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秘め恋 〜その手が奪うもの〜   35

 

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 遠くで優しい音がしている。
 柔らかいピアノの旋律。
 その音で桃花は目を覚ました。
 見慣れない天井にしばらくぼんやりとしてから自分が宮間の家にいることを思い出し、彼の姿を探したがベッドの上にはいない。
 桃花は倦怠感の残る身体をゆっくりと起こし、優しい音が漏れ聞こえている部屋へ誘われるようにして歩み出した。

(子犬のワルツ……?)

 聞き覚えのある曲に耳をすませる。
 軽快なメロディー。
  本来は聞けば楽しくなるような楽曲であるのに、何故か大きく切なさや寂しさを感じてしまい、まるでそこに演奏者《みやま》の心が投影されているようで彼女の心が揺らされた。

『身体が弱いから、田舎のお婆様のところに預けられてたというわけじゃないんですか?』
『……それは違うな、社長夫人でもある母親が多忙で他に預けられる場所がなかったから、祖母に俺を任せたっていうのが正しい』

 宮間との会話を思い出し、桃花は息を吐いた。
 両親と離れて育った幼少期、彼は何を思いながら過ごしていたのだろうか。
  
  他に預けられる場所がなかったから――――。

 寂しい。
 そう思う感情は切なくて苦しい。
 痛い、痛いと彼の心が泣いているような音に聞こえる。楽しそうには弾いていないように思えて、曲の途中ではあったものの彼女が扉をノックするとピアノの音が止まった。
  ドアノブに手をかけて中に入ると宮間が扉の傍まで来ていて、桃花に微笑みかけた。
「おはよう、桃花」
「おはようございます」
「ご飯にしようか? お腹すいているでしょう」
「……あ、はい。すみません、お待たせしてしまって」
「大丈夫だよ。時間の潰し方は知っているから」
 それはピアノを弾くことを指して言っているのだろうかと彼女が考えていると、背の高い宮間が身を屈め桃花にキスをしてくる。
「ピアノを聞きたいのなら食事の後にね。さすがにもうお腹がぺこぺこで」
「私が聞きたいって言ったのを覚えていてくれたんですね」
「そりゃあ、君の言葉だから」
 彼の手が彼女の背に添えられ、歩き出すことを促した。
 リビングに辿り着くと宮間は桃花をダイニングテーブルの椅子に座らせると、自分はキッチンへ入っていく。
「何かお手伝いしましょうか?」
「いや、いいよ」
 対面式キッチンの向こうにいる彼に声をかけると、そんな答えが返ってきた。
 手際のよさそうな様子で卵を割り、ボウルに落としたそれを菜箸でかき混ぜている。じゅっと卵がフライパンの上に流し込まれ、焼けたいい匂いがしてくると桃花のお腹が鳴った。
 現金なものだ。
 彼がいなければ食欲が無くなってしまうのに、傍にいればお腹が空く。
 人としての当たり前のサイクルが乱されても宮間の存在はかけがえのないものだと思え、彼に向ける思いが苦しいと感じることがあっても無くしてしまいたいとは考えられなかった。

 黄色いふわふわのプレーンオムレツに舌鼓を打ちながら、彼が傍にいる幸せを彼女は噛みしめていた。

 



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