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秘め恋 〜その手が奪うもの〜   3

 

「何食べる?」
 メニューを桃花の前に広げて身体を寄せる宮間に、思わず身体をひくと彼に腰を抱かれた。
「……っ」
「魚の料理が結構美味しいよ、魚は食べられる?」
「た、たべ……っら、れます」
 しどろもどろになる彼女を気にすることなく宮間はぱらりとメニューを捲る。
「カルパッチョとかがいいかな」
「……な、なんでも……」
「じゃあ、適当に頼んじゃうよ? ワインは白でいい?」
「はい」
 店員がやってきて、料理をオーダーしている間も彼は桃花から手を離さずぴったりと寄り添い、それは料理がきても同様だった。
 免疫のない桃花にとっては目が回るような時間であり、宮間に勧められるがままに飲んだワインのせいもあってか実際にも目が回ってきていた。
 気がつけば彼に寄り添われていた筈が、桃花のほうが宮間に寄り添うような格好になってしまっていた。身体が熱く感じるのはアルコールのせいなのだろうか? と彼女はぼんやりと考えていた。
「もうちょっと食べられる?」
 彼はスプーンでひとすくいしたパエリアを桃花の口元に持ってくる。
「……お腹いっぱい、です」
「そう。じゃあ、そろそろ出ようか」
「……はい」
 永遠に続く時間ではないと覚悟はしていても、終わりをあっさりと告げられてしまって桃花は寂しい気持ちになった。
 結局、酔うだけで気の利いた会話が出来たわけでもなく彼につまらない思いをさせてしまったのではないかと彼女は考えていた。
(きっと、もう……誘ってもらえないんだろうな)
 こういうときに楽しませることが出来れば、次に繋がっていくのだろうかと思い、自分の駄目さ加減に落ち込んでしまう。

「酔っぱらっちゃった? 大丈夫? 歩けるかな」
 会計を済ませた宮間が彼女の顔を覗き込んできた。
「あ、はい、歩けます……あの、ごちそうさまでした」
「うん」
 彼はにっこりと笑い、歩き始める。
 それを慌てて追うようにして桃花も続いた。
 店の中にいるときと比べると宮間の様子が素っ気なく感じてしまい、甘い時間は終わってしまったのだと思った。

 エレベーターかエスカレーターを使って降りるのかと思っていたのに彼はそのどちらも使わず、階段を降りていく。
 宮間のほうが足が速いため、彼は踊り場で一度立ち止まって階段を降りる桃花を見ていた。
「ご、ごめんなさい、遅くて」
「ゆっくりでいいよ」
 そう言って、宮間は自分に追いついた彼女を腕に抱きながら壁際においやった。
「遅くても速くても抱きしめちゃうから」
「み、宮間……さん?」
「桃ちゃん、キス、してもいい?」
「え? あ」
 彼は桃花の返事を待つことなく、唇を彼女の唇に押しつけた。
 一瞬で終わるかと思っていたその口づけはいつまでも終わる気配はなく宮間は執拗に桃花の唇を楽しんでいた。
 桃花のほうも想像以上に柔らかく温かい感触に意識は奪われ官能の海に溺れさせられていた。
 気持ちがいいと思ってしまうから抵抗することすら忘れ、されるがままになる。
「ねぇ?」
 離れた唇が小さく動き、囁く。
「もっと一緒にいたいな」
「……は、い」
「ふたりきりになれるところに行きたい」
 桃花が顔を上げると、宮間は魅惑的に微笑んだ。
「朝まで一緒にいようよ」
 そういった経験がなくても、その彼の言葉が何を意味しているかは桃花にもすぐに判った。
 断りたい明確な理由はないが宮間は恋人ではないうえに、そうなりたいという彼からの申し出もないので、応じてもよいものなのかと迷ってしまう。
 だけど。
 全く知らない相手とするわけでもなく、ましてや宮間は片想いの相手で一度だけだとしても彼とならという結論に達する。
「私、宮間さんと……あ、で、でも」
 すんなりと応じてしまっては彼に“面白くない”と思われてしまうのだろうかと考え、一緒にいたいと言いかけてやめる。
 だけど駆け引きが出来るスキルなど彼女にはなかったから変な空気になってしまう。それを取り繕うとしてもやはりどうしたらよいのか判らず重い沈黙が桃花にのし掛かった。
「ご、ごめんなさい」
 重い空気になってしまったことを彼に詫びると、宮間は小さく笑った。
「いいよ、突然すぎたよね」
 彼女を抱きしめていた腕が解けていく。
「駅まで送るよ。桃ちゃん、地下鉄だったよね」
「え、あ……」
 素っ気なく歩き始めた彼の後ろ姿を見て、宮間に勘違いをさせてしまったことに気がつく。
 謝罪したのは断ったわけではないと言いたかったけれど、遠くなる彼の背中は弁解の余地を与えてはくれない様子で桃花は何も言えなかった。
  
  
  
  

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