当でも……」
「ごめん、この話もうやめよう」
 桃花の言葉を途中で遮るようにして彼が強い口調で言った。怒鳴られたわけではなかったが思わず彼女の身体がびくりとしてしまう。
「あ……ごめん、桃花。俺から言い始めたことなのに」
「いえ……私のほうこそ、しつこかったですよね」
「……ごめん」
 宮間は桃花から視線を外すようにして顔を上げたが、その表情は色のないものだった。
 無関心や無表情というものともまた違う彼の表情に、桃花はどうしていいのか判らなくなった。

 心の中に雫がぽたりと落ちてくる。
 波もなく穏やかだった心の湖に静かに波紋が広がった。

 安藤が告げた言葉の意味は?
 宮間には何か秘密めいたものがあったりするのだろうか?
 どんなふうに考えてみても、桃花の中で答えが出てくることはなく心がざわついた。

 だけど、彼になら見られても構わないという気持ちは本心だった。宮間が言うように非現実的なことで起こりえないと思うからそう考えてしまうだけなのかもしれなかったが。

 ******

「調子が悪すぎるようなら、ちゃんと病院に行きなね?」
「はい」
 薬膳料理を扱う中華料理店に入り、宮間は桃花の為にお粥が含まれているコースメニューを注文した。
 鶏のコラーゲンスープや、少量だけ盛られた料理。点心はもともと好物だった桃花は喜んでそれらを食べた。
「お粥も美味しいですね」
「良かったね」
 にこりと微笑む彼に、彼女も笑った。
「薬膳料理ってだけで、なんだか元気になれそうです」
「他のものを食べるよりは身体にいいかもしれないけど……」
「昼よりは食欲あるので大丈夫ですよ」
「それなら、いいんだけど?」
「……宮間さんのほうこそ」
「え?」
「身体を大事にして下さいね」
 桃花の言葉に、宮間は目を細めた。
「やたらと俺の身体のことを言うよね。安藤が君に何か言ったの?」
「はい、宮間さんは昔は身体が弱かったと聞きました」
「ふぅん……弱い、ねぇ」
「違うんですか?」
「風邪をひきやすかったり、熱を出しやすかったりっていうのはあったけど、弱いっていうのとは違うかな」
「身体が弱いから、田舎のお婆様のところに預けられてたというわけじゃないんですか?」
「……それは違うな、社長夫人でもある母親が多忙で他に預けられる場所がなかったから、祖母に俺を任せたっていうのが正しい」
「あ……ああ、そうだったんですか」
「そう、だから俺の身体の心配は無用だよ」
 宮間は一通り喋ってから桃花を見つめた。
「俺が社長の息子だって知ってた?」
「それは……今日、吉永さんから聞いて知りました。すみません」
 彼女の言葉に、ふっと宮間は笑った。
「なんで謝るの?」
「知っておかなければいけないことだったんだろうなぁって……思ったので」
「そんなことはないと思うけどね」
「……でも、宮間さんのことは、なんでも知っておきたいですよ」
 ぽつりと言った桃花の言葉に彼は微笑んだ。
「ああ、なんだ、そっちの意味か」
「え?」
「この会社に勤める社員として、社長の息子だということを知っておかないといけなかったっていう意味なのかと思った」
「あ……、それも、勿論そうなんですが」
 桃花はお茶をひとくち飲んでから言葉を続けた。
「私は、宮間さんのことを何も知らないんだなって……思うと少し……」
 寂しいような気持ちになったと言うことはやめた。
 自分は何もしていないのだから情報を集めることなど出来ない。自分の無能さを棚に上げて寂しいだの哀しいだの言う権利はない。
 吉永が色々知っていたりするのは、彼女なりの努力の成果なのだろうから。
「他人から仕入れた情報が正しいとも限らないだろ」
「え?」
 何故考えていたことが判ったのだろうかと桃花は思った。
 そんな表情の彼女を見て彼は笑う。
「吉永から、話を聞いたっていうのが君の中で引っかかっているんだろう? 吉永は知っていたのに自分は知らなかった……という感情?」
「あ、は、はい」
「たまたまその件は正解だったけど、じゃあ安藤の話はどう? 田舎で育ったのは正解だけど、君が心配した身体の件に関しては正しい情報ではなかっただろ?」
「……はい」
「他人から何かを聞いても全てを鵜呑みにしてしまわないで。信じてしまう前にそれが本当なのかどうかは俺に聞いて。俺は自ら進んであれこれ自分のことを暴露したりはしないけど、聞かれたことに対しては嘘は言わないから」
「はい、判りました」
 だったら。
 あの話を聞いてもいいのだろうかと桃花は思った。
 安藤が言った、左手の話を────。



  

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