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秘め恋 〜その手が奪うもの〜   37

 

「でも……お店のほうは宮間さんのお手伝いが、必要なんですよね?」
 彼はちらりと桃花に目を向けた。
「……別に、俺がいてもいなくても大差ない」
 抑揚のない口調で言われ、返す言葉が無くなってしまう。そんな様子に気が付いた宮間は微笑んだ。
「ピアノの件以外でもね、そろそろ……とは思っていたから」
「そうなんですか?」
「うん。じゃないと君が安藤に余計なことを吹き込まれてややこしい感じになりそうな気がするし」
「え、私ですか?」
「あいつ、最後に君が泣くようなことを言ってくれちゃっているようだけど」
 コーヒーをひとくち飲んでから、宮間は溜息をついた。
「あ……あぁ……公園での話でしょうか」
「うん、そう」
 彼は少し考えるような表情をして彼女に告げる。
「それから……名刺は捨てて。何回も言うようで悪いけど、俺のことで何か君が思うことがあるならそれは俺に直接聞いて」
「はい」
 桃花は立ち上がりソファに置いてある自分の鞄の中から安藤にもらった名刺を出して、それを宮間に手渡した。
「裏に書かれている安藤君のプライベートな番号は覚えてませんから」
 彼に名刺をもらったことを自分の記憶を垣間見て宮間が知っているのであれば、わざわざ告げる必要のない言葉ではあったけれども彼女はそう言った。それを聞いた宮間は小さく笑い桃花の手より名刺を受け取るとそれを破いた。
「……ごめん、こんなささいなことでもそれが君に関するものなら潰しておかないと気が済まない。嫌な人間だな、俺は」
「いいえ、でも、さっそく聞いていいですか?」
「いいよ」
「宮間さんがお手伝いしているご親戚のお店には何かあるんですか? その、安藤君が何かを言うかも知れないと危惧してしまうぐらいに」
「何かあるわけではないけど、何かあるように君に勘ぐらせてしまう方向へもっていくネタはあるね」
「どういう意味ですか?」
 彼は自分の隣の椅子をひき、立ったままでいる桃花に座るよう促した。彼女がそこに座るのを見届けてから口を開く。
「店を経営している親戚というのが女性だから。しかも仲がいい部類の」
「……仲がいいっていうのは、その、つまり……」
「いや、だから、そういう方向ではなくて」
 宮間は苦笑いをした。
「うん……やっぱり、店の手伝いは辞めたほうが賢明だな」
 自分の傍にいる桃花の頭を撫でながら彼が言う。
「彼女のことは好きとか嫌いとかいう恋愛関係の感情はないんだけど、それでもすがるようにしていた時期があったのも事実だから」
「すがる?」
「……君は、安藤に関してどう思っている? 恋愛感情云々の話ではなくて」
 左手を差し出しながら言う彼を見て、桃花はその手に自分の左手を重ねた。
「……ぅ、ン」
 リンクする感覚に彼女は震えながら答えた。
「どう、というのは……どういう意味でですか?」
「んー……」
 宮間が悩むような表情をしているのを見て、ふっと桃花はひらめくようなものがあってそれを口にした。
「安藤君が、宮間さんと同じような能力を持っているのかということを私がどう感じているのかっていう件を聞きたいのでしたら、安藤君もそうなのかなと思ってます……だって」
 情報をリークしてきたときの内容の中途半端さは、全てを明確にしてしまえばそれが彼自身にも跳ね返ってくることであったからだと思え、能力の件の詳細は安藤も言いたくなかったのだろうと推測が出来る。

 そして。

 親睦会の席で安藤に手を握られたときの畏怖の念を思い出し、推測は確信へと変わり、あのとき何故自分が嫌だと感じてしまったのかの理由が明確になった。

「……うん、そうだね。そういうことだよ桃花」
「安藤君も宮間さんのように左手を繋ぎ合わせたら全部見られるってことですか?」
「いや、俺ほど何もかも見られるっていうのではなくて、他人の感情の起伏を色でイメージ出来る程度だと思う…………そんなに、嫌だったの。安藤に手を握られたことが」
 彼を見ると、どうともいえないというような表情をしている。
「あ、はい……凄く、怖くて、それがどうしてかなって思っていたんですけど、ン」
 心の中が撫でられるような感覚に桃花は思わず声を漏らす。そんな彼女に宮間は笑った。
「こうしているときの君の表情って、セックスしてるときと同じなんだよね」
「……っ、あ、の、感覚的には一緒です」
 心の中か身体の中かの差ではあるけど、どちらも宮間が自分の中に入り込んでいることには違いない。ぶるりと彼女が震えると彼もまた興奮で濡れたような息を吐く。
「勃ってきちゃったな」
 そんなふうに言って苦笑いをした。




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